第55話 最後のピースがはまるとき編(6)
ジュンペイは外に出ると、全力で走りタクシーを見つけると乗車し、ユキの居るサチコ宅へと向かった。
到着し、インターホンを鳴らすとサチコが応答した。
少ししてドアが開くと、そこに居たのはユキであった。
「ジュンちゃん」
ユキは久しぶりのジュンペイの顔に戸惑いの表情を見せつつも、その奥には嬉しさがにじみ出ていた。
「ごめん」
ジュンペイはユキの目を見て、すすり泣きながら言った。
「どうしたの、子供みたいな顔して」
ユキは優しくほほ笑みながら言った。
「ごめん! オレいま不倫してきた!」
「そうなの?」
ユキの表情は、変わらずに笑顔のままである。
「ごめん! 会社の人とキスした。キスしてるときにユキの姿が出てきて、すぐにやめて部屋を出てここに来た。オレが愛してるのはユキだけだ。ごめんなさい!」
ジュンペイは、誠心誠意の気持ちを伝えて頭を下げた。
「ホントにキスだけ?」
「キスだけ! 誓う! いま乗ってきたタクシーのおじさんに誓う! 絶対キスだけ!」
「ふざけてるの」
「ふざけてません! ごめんなさい!」
ジュンペイは終始、頭を下げたまま顔を上げない。
「ジュンちゃん、顔をあげて」
ユキの問いかけに、恐る恐る顔を上げた。
「許す。今回は途中で不倫を断念したため、不倫未満とみなします。よって、今回の出来ごとは不倫ではなくスキンシップの一環とみなします」
ユキが偽りのない笑顔でそう言うと、ジュンペイは再び顔を下げ、“ありがとう。ごめんなさい”と涙を流しながら謝った。
しばらくして少し落ち着き、サチコに長い間お世話になったことに対してのお礼を言いい、タクシーに乗って我が家へと向かった。
車内では、ジュンペイは反省しているため、ユキは久しぶりに顔を合わせて少し緊張しているのか、ほとんど会話はなかった。
サクラギ宅に到着し玄関に入ると、ユキは久しぶりの部屋の空気にそわそわとした素振りを見せ、なかなか玄関から動こうとしない。
「そりゃ緊張するよな。久しぶりに入るじぶん家で、部屋に入ったとたんに偽物判定のブザーなんか鳴った日にゃ~、やけ酒だよな」
「ひどい! 偽物なの気にしてるのに」
ユキはそう言うとリラックスしたのか、笑顔で部屋の中へと入って行った。
二人は部屋着に着替えると、ダイニングテーブルに缶ビールを用意し、向かい合って椅子に座った。
そして、以前の関係に戻るべく、晩酌タイム兼家族会議が始まった。
「今日は、本当に申し訳ありませんでした」
「いいよ、もう気にしないで。それに、けっこう嬉しかったよ」
「うれしかった?」
「うん。普通はキスしちゃったら最後までいっちゃうよ。それをワタシのこと想って途中で切り上げて、ジュンちゃん偉い」
「……だろぉ! そこがジュン様よ」
ジュンペイは立ちあがり、両手を大きく広げて誇らしげに言った。
「それに、ワタシがジュンちゃんのこと拒絶したことにも原因があるんだし……」
「そんなことないよ」
ジュンペイは再び椅子に座ると、もとのトーンに戻った。
「……言いたくなかったら言わなくていい。理由が知りたい。いや、言いたくなかったら言わなくていいんだ」
ジュンペイは言い方こそ謙遜していたが、耳は真剣である。
「……わかった、話す。嫌われちゃうかもしれないけど、夫婦だもね、隠しごとはなしってことで」
「……」
ユキの“嫌われちゃうかもしれないけど”というフレーズに、ジュンペイは真剣にユキの目を見てきいていると思いきや、頭の中が真っ白になっているだけで、よく見ると視点が定まってない。
「実はね、今までヒミツにしていたことがあるの」
「ヒミツ?」
「うん」
ユキはそう言うと、ためらうことなく、いきなり穿いていたロングスカートを脱いだ。
「ちょ、ちょっと待て!」
ジュンペイはとっさに手で顔を隠したが、隙間からしっかりと見ている。
「ジュンちゃん、ここじゃないの。ヒミツはこれからなの」
ユキはそう言うと、ショーツに手をかけて下ろす素振りを見せた。
だが、ためらっているのか下着に手を置いたまま黙りこくってしまった。
「ヒミツなんだからヒミツのままでいいんだぞ」
ジュンペイは顔を手で覆ったまま気遣う。
「……大丈夫、実はね……」
ユキはそう言うと、決心したのか勢いよくショーツを脱いだ。
「わぁぉ」
ジュンペイは思わず声をあげて、手で作っていたマスクが外れてしまった。
女が下半身だけすっぽんぽんになり男の前に立ち、下を向いて無表情で黙っている。サクラギ宅は闇に包まれていた。
「……どっ、どこがヒミツなのかオレには分かんないぞ」
ジュンペイは気まずい空気をなんとかしようと、とりあえず言葉を発したが、言ったことをなぞってユキのヒミツを見つけようとしたが、見当もつかなかった。
「ウソ、ひかない?」
「……え、ひかないもなにも、ホントに全然わかんないんだけど」
「ウソ、もしかしてワタシにしか見えていないとか……ここなんだけど、見える」
ユキは股の内側上部を指差して不安げな顔できいた。
「……ホクロ?」
ジュンペイには何がなんだかまるで見当もつかない。
「うん」
「このホクロに何があるんだ」
「よく見て、全部で五個あるでしょ」
「あぁ、五カ所あるな」
「なにかに見えない?」
「……そうだなぁ、位置的に顔に見えなくもないけど」
「ストライク。 誰だか分かる?」
「誰って、個人なのか? う~ん、前に四葉のクローバーを見つけたって興奮して、ケーブルテレビ局に取材交渉しに行ったって噂になったマツオじいさんか?」
「アウト」
「だれ?」
「これとこれが目で、鼻と口。そして、この鼻の右下にあるのがスイッチ。メキラ」
「スイッチ? メキラ? ……おぉ! スイッチですべてが台無しロボットばればれ“人造人間メキラ”か! なつかしいな」
「このホクロたちのせいでワタシの女としてのプライドはズタズタよ」
ユキはいじけた表情、口ぶりである。
「やっぱりこれ見たら女として見れなくなっちゃうでしょ?」
とたんに必死にうったえかけるようにしてジュンペイの目を見た。
彼は少しおちゃらけた感じであったが、ユキの発言をきいて、瞬時に眉間にシワを寄せて怒った目で彼女を見た。
「バカなこと言うなよ! そんな見た目がどうとかで女に見れなくなるとか、あるわけないだろ。オレは何があってもユキのこと、女として世界一好きで、人間として世界一好きで、だれよりもユキの魂が宇宙一好きだぁ~!」
ジュンペイは、心が感じたことを無我夢中で叫んだ。
二人に、出会った頃の時間が戻ってきた。
「……」
ユキは何も言わなかったが、瞳からこぼれる一滴の、透きとおる涙がその返事であった。
「……いいよ」
彼女は優しくジュンペイに抱きつくと、静かに言った。
彼はユキの言っていること、気持ちを察し、何も答えずにユキを抱き上げると、そのまま隣の部屋に移動し、ベッドの上にねかせた。
「オレ、すごいんだぞ」
上からイケメン俳優のごとく、自信に満ちあふれた目差し、口調で言った。
「何がすごいの」
「全部さ。すべてが世界級さ。いくぞ」
「うん」
この夜、本物の夫婦の秒針が動き出した。
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