第42話 リアルネクタイ編(6)

何度もつまずいては立ち上がり、立ち上がってはつまずき……すべてが立ち上がった頃には、体育室には照明がともっていた。



「良くできました。頑張りましたね」



ジュンペイとヤナセが声のするほうに視線を移すと、黒の遮光しゃこうカーテンの中から、あら不思議、上下えんじ色のジャージを着たおばあさんが出て来たとさ。



「出来ましたよ! 」



ヤナセは右手をグーにしてガッツポーズを作ると、その手をヒメに向かって縦に小刻みに振り、喜びの気持ちを表現した。



「ヒメ! 今、すごい爽快感そうかいかんです!」



ジュンペイは、ユニフォームのフードに該当する部分を脱いで、スポーツマンのような爽やか笑顔で言った。



「ちょっとサクラギさん! 制服を勝手に崩して着られては困ります!」



ヒメは規律を重んじる、れっきとしたおかたい“ブロックレディー”である。



ジュンペイは、汗でビショビショのフードを再び被った。



「しかし、本当によく頑張りましたね。設計図どおりですよ」



ヒメは満足げである。



「ところで、設計図が ブロックごとに分かれていて、結局、何の形が出来上がったのか分からないのですが」



ヤナセは尋ねた。



「そうね、苦労して完成させたんだから、あそこにハシゴがありますから上がって見てごらんなさい」



ヒメがそう言うと二人はハシゴを登って、キャットウォークの真ん中の辺りまで移動した。そして、視線を下に向けた。



「……ヒメ! これは“トラ”ですか!?」



ヤナセは、下に居るヒメに尋ねた。



「そうですよ!」



「どうしてトラなんですか!」



「あなたたち! 年賀状は出さないんですか!?」



「年賀状……そっか、干支えとですよ」



「あっ、そういうことか。来年は“ウサギ年”か……ん、“ウサギ”?」



「ヤナセさん、“トラ”は今年ですよ」



「だよな……ヒメ! 来年は“ウサギ年”ですよ!」



「そんなこと分かっています! 今年はまだまだこれからでしょ!」



ジュンペイとヤナセは難しい顔をして考え込んだ。



「今年って、あと二週間しかないよな。なんだ“まだまだこれから”って……」



「……ヤナセさん、たぶんヒメは三月が一年の終わりだと勘違いしているんじゃないですか?」



「そうかもしれないな。黙っていたほうがよさそうだな」



「そうですよね……あれ? ヒメ! この“トラ”の口元にあるのって、“ボール遊び”でもしている所なんですか!?」



「違いますよ! これは“ハム”ですよ!」



第二の鍛練が終わり、一度、夕食を食べるため、食事室へと移動した。そして、朝食の時と同じように、ヒメが厨房の中で調理をし、ジュンペイとヤナセは、“ドミノ”を完成させて気が大きくなっているのか、朝の時よりも足を大きく広げて座って待っていた。



「もう七時過ぎか。あっという間だな」



「ええ。なんだかんだで明日一日で終わりなんですよね」



二人は、来た時とは少しだけ違った気持ちになっていた。



「出来ましたよ!」



厨房からヒメの声が聞こえると、二人は料理を取りに行った。



「それではいただきましょう」



ヒメが音頭を取ると、三人はとんかつ定食を食べ始めた。



(あれ、“白イチゴ”じゃないぞ)



(“白イチゴ”無いよな)



もちろん口には出さずに見ないふりをした。



「美味しいですね。このソースは手作りですか?」



「もちろんです」



「肉も柔らかくて、すごく美味しいです」



「スーパーで一番安い肉を使って調理したんですよ。大事なのは下ごしらえです」



「凄いですね。それでこんなに美味しく作れちゃうんですね。ヒメは料理関係の仕事に携わっておられたんですか?」



「そのようなことはありません。大事なのはセンスです――ところで、今日の鍛練はこれで終了です。後は自由時間としますので、日付けが変わるまでには就寝してください」



ジュンペイとヤナセは、予想外の事に食事をしている手が止まった。



「まだ七時四十分前ですけど、実質二日間の日程なので、もっとハードスケジュールなのかと思っていました」



ヤナセは少し拍子抜けしたといった顔をして言った。



「あなた方は少しなめています。二日間みっちり鍛練したぐらいで“花閣寺”を習得出来るなんて思ったら大間違いですよ」



ヒメは二人に向けて説教をした。ジュンペイは、“早く終わってラッキー”ぐらいにしか思っていなかったので、とんだとばっちりを受けてしまった。



「すみませんでした、 ヒメの気持ちも考えずに」



ヤナセは一応謝りはしたが(じゃあなんで二泊三日のチケットなんか発行したんですかぁ?)、と心の中は不満たらたらである。



「ところで明日の鍛練のメニューはもう決まっているんですか?」



ジュンペイは、いち早く二人の間の不穏な空気を察知して話題を変えた。



「そんなことは明日聞ききなさい!」



ヒメは声を荒らげて言うと、席を立ち、厨房に行ってしまった。ジュンペイはまたしてもとばっちりを受けてしまったが、二人のことが心配で、そんなことはどうでもよかった。



「ヤナセさん――」



「オレのせいで、嫌な思いさせちまって悪いな」



「何言ってるんですか。ヤナセさんは失礼なことなんて何一つ言ってないじゃないですか」



「いや、ヒメが理不尽な人だっていうのは来たときから分かっている事だろ。怒らしたオレが悪い……謝りに行く」



「……それだったら一緒に行きますよ」



「そうか、すまんな。だけど、すぐに謝りに行くのは男としてのプライドが傷付く。食い終わってからにしようぜ」



「それもそうですね」



二人は食事を終えると厨房へと向かった。中に入ると、ヒメは冷蔵庫を開いて中を覗いていた。ちょうどドアが壁となっていて、二人からは彼女の姿は見えていない。



「お話があるのですが、よろしいでしょうか?」



ヤナセが呼びかけてもヒメからの反応はない。なにやら冷蔵庫の中を物色しているようである。



「ちょっとあなたたち、ぼんやりと立ってないで手伝ってちょうだい」



ヒメはドアの上に顔を出し、二人に向かって言った。



「あの、先ほどは申し訳ありませんでした!」



ヤナセはここぞとばかりに頭を下げて謝る。



「男がペコペコしているんじゃありません。そんなことよりも、向こうの業務用の冷蔵庫から鶏肉を出してきてちょうだい」



ヤナセは子供が親に叱られていじけたような膨れっ面をした。そして、言われるがままに厨房の隅に置かれている、大きさは立派な家庭用の冷蔵庫の二倍はあろうかというビッグサイズなものである。



「なんりゃこりゃあ」



冷蔵庫を開けると、中には空間いっぱいに鶏肉が占拠していた。



「こんな大量の肉、何に使うんですか?」



ジュンペイは尋ねた。



「明日の鍛練で使います」



「……明日の鍛練って、大食い大会でもやるんですか?」



二人の頭の中は一致して同じ想像である。



「あなたたちが食べるのではありません。私が作った“チキン”を外で売っていただきます」



ヒメがそう言うと、二人は考えるまでもなく『勘弁してくださぃよ~』とカラダ全体で表現した。

































































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