第48話 姉妹は南へ! 編(3)

「ちょっとお姉ちゃん速いって」



「もう少しだから頑張って付いてきなさい」



逃げ始めた当初は、姉と比較してスプリンタータイプであるユキが先導して前を走っていたが、結局はマイペースを崩さなかった『ウサギとカメ』の再現のような形となってしまった。



「よし、あれに乗るよ」



サチコがそう言うと、二人は駐車して客待ちをしていたタクシーへと向かい乗り込んだ。



行き先を告げると、数分の間、車内はエンジン音の上に、乱れた呼吸音が奏でていた。



「もう、あいつのせいで買い物できなかったじゃない!」



ユキは不満たらたらの口調で言ったが、疲れているため、感情は伴なっていない。



「まぁ、今日は買い物をあきらめて旅館でゆっくりしよう。それにしてもあんた、とっさによくあんな行動が思いついたね。感心したわ」



「うん、プロレスにああいう技あるの」



「そうなんだ……」



サチコはプロレスにそんな技があったかなと半信半疑で話を聞いていた。



「それにしても、さっきの男腹立つね。あの自信はどこから涌き出てくるの、不思議でしょうがないわ」



「もしあいつにまた絡まれたら、今度は二人で、業務用のもっと強力なやつお見舞いしてやろうよ」



「やだよ、あんなことしたら、もう二度とお嫁に行けなくなっちゃうわ」



「大丈夫だよ、うがいに失敗しちゃったって言えばバレないよ」



「……それもそうね」



運転手は二人が男に何をしたのか、いくら想像を巡らせてみても全く見当もつかず、不気味でルームミラー越しに彼女達を見ることが出来なかった。



旅館に戻ると二人は浴衣ゆかたへと着替え、さぁ、先程のことは忘れて、気持ちを切り替えてこれから巻き返そうと、畳の上に隣り合わせで寝そべると、いつの間にか夢の中へと入っていった。



「……ちょっとユキ、起きて」



「……えぇ……ウソ! ちょっとお姉ちゃん、なんで起こしてくれなかったのよ!」



ユキが時計に目をやると、時刻は午後の九時をまわっていた。



「そんなこと言ったってしかたないじゃない

、ワタシも寝ちゃったんだから。ていうかあんたこそ元気なだけが取り柄のような子なんだから、こういう時ぐらい起きてなさい」



「はぁ! お姉ちゃんの方こそ、いつもクールぶってて省エネなんだから寝る必要ないじゃん」



二人は余計に無駄な時間を消費しようとしている。



「お取り込み中のところすみません」



二人が声の聞こえるほうを見ると、着物姿の年下と思われる仲居さんが、気まずそうにこちらを見ていた。



「あっ、ごめんなさい、お見苦しいところお見せしちゃいまして」



サチコは恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。



「ごめんなさい、変なとこ見せちゃいまして」



ユキは『どう、すごかったでしょ?』というような、勝ち誇った表情をしていた。



「申し訳ありません。先ほど夕食をお届けしようと一度うかがったのですが、あまりに気持ち良さそうに眠っていたもので、つい起こしそびれてしまいまして……」



仲居さんは申し訳なさそうに言い、頭を下げた。



「頭を上げて下さい、悪いのは二人そろって眠ってしまったこちらの方なんですから」



サチコは慌ててフォローする。



「寝た分、起きてればいいだけですし」



ユキがそう言うと、、仲居さんはようやく顔を上げた。



「ところで、こんな時間に申し訳ないんですが、夕食ってありますか?」



「はい、すぐに用意いたします」



そう言うと、仲居さんは早歩きで部屋を後にした。



「せっかくの旅行なんだから、ケンカは止めよう」



「それもそうだね。お姉ちゃんが謝って、このケンカは終わりにしよう」



「ちょっとあんたね」



「冗談だよ、旅行あるあるジョークでしょ」



ユキは満面の笑顔で姉を見ると、サチコも鏡越しのごとくシンクロした。














































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る