第29話 ユキの決意編(5)
ユキは何も言わずに椅子から立ち上がると、キッチンに入っていった。
「ユキ!?」
ジュンペイの頭の中は、ユキは『離婚』を切り出したいのではないかという固定観念にとらわれてしまっている。そのため彼には彼女の一挙手一投足が、『離婚』へと繋がる何かのメッセージなのではないかと思い、気が気ではない。
「ごめん、のど
ユキは麦茶をコップに注いで持ってきただけだった。ジュンペイはひとまずは安心した。そして、再び彼女は椅子に座ると、麦茶を一気に飲み干した。
「それで話しの続きなんだけどさ、世の中には愛しあって結婚したのに、結局最後は離婚しちゃう夫婦って山のようにいると思うんだよね。それも結婚当初はあんなに好きだったのに、別れる時にはどちらか一方、もしくはお互いに嫌悪の感情をもって。中には憎しみあって離婚する夫婦も珍しくはないっていうよね」
「そういう夫婦も居るってだけで、あくまでもウチらは違う思うけどな」
ジュンペイは必死である。
「それでさ、お互いにいつまでも尊敬しあえる関係を築いていければ、何年経っても結婚当初のような関係でいられるんじゃないかと思うの」
「そんなのはただの理想論じゃないのか。そもそも家を出ていく必要がわかんねぇし」
ジュンペイは、何がなんでもユキを引き留めたくて、とにかく必死である。
「お願いだから最後まで聞いて。話しの続きだけど、尊敬しあえる関係であり続けるためには、お互いが常に成長し続けていかなければならないと思うの。ただ、一緒に住んでいて毎日顔を合わせていたら、たとえ成長しているとしても、そのことに気が付きづらいと思うのね。それに、三日とか四日の話しじゃなくて、何年も何十年も、毎日のように成長し続けるのは難しいよね。お休みしたい時だってあるし」
「そっ、そもそも“成長”ってなんなんだよ。子供じゃあるまいし」
ジュンペイは必死な抵抗を見せつつも、だんだんとユキの話しに興味津々になりつつあった。
「詳しいことは今から話すね。それで何ヵ月もしくは何年かに一回、定期的に少しの間、お互いに顔を合わせないように離れてみるのがいいと思うんだ」
「かっ、顔を合わせていない間に顔を忘れたらどうするんだよ」
「ジュンちゃんふざけないで!」
「ごっ、ごめんなさい」
「その間は片方が違うところで暮らすことになるよね。今回はワタシはお姉ちゃんの家に泊まるけど、次回は当てがないかもしれないから、そのために毎月貯金しておくの。いざその時になって当てが無かったら、どこか泊まれるところを探して。そして肝心の離れて暮らしている間は、ただ何も考えずに過ごしていたのでは何の意味もないよね。その期間は自分を成長させることに全力を尽くすの。『ロールプレイングゲーム』でいえば、レベル7からレベル10ぐらいにパワーアップするって感じ。装備は変えていないのに、相手に与えるダメージは確実に増えているような」
「サクラギ家はゲームじゃないんだぜ。ノンフィクションだろ……続きを聞かせてくれ」
「定期的にそういう機会を作り出すことによって、お互い以前よりも知識や感性とかコミュニケーション力、思いやり、一言で言ったら“人間力”が上がるっていうのかな」
「つまり、相手の成長を感じることが出来て、いつまでも尊敬しあえる関係でいられるって言いたいのか?」
「そういうこと。『プロフェッショナルな夫婦』を目指せたらいいなって思うの」
ユキは話し始めた時はシリアスな顔をしていたが、最後はいつもの笑顔であった。
「……」
ジュンペイは、腕組をして考え込む仕草をした。
「……分かったよ」
「本当、ありがとう!」
「ただし、今言っていたような生活をしてみて、終わってから成果を感じることが出来なかったら、次は賛成しないからな」
ジュンペイは、しぶしぶながらもユキの要望を受け入れた。
「うん。次はジュンちゃんの言う通りにする」
「それで、サチコさん家にはいつ頃行こうと思っているの?」
「えっと、家計簿はもうすぐでつけ終わるから……三時間後ぐらいかな」
「はぁ! 今日なのっ!?」
ジュンペイの声は思わずひっくり返り、“ウソだろ?”といった素振りをした。
「『プロフェッショナル』は、思い立ったら即行動だよ」
ユキはそう言うと、ちょちょいのちょいと家計簿の記入を終わらせて、荷造りを始めた。
ジュンペイは、ユキの行動を見守ろうとした。しかし、あまりの急な展開に頭の中が整理しきれていない。そのうえ彼女の荷物が、修学旅行に行く生徒が肩にかけてきそうな、ビッグサイズのショルダーバッグだけでは収まりきらず、新たにキャリーケースを用意している。(本当に帰ってくるのか……)彼の不安は
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