第53話 最後のピースがはまるとき編(4)

二人は店を出るとタクシーに乗車して、アヤの住むマンションへと向かった。



車内の中は静まり返り、エンジン音が緊張感の増長を和らげていた。



二十分ほどして目的地に到着し、車を降りた二人はエレベーターに乗り部屋へと向かった。



「ここだよ」



「……あぁ、いいドアだな」



数十分ぶりの会話だったが、ずっと気持ちが張り詰めていたためか、食事中に交わした最後のやりとりからそれほど時間が経過していないように感じられた。



アヤは鍵を開けて扉を開くと、ジュンペイに合図を送るように視線を合わせたかと思ったらすぐに反らし、先に玄関へと入った。



ジュンペイも釣られるようにして後についたが、極度の緊張感のために“おじゃまします”も言わずに無言で家の中に入って行った。



「……クツは、脱ぐんだよな」



「もちろん」



ジュンペイは冗談で言ったのではなく、日本のしきたりを忘れるほどに頭の中が真っ白になっていた。



リビンクの二人掛けソファーに案内されると一人座り、アヤはキッチンに飲み物を取りに行った。



彼はかかっていたテレビ番組を見て緊張を紛らそうとしたが、ふと、まわりを見渡すとシングルベッドが目に入り、卑猥ひわいな感情が意識したくなくとも自然と湧き上がってきた。



「麦茶でいいかな?」



アヤの声に、ジュンペイは不意をつかれたように目をまん丸くさせて、無言で彼女の方に顔を向けた。



「 ――どうかした?」



「――いや、なんでもない」



「麦茶で大丈夫?」



「あぁ、ありがとう」



アヤは飲み物を持ってキッチンから出てくると、ソファーの前にあるテーブルの上に

二つ置き、ジュンペイの隣に腰を下ろした。



「――うっ、美味いな。やっぱお茶はロックだな!」



「そうだね」



ジュンペイは軽い冗談のつもりで言い緊張を和らげようとしたが、アヤも気が張り詰めているのか、彼がジョークを言っているとは気がついていないようである。



二人は喉を潤し、まだ中身の残っているコップを手に持ったまま、テレビ画面を凝視しして微動だにしない。



長い沈黙が続く。



「……サクラギくん、好きなの」



「……」



せきをきったようにアヤが話し始めたが、順序を経ない、いきなりの山場にジュンペイは言葉を失った。



「……とりあえず、手に持っているものを置こうか……」



ジュンペイは手に持ったままのコップをテーブルの上に置き、アヤにもうながすように言うと、その間に言葉を探した。



「……好きってなんだよ。オレ結婚してるんだぞ……」



ジュンペイは毅然とした態度で接することを選んだ。



「……ごめん」



しかし、すぐに気持ちが改まり、アヤの気持ちを考えずに軽はずみな言動をとってしまったことを反省して謝罪した。



「てかさ、あれだよな。男と女の“好き”みたいのじゃなくて、友達としての“好き”ってことだよな? ごめん、早とちりしちゃったよ」



「男としての“好き”だよ。愛してるの」




ジュンペイの軽はずみな台詞にアヤは怒った表情を見せたが、口調は彼の感情に訴えかけるように真剣であった。



「……そっ、そっか……」



ジュンペイはアヤが隣に腰を下ろしてから一度も彼女の顔が見れずにいる。



正面のテレビに映る画面を見つめたまま、返す言葉が見つからずにその場しのぎの台詞を口にした。



「奥さんが居るのは分かってるよ。でも……二番目でいいの、二番目で――だからお願い、私と付き合ってください」



「……」



アヤのなりふり構わないと思える言動に、ジュンペイは驚いたように目を見開き、彼女が隣に来てから初めて顔を見ると目が合った。



彼にはアヤの表情が毅然としているように感じ、動揺して返す言葉が見つからず、気持ちを立て直そうとテーブルに置いたコップを手に取り残りを飲み干した。



「気持ちは嬉しいけど、奥さんのこと愛してるんだ。だからごめん」



正気を取り戻したジュンペイは紳士的に自分の気持ちを伝え、きっぱりとアヤの告白を断った。



「……ごめん。帰るわ」



彼は気を持たせてはいけないと、その場から立ち上がり上着の掛かっている方へと向かった。



「待って」



アヤはそう言い、立ち上がってジュンペイいを追いかけ彼の真正面に立つと、強く抱きしめて唇と唇を重ね合わせた。



立て続けに起こる彼女のトリッキーな言動に、ジュンペイは現実と夢との境界線があいまいになり、自我が保てなくなっていった。



そして、とうとう彼は男の情欲に負けてしまい、抱きしめられていたアヤにさらに覆いかぶさるようにして抱きしめて、本能をむきだしにしたように夢中になってキスをした。


















































































































































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