第39話 リアルネクタイ編(3)

「あら、大丈夫ですか?」



ジュンペイとヤナセは声のするほうへ視線を向けた。そこに立っていたのは、六十代後半と思われる、小柄な女性であった。



「すみません、お騒がせしまして」



「本当にすみません、大声なんかあげてしまいまして」



ジュンペイとヤナセは真っ先にお詫びをした。



「本当に、大の男が情けない。しっかりしなさい。お名前は?」



どうやら、先ほどのインターホンでやりとりした女性と同一人物のようで、カン高くよそ行きのような声で、初対面とは思えないような言葉をかけられた。



「ヤナセといいます」



「サクラギと申します」



二人は、客だと思って来たので、女性の物言いにあっけにとられつつも、ここは大人として、丁寧な言葉づかいで対応した。



「ちょっとあなたたち、失礼じゃありません。普通、フルネームで言うのが礼儀じゃありませんか」



「申し訳ございません。わたくし、ヤナセ マモルと申します」



「失礼致しました。わたくしは、サクラギ ジュンペイと申します」



二人は女性に言われるがままに、お辞儀をしながら、より丁寧に自己紹介をやり直した。



「まぁ、いいでしょう。私は……ちょっと待っててちょうだいね。いま名刺を持ってきます」



女性はそう言うと、二人を玄関に残して、廊下を歩いてどこかに行ってしまった。



「なんなんですか今の人。礼儀がどうこう言っていましたけど、あの人だってジャージ姿じゃないですか。ボクら一応、客ですよね?」



「全くだよ。上下えんじ色のジャージだったけど、メーカー違ってたぞ。そっちのほうが失礼じゃないのか」



二人が不満を口に出し合っていると、女性が戻ってきた。



「お待たせしました。私はこういうものです」



そう言うと、女性は二人に名刺を手渡した。



「ヒメジョウ マイ(姫城 舞)さんですか」



「そうですけど」



「あの、なんてお呼びしたらいいですか?」



「そうね、あなたたちに下の名前で呼ばれるのも嫌なので……“ヒメ”って呼んでちょうだい」



(“ヒメジョウ マイ”って、完全に名前負けしてるよ)



(“ヒメ”って、オレがゲームの主人公だったら、ぜってぇ~助けに行きたくねぇ~)



二人は心の中でつぶやき、吹き出しそうになるのを懸命に堪えている。



「それじゃあ、部屋に案内するからついてきてちょうだい」



ヒメはそう言うと、廊下を歩き出し、二人も彼女について行った。



「外観とは、全然雰囲気が違いますね」



「ああ。まるでホテルみたいな造りだな」



「そうですよね。廊下もカーペットですし」



「ヒメのジャージと同じような色してるよな」



「確かに言われてみれば。なんか、カーペットが動いているみたいじゃないですか」



「サクラギ、やめろって、さっきから笑い堪えているんだからよ」



「はい、着きましたよ」



ヒメはそう言ってドアの前に立つと、ヤナセに部屋の鍵を手渡した。



「部屋の中に内線電話があるから、用があったらかけてちょうだい。それと、今日はもう遅いので、“鍛練”たんれんは明日の午前六時からスタートします」



「“鍛練”って、どういったことをするんですか?」



「それは明日決めます」



「明日決めます!?」



二人は声をそろえて言った。



「今のは冗談に決まってるでしょ、明日説明します。それと、制服を用意していますので、建物内の鍛練のときは制服でお願いします」



「外でも何かあるんですか?」



「それもその時になったら説明します。他に何か聞いておきたいことはありますか?」



「はい。他に従業員の方とかお客さんはいないんですか?」



「私とあなたがただけですけど」



「えっ、こんなに広いところに、ワタシたち三人だけなんですか?」



「そうですけど。何か?」



「いえ、周りの様子が静かだと思ったので、一応確認してみただけです」



「そうですか。他に何かありますか?」



「……」



「無いみたいなので、私はこれで失礼します」



「ありがとうございます。二日間、お世話になります」



ジュンペイとヤナセはお辞儀をして感謝の言葉を述べると、ヒメは去っていった。



「部屋は別々じゃないんですね」



「一緒か、まぁ、とりあえず中に入ろうぜ」



そう言うと、ヤナセはドアの鍵を開け、扉を開いた。



「……なんだこれ?」



「……あれってもしかして、“ハンモック”ですか?」



「そうだと思う。他に何か見えるか?」



「いえ、何も見えません。ヤナセさん、ここ部屋ですよね」



「分からん……」



二人が見た光景は、広さが八畳ほどある部屋に、床は“フローリング”でも“カーペット”でもなく、“芝生しばふらしき緑色の草”が生えていた。それ以外には黄色い無地の“ハンモック”が二つぶら下がっていて、壁に内線電話が取り付けられているだけである。




「ヤナセさん、どうするんですか、 これ、絶対普通じゃないですよ!」



「落ち着け! そんなこと分かっているって」



「やっぱり逃げましょう」



「あの婆さんがそうやすやすと逃がしてくれるとでも思うのか……二日間の辛抱だ」



ジュンペイはヤナセに説得され、結局、嫌々ながらも泊まることにした。



「この芝生、少し湿っているな」



「ホントだ、荷物は全部ハンモックの上に置いたほうがいいですね」



「ああ、これじゃあクツも脱げないな」



二人はハンモックの上に全ての私物を乗せると、自分たちも上に乗っかってからクツを脱いだ。



「揺れるな。サクラギのほうはどんな感じだ?」



「なんか、“サナギ”になったみたいです」



二人は文句を言いつつも、ことのほか居心地が良いといったような顔をしている。



「ヤナセさん、明日早いし、今日はもう寝ませんか?」



「そうだな……なんだかお腹かないか?」



「言われてみれば、昼から何も口にしていませんもね。ヒメに何か頼んで見ます」



「すまんな」



ジュンペイは、ハンモックを降りると壁に掛かっている内線電話を手に取り、ヒメに連絡した。



「はい、何か用ですか?」



「あの、申し訳ないんですが、何か食べるものはあるでしょうか? お腹が空いちゃいまして」



「あら、いま何時だと思っているの。こんな時間に食べたらカラダに悪いわよ……しょうがないね、今回は特別ですよ。いま持って行きます」



「ありがとうございます。あの、二人分お願い出来ますか」



「わかりました」



しばらくして、ヒメが料理を持って二人の居る部屋にやって来た。



「お待たせ」



「ありがとうございます。あれ、たしか二人分お願いしたと思うんですけど?」



「何おっしゃっているんですか、もうこんな時間ですよ。私に寝るなとでもいうんですか。二人で割って食べて下さい」



「すっ、すみません、気が利かずに。ありがとうございます、いただきます」



ジュンペイは決まりが悪そうに、ヒメからソフトボールほどの大きさがある“塩むすび”を受け取った。



「それじゃあ、寝るときには明かりを消して下さいね。おやすみなさい」



ヒメはそう言うと部屋を後にした。ジュンペイは中皿に置かれた塩むすびを持ってヤナセのもとに行った。



「よし、半分にして食べるか」



「はい。二人でシェアしてちょうどいい量ですよね」



「そうだっ……サクラギ、二人じゃないぞ」



「どういうことですか――あっ」



「だろ」



「味見してますね。ひと口食べたあとが」



三人で“塩むすび”をシェアした後、丸一日、心身ともに酷使してきたこともあり、ジュンペイとヤナセはすぐに眠りに落ちた。























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