第8話 新婚生活編(4)

焼き鳥屋を出てヤナセと別れたジュンペイは、家まではなんとか徒歩で帰れる距離なので、酔い覚ましと運動を兼ねて歩くことにした。約二十分後、家の玄関ドアを開けると、ユキが出迎えてくれた。



「ただいま!」



「ジュンちゃん、おかえりなさい!」



ユキは魚をさばいている最中だったらしく、手に包丁ほうちょうを持ったまま玄関まで来てしまった。



「なっ、なんだよ! 浮気なんかしてないぞ! ヤナセさんといきつけの焼き鳥屋で一杯やってくるって連絡入れたよな!」



ジュンペイは後退あとずさりし、玄関のドアに張り付いた。



「ん! どうしたの?」



ユキは手に持った包丁を、テレビのリモコンと同じような感覚で持っていた為、ジュンペイのおびえている理由に気がついていない。



「なっ、なんで手にこんな物騒ぶっそうなもの持っているんだよ!」



ジュンペイは、物騒なものを指さした。



「えっ? あっ、ごめんなさい。魚さばいてる途中だったの」



ユキはあわてて包丁を、腰の辺りの後ろ側に隠した。



「いやいや、余計怖いから」



その後、ジュンペイはお風呂に入り、ドライヤーで髪の毛を乾かした。そして、いつもはパジャマに着替えるところだが、今日は、この日のために買っておいた、薄紫色のバスローブを用意しておいてもらった。さっそく、それを身にまとった彼は、鏡でその姿を確認した。



「まぁまぁかな」



そうつぶやくと、ジュンペイはユキのいるドアの閉まっている寝室の前へと立った。



「ユキ、ちょっといいかな?」



ドアをノックし、ジュンペイは甘くささやくような声で言った。



「どうしたの? 入っていいよ」



ジュンペイは、ワクワクとドキドキとが入り交じったような、なんともいえない気持ちでドアを開けた。ユキはベッドの上で、うつ伏せになりながら料理本を読んでいた。彼はドアのそばに立ったまま、少し離れたところにいる彼女を、黙ったまま見つめている。



「どうしたの?」



ユキは雑誌から目を離し、ジュンペイのほうへと視線を移した。



「ちょっとジュンちゃん。バスローブ姿、なんかイメージしてたのと違うんだけど! セレブなおじ様みたいな感じになるの想像してたんだけど、ジュンちゃんが着ると、今から人間ドッグで検査する人みたい!」



ユキは笑いながら楽しそうに言った。いつもならここから話しが広がっていくところだが、それをせず、ジュンペイは、完全に二枚目俳優気取りになっている。



「ユキ、俺達、結婚してもうすぐで一年になるよな?」



俳優は言った。



「うん。そうだけど、いきなりどうしたの?」



ユキは、ジュンペイが二枚目俳優だってことにすら気がついていない。



「なんつうかさ、俺達、まだ1回も無いよな」



「無いって、何が無いの?」



「夫婦っていうか、男と女っていったら“あれ”のことだよ」



ユキはジュンペイの言っていることを理解し、急に顔がこわばった。



「ジュンちゃん、したいの?」



ユキはジュンペイの目を見て、不安気な口調で言った。彼は、彼女の様子に戸惑い、次の言葉をためらった。しかし、一度深呼吸をし、感情をととのえると、意を決して気持ちを伝えようと決意した。



「したいよ……ユキのこと愛しているから。心だけじゃなくて、からだでもつながっていたいよ!」



ジュンペイは、まっすぐとユキの目を見つめ、想いを伝えた。



「ジュンちゃんありがとう。嬉しいな。でも、それは出来ないの」



思ってもみなかったユキの言葉に、ジュンペイは、戸惑いを隠せなかった。
























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