第4話 プロポーズ編(4)

「……えっ。ユキさん?」



ジュンペイは、急すぎる展開に状況を把握はあくすることが出来ず、二十七年間慣れ親しんできている名字、『サクラギ』が自分であるということを、すっかり忘れてしまっている。



「そうですか、『サクラギ ユキ』素敵な名前ですね……ておいっ!!」



ジュンペイは、ユキの言葉を理解すると、驚きのあまり目をまるくし、ポカンと口を開いたまま彼女の顔を凝視ぎょうしし、固まってしまった。



「……ユキさん、言っていることがいまいち理解しきれていないみたいなんですが……ひょっとして、OKいいよってことですか?」



ジュンペイは、半信半疑の心理状態できいた。



「うん! 結婚しよう。今ならもれなく、家具やら電化製品、それに女性ものの服や下着までもが付いてきちゃいます」



「……よっしゃぁ~!!」



なんとなく状況を飲み込めたジュンペイは、右手で拳をつくり、胸の辺りにもっていき雄叫おたけびをあげた。もちろん、女性ものの下着やらなんやらが付いてくるからではない。



「ユキさん、どうしてこうもあっさりと……」



ジュンペイは、自分が世間の常識とは程遠い言動をとったにもかかわらず、ユキがそれに乗っかってきたことに、動揺を隠せないといった様子である。



「うん、実はね、私もジュンペイ君に一目惚れしてたの。ただ……段階だんかいってものがあると思って。何度か会って、そして付き合って。それから一年ぐらいかけて相手の良いところも悪いところも知っていって。それで、お互いこの人とずっと一緒に居たい、他の人とは考えられないって思ったら結婚するんだって」



ジュンペイは、『ごもっともです、おっしゃるとおりです』といったよにうなずいた。



「でも、運命の相手だったら時間が短いとか、会った回数が少ないとか、そんなこと関係ないよね。お互いに一目惚れだったんなら、きっと運命の相手なんだよ」



二人はしばらくの間、ベンチに隣り合わせに座りながら同じ瞬間ときを感じていた。



「……ジュンペイ君?」



ユキの声とともに、現実の時間が再開される。



「どうしました?」



「これから夫婦になるんだから、例の儀式ぎしきをしないとね」



「例の儀式って……なんですか?」



ジュンペイには、ユキの言っている儀式がなんなのか見当もつかない。



「儀式っていったら名前でしょ~」



「えっ、名前?」



「結婚したらこの先、何万、何十万回と呼び合うことになるんだから、一番大切なことでしょ?」



「まぁ、一番っていうのはどうかと思いますけど、確かに大切なことですよね」



ジュンペイは、少し大げさだと思いつつも納得した。



「それじゃあ、ジュンペイ君のことはなんて呼んだらいいかな?」



「そうですねぇ~。周りからは、『ジュンペイ』か『ジュンちゃん』って言われることが多いです。なので『ジュンちゃん』を希望します』



「ジュンちゃんかぁ~。可愛いね!」



「そうですかぁ~。可愛いとか言われると、なんかれますね」



ジュンペイは本当に照れている。



「ユキさんのことは、なんて呼べばいいですか?」



「私は、そうだなぁ~、ユキだから……それじゃあ『マ~ぼう』で!」



「マ~坊か、親近感しんきんかんくいい名前。ってユキ全然関係ないやないかい!」



ジュンペイはツッコんでいるわけではなく、本気でうったえている。



「冗談だよ。ジュンちゃん、そんな必死な顔しなくたって」



ユキは笑いながら言った。



「そりゃ必死になりますよ!」



「ごめんごめん。私は普通に『ユキ』がいいな」



「よかった、それではユキさんのままで」



「ジュンちゃん、違うでしょ」



ジュンペイは、何が違うのか分からず何も返せない。



「『ユキさん』じゃなくて『ユキ』だよ! 結婚して一緒に住むのに『さん』はおかしいでしょ」



「確かにそうですよね」



ジュンペイは納得した。



「それと、もうひとつ大切なこと言い忘れていたんだけど……」



ユキは今までとは打って変わり、神妙しんみょうな口調で言った。



「なっ、なんですか?」



ジュンペイは急なユキの変わりように、『実はウソ、ドッキリでした』というような展開になるのではないかと、ドキドキしながら続きを待った。



「結婚するんだから、今まで通りにはいかないよ。敬語は、止めようね」



「……言い忘れてたことって、そんなことなんですか?」



ジュンペイは、拍子抜けというよりは安心した。



「敬語は、止めようね」



「あっ、はい。じゃなくて、おっ、おう!」



「ジュンちゃん、そろそろ行くよ」



そう言うと、ユキはベンチから立ちあがり歩き出した。



「ちょっとユキさん、じゃなくてユキ。待って下さい、違う、まっ、待てよ」



ジュンペイは、ユキがどこへ向かうのか分からないまま公園を後にした。















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