第38話 リアルネクタイ編(2)

今年も残り一ヶ月を切り、会社の業務は、連日多忙を極めていた。皆、ヘトヘトになりながらも、その先に見える、充実感という名の“魅惑の園”に向かって、気持ちを奮い立たせていた。



繁忙期に入り最初の休日は、皆、いつも以上に休日のありがたさを感じていた。アヤは息抜きに、洋服を買いに出掛けた。ヤナセは家族三人で水族館に遊びに行った。ジュンペイは、腕時計の電池を自分で取り替えようようと、専用のドライバーを買いに行き、結局探すのに丸一日かかってしまった。



慌ただしく毎日は流れていき、気が付けば十二月も半ばに差し掛かり、あっという間に『この日』はやって来た。



「こっちはやっと終わったよ。サクラギのほうはどうだ?」



「ボクのほうは、あと五分で終わらせます」



二人は仕事を終えると、スーツ姿のまま着替えの入ったボストンバッグを肩にかけ、タクシーに乗り『花閣寺』へと向かった。時刻は午後十時を過ぎていた。



「おっ、見えて来たぞ」



「ヤナセさん、やっぱりやめましょう、絶対怪しいですよ。なんであんなに明るくライトアップされているんですか」



そうこうしているうちに、車は目的地へと到着した。



「立派な門だな」



「そうですね。出来てから何百年も経っていそうですね」



二人は、正門の前に立ち、右側に付いているインターホンを鳴らした。



「はい、どちら様ですか」



中年以降かと思われる、カン高い女性の声での応答があった。



「夜遅くに失礼いたします。予約しておりますヤナセと申します」



「どうぞ、お入り下さい」



インターホンが切れると、高さ二メートルほどの木で出来た扉が、黒板をツメでひっかいたような耳障りな音を大きくたて、ひとりでに開き始めた。



「うゎ、すごい音だな!」



「気を失いそうです!」



「おもてなし感ゼロだな!」



「ヤナセさん、逃げましょう!」



二人はそう言ったきり黙り込み、手のひらで両耳をふさいで、騒音が止むのを待った。



辺りに静けさが戻ると、二人は門をくぐり抜け、建物へと歩き出した。



「遠いな! 建物まで五百メートルぐらいはあるんじゃないか!」



「そうですね。真っ暗で不気味な雰囲気が漂っていませんか!?」



「時代劇でこういうシーンあったよな!」



「ええ! これ、真っ先にられるやつですよ!」



「よし、もう少しだ。なんかよ! 実物はサクラギのネクタイと少し違うな!」



「そうですね! ネクタイに入ってる柄はマンガっぽく描かれていますも! このまんまだったら誰も話しかけてこなくなりますよ!」



二人は恐怖心を紛らわすため、触れるほどの距離感で並んで歩いているのにも関わらず、場違いな大声で話しながら前へと進んだ。



「やっと着いたな」



「ええ。立派なお寺ですね」



そう言うと、二人は建物全体を見渡した。



「サクラギ、よく考えてみたらこの外観で四階建てって、なんだか不吉だな」



「どうします? 逃げたとしても、たぶん来た時の扉はもう閉まっていると思いますけど……」



「来るんじゃなかったな」



言い出しっぺはここに来てじけづいた。



二人が辺りを見渡して逃げ道を探していると、ジュンペイが右腕で触れていた、引き戸式の正面玄関のドアが勢いよく開いた。



「うわっ~!! ごめんなさい!! 」



「サクラギィ~!!」



突然の出来事に、ジュンペイはパニックに陥り、大声をあげて何かに謝ると、ヤナセは真横にいる後輩のピンチに、大声で呼びかけて援護えんごする。そして、カラダをひねりジュンペイの置かれている状況を確認しようとした。だが、たどり着く前にバランスを崩し、尻もちをついてしまった。“戦士になりたかった人”と“なんちゃって魔法使い”は壊滅的かいめつてきなピンチに陥ってしまった。






















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