第16話 心の仮面編(3)

「ヤナセ君、サクラギ君の処分が不当だということは、私の考えが方が間違っているとでも言いたいのか? まぁいい、続きを聞かせてくれ」



アオキは、険しい目つきでヤナセを見た。だが、口振りはソフトである。



「はい。サクラギは上司に対して暴言を吐きました。ただ、それはアオキ部長のおっしゃる、組織を壊す行為とは少し違うと思います。これがもし、彼自身が上司であるシバタさんから叱責しっせきを受け、それに対し暴言を吐いた。その場合は、自分自身のワガママから行った言動であり、処分は妥当だとうだと思います。しかし、今回の件は、サクラギは自分自身のワガママから行ったことではありません。人を守るためにとった言動なんです。仲間を守るために自分を犠牲にしたんです。結果的には上司にさからってしまったわけですが、大目に見てやっていただけないでしょうか? お願いします!」



ヤナセの訴えを受け、アオキは険しい顔は崩さずに、少しの間考え込んだ。ヤナセは固唾かたずを飲み、彼の顔から目を離さない。



「サクラギ君!」



アオキに呼ばれ、ジュンペイは返事をすると、ヤナセの隣まで駆け足で移動した。



「……サクラギ君、今回はヤナセ君の言うとおり、人として、キミのとった言動は正義にあたいすると評価する。処分は行わない。ただ、ここは会社だ。そのことを忘れず、以後、自分の言動にはくれぐれも責任を持ちなさい」



アオキの表情は、険しさの中にも優しさが入りじっていた。



「アオキ部長、ありがとうございます!」



「申し訳ございませんでした!」



ヤナセが頭を下げると、ジュンペイもそれに続いた。ジュンペイは浮かない顔つきである。



「シバタさん、ちょっと話しがあるから来なさい」



アオキに言われ、シバタはひきつった顔で、少しおびえながら2人はオフィスを出ていった。



ジュンペイとヤナセは、人のいない会議室へと移動した。



「かばってくれてありがとうございました。でもオレ、間違ったことは言ってませんよね!? 謝る必要なんかなかったんですよ!」



ジュンペイは、必死に訴えかけるようにヤナセの目を見た。



「オマエの言いたいことは分かるよ。オレだってシバタには腹が立ったよ。でもな、オレたちはサラリーマンなんだ。正義をとおすために、その都度つど上司にはむかったりしていたら、会社がメチャクチャになっちゃうだろ」



ヤナセはジュンペイを|諭《さと」すように言った。



「オレは、あのまま続けてクビになったってよかったんですよ! 会社だとか組織だとか、もっと大切なものがあるでしょ! 余計なことはしないでほしかったです!」



ジュンペイは感情が高ぶっており、ヤナセが自分の意見に同調してくれなかったことに腹を立て、困らせようと思い口走った。



「バカヤロウ!!」



ヤナセは、会議室の外にもハッキリと聞こえる声で、ジュンペイを怒鳴り付けた。



「オマエはそれでよくても、カミさんはどうなるんだよ! 家族を悲しませるような無責任なこと言ってんじゃねぇぞ!」



ヤナセは目に涙を浮かべている。ジュンペイは何も言い返すことはせず、自分の言ってしまったことに後悔をしている。



「それにな、オレはオマエのことが可愛いんだよ。十年近く、ずっと励ましあって頑張ってきたじゃねぇかよ。たのむからそんな悲しくなるようなこと言わないでくれよ。これからもずっと、死ぬまでコンビでいようぜ」



ヤナセは、こらえていた涙を抑えることが出来なかった。ジュンペイもまた、感情からあふれ出してくるものを止めることが出来ず、泣きながら無言でうなずいた。二人はしばらくの間、向かい合わせですすり泣いていた。



「……なんかよ、このシチュエーション。誰かに見られたら勘違いされそうだな」



「お互い想いあっているのに、家庭の事情で別れなきゃいけないカップルに見えませんか」



「だな」



涙はまないまま、お互いに顔を合わせて笑いあった。



「サクラギ、もう少ししたら仕事に戻るからな」



「はい。ヤナセさん、オレ、幸せです。ありがとうございます」



「ばかやろぅ」



ヤナセは照れ笑いを浮かべ、ジュンペイの肩を、軽く手のひらで叩いた。



























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