第44話 リアルネクタイ編(8)

三人は花閣寺に戻ってくると、片付けを済ませヒメが最後の料理を振る舞ってくれた。



そして、ひと休みした後、彼女の案内で二人は四階にある“最後の部屋”へとやって来た。



「何ですかこの部屋は? ……“ジェットコースターのイス”ですか?」



「まぁそんなところですかね。座ったら安全バーを下ろしてください」



「ちょっと待って下さい。いったい何をなさるつもりなんですか?」



「それは座ってからのお楽しみです」



ヒメが意味深な笑顔を見せると、二人は顔を見合せて、嫌な予感がすることをアイコンタクトで知らせ合った。



「どうしたの? 早く座ってちょうだい」



「いえ、気持ちだけで充分です。なぁサクラギ」



「ええ、本当に三日間ありがとうございました。ヤナセさん帰りましょうか」



二人はそのまま部屋を出ようとした。



「待ちなさい! 花閣寺の顔を潰すつもりですか! いいから座りなさい!」



ヒメ得意の相手の判断力を狂わせる、理不尽をもあやふやにする自信に満ちた言動が炸裂した。



二人はまたしても彼女の術中にはまり、自我のコンパスがぶれてしまい、言われるがままに二人乗りのイスに座って安全バーを下ろした。



「それじゃあ“操作室”に行って来ますので、おとなしく待ってて下さいね」



そう言うとヒメは二人を置き去りにして部屋を出て行ってしまった。



「あのババァ何するつもりだよ。冗談じゃないぞ、サクラギ、行くぞ!」



「ホント冗談じゃないですよ、とっとと帰りましょうよ!」



二人は安全バーを外そうとしたが、ロックがかかっているせいか上にあがらない。



何とか逃げなければと、色々と手を尽くしてロックの解除を試みるがまるで効果がない。



「本当にお疲れ様でした。それではスタートの準備に入ります」



スピーカーからヒメの声が流れてくると、突如として二人の頭上にある天井が開き、外の暗闇が姿を現した。



「俺たちをどうしようというんですか!? お願いですからバカなマネはよして下さい!」



ヤナセはどこに居るか分からないヒメに向かって叫び呼び掛けた。しかし、彼女からの応答はない。



「僕たちどうなっちゃうんでしょうか?」



「オレに聞かれたって分かるわけないだろぅよ。こんなシチュエーションなんて生まれて初めてだよ」



「外が見えているってことは、このイスごと外に飛ばされちゃうんじゃないですか」



「どこに飛んで行くっていうんだよ」



「この雰囲気からすると、僕たち違う星に飛ばされて宇宙人に売られちゃうとか」



「バカ言え、そんなことあるわけ……いや、あのババァだったらやりかねないぞ」



二人は顔面蒼白になりながら固定されたカラダを手当たり次第に動かして、何とかして脱出しようと命がけである。



「発射三十秒前、二十九、二十八……」



ヒメの口調は、宇宙ステーションのスタッフのモノマネといった感じであった。



「オレは地球を離れる訳にはいかないんだ。やっと家族と理解しあえて、これからたくさんの思い出を築き上げていくっていうときによ!」



「ボクだってこのままユキと二度と会えなくなるなんて冗談じゃないですよ!」



二人は家族への未練を口にするが、それも虚しくカウントダウンはどんどん進んでいく。



「四、三、二、一、発射!」



そして、遂に終わりの鐘を宣告された。



「ばかやろぅ~!!」



「ババァ~!!」



「うぉ~!!」



「いやだぁ~!!」



「サクラギぃ~!!」



「ヤナセさ~ん!!」




「……え?」



「……あれ?」



勢いよく上に飛んでいった二人は目をつぶり絶叫していたさなか、カラダは絶叫マシン感から一転して、桜の木の下でのお花見をしているような穏やかな時が流れた。そして、恐る恐る目を開いた。



「……どうやら地球にとどまったみたいだが……微妙だな」



「ホント、微妙ですね……」



「俺たちが移動したのは、四階のすぐ上ってことになるのか?」



「そうだと思います。これは、屋上ってことになるんですかね――僕たちの命乞いは何だったんですかね」



「わからん」



二人は完膚無きまでの絶望から抜け出したばかりで、頭の中は放心状態であった。



どうやらイスの下に装着してあるバネのようなものが伸びて、押し上げるという仕掛けであるらしい。



「どうですか!? 花閣寺からのサプライズは! 素晴らしい景色でしょ!?」



スピーカーからヒメの声が流れ、敷地内全体に響くような音量で言った。



「――景色っていってもな、木ばっかりだしな」



「そうですよね。もっと高い木もちらほらありますし……ここは感動しているフリでもしておいたほうがいいんじゃないですか?」



「そうだな、嘘も方便っていうしな。まずはこのストッパーのロックを外してもらうことが先決だ、なるべく気分を害さないように下手に出るぞ」



「あなたたち! 全部聞こえていますよ!」



「うっ、うそだろ、なんでだよ」



「……ヤナセさんここ、このスピーカーみたいなやつってもしかしてマイクになっているんじゃないですか?」



「くそっ、オレとしたことが」



二人は素でアクション映画の登場人物たちになりきっていた。




その後、無事に降りてロックを解除してもらうと、部屋に戻った二人は荷物をまとめ、一階で待つヒメのもとへと移動した。




「短い日にちでしたけどありがとうございました」



ヤナセはステレオタイプな口調に笑顔とお辞儀を付け足して感謝を伝えた。



「短い日にちでしたけどありがとうございました」



ジュンペイはセリフこそヤナセと同じだが、先輩を立てるため、よりステレオタイプな言い方に徹し、控え目な感じである。



「こちらの方こそ助かったわ。またいつでも来てちょうだいね」



ヒメが柔らかい笑顔で言うと、二人は顔を見合せた後、「はい」とぎこちない口調で返事した。



「何か不服ですか?」



ヒメはそう言うと、玄関の脇に置いてあった竹ほうきを手に取り、一度深呼吸をした。



「あなたたち! なんでそんな嫌そうな顔をするのよ!」



ヒメはそう言うと、手に持っている竹ほうきで二人を突っつき、ジュンペイとヤナセは逃げるようにして家を出た。



ヒメは追いかけては来ず、玄関のドアを開きっぱなしにしたまま二十メートルほど離れた距離にいる二人のほうに視線を向けている。



二人も逃げ足を止めると、後ろを振り向き彼女を見た。



「またいつでも遊びに来てねぇ~!」



ヒメは両手を大きく振りながら母親が子供を見るときのような笑顔で言った。



「ありがとうございました! また近いうち遊びに来ますね!」



「世界一美味しい料理! 楽しみにしてますね!」



ジュンペイとヤナセはヒメに向かって拳を突き出し、親指を立てて“グッドポーズ”を作ってみせた。



ヒメもまた、右手で“グッドポーズ”を作り二人のほうに向けた。



その後、二人は一礼すると出口に向かって歩き出し、ヒメも家の中へと戻って行き、花閣寺での鍛練は幕を閉じたのであった。


























































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