第46話 姉妹は南へ編(1)
年が明けて一ヶ月ほどが過ぎようとしていたある日、タカハシ サチコ宅では姉妹会議が開かれていた。
「ジュンちゃんとヤナセさん、先月、会社抜け出して旅行に行ったらしいの。ねぇ~、私たちもどこか行こうよぉ」
「嫌だよ。何ヵ月も家に居座って、あんたにとっては毎日が旅行みたいなものでしょ」
「え~! どこが旅行なの。旅行といったら旅館でしょ、旅館といったら畳のある部屋とお茶でしょ、和室でお茶といったらゆったりとくつろぐでしょ……この家に来てから一時もくつろげてないんですけど!」
「よく言うよ。ここに来てから掃除も洗濯も料理も何もしないで、この状況をくつろいでいないと言って何を“くつろぎ”っていうの」
サチコは呆れ気味に言うと、カップに入ったコーヒーに口を付けた。
「だから旅行するの。この根性の腐った自分とサヨナラするために旅に出るの。ワタシ、変わりたいの」
ユキは姉の視線がこちらに向いていないことを認識しており、口調こそ鬼気迫るもの言いいであるが、表情はあっけらかんとしたものであった。
「また調子のいいこと言って。それだったら今日から炊事に家事と洗濯、全部お願いしようかな」
「……そんなことしたらお姉ちゃんがダメになっちゃうじゃない!」
ユキはしどろもどろになりながらも返答した。
「ああ言えばこう言うんだから。そんなにどこかに行きたいんだったら、友達誘って行くなり一人旅なんかもいいんじゃない」
「お姉ちゃんとじゃなきゃダメなの!」
「どうしてワタシとじゃなきゃダメなの?」
「それは……こんなこと本人の前で言うのもどうかと思うんだけど……大好きだから、大好きなお姉ちゃんと離れ離れになるなんてイヤ! いつでも一緒に、そばに居てくれなきゃダメなの!」
「……おおげさなんだから」
一週間後、ユキと妹にまんまと丸め込まれた姉は、とある南の地域へとやって来た。
「お姉ちゃん見て、ゆき、雪だよ!」
「……ちょっと、はずかしいから悪ふざけはやめてよ、あれはソフトクリームの看板でしょ」
週末の人ごみでごったがえしたアーケード街ではしゃぐ妹を、サチコは必死に制止しようとした。
「あっ、いまボーリングの球が横切ったよ」
「だからやめてよ、あれはボーリングの球じゃなくてヘルメットでしょ。おじさんがヘルメット被って自転車に乗っているのは安全のためなの。失礼だよ」
ユキは感情を抑えきることが出来ずに、水を得た魚のようにはしゃいでいた。
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