第五章 リリスの記録

 一瞬にして、ワタシの意識は覚醒した。

 何をしなければならないかを再認識した。

 自分がこの場にいる意味付けを再定義した。

「さぁ、そこを退くんだ、リリス。「アルディ計画」のために、その研究サンプルを調べなければならない」

「……嫌であります」

「何?」

 管理者の言葉を拒絶したワタシを見て、彼は眉をひそめる。

「聞こえなかったのか? その研究サンプルを調べれば、希少な情報が大量に収集出来るんだ。お前の最大優先順位に従え、リリス」

「ええ。ワタシは自分の最大優先順位に従っているのであります。管理者」

 ワタシの最大優先順位は――

「ワタシが自分の意志で、生きたいように生きれますように」

 口にした瞬間、ワタシはこの施設(「セラシエ」の本拠地)のシステムを占拠(ハック)。無線通信に必要なBMI粒子を、施設中に散布する。

 異常事態を察してか、施設中に警報が鳴り響いた。事態を察した管理者が、ワタシを責め立てる。

「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか!」

「ええ、わかっているのでありますよ、管理者。ワタシは、イブを助けるのであります」

 管理者の怒号に、ワタシは平然と答えた。管理者の顔が羞恥故か、林檎のように真っ赤に染まる。

「「セラシエ」の本拠地で、貴様に勝てる見込みがあると思っているのかっ!」

「アナタこそお忘れになられたのですか? 管理者。ワタシに施したアップデートを。それとも、ここで使われることは計算に入っていなかったのでありますか?」

「まさかっ!」

 気づいたようでありますが、遅いのでありますよっ!

「電源系統の制御も既に占拠、通信経路のBMI粒子も散布済み。後はワタシの演算処理が許す限り、複数の体現者を同時に操作することが出来るのでありますっ!」

 ワタシは叫び声と共に外部制御機能を使い、施設に残された体現者に片っ端から子プロセス(ワタシ)を乗せる。

 送る電子情報(意志)は簡潔に。

「全部、ぶっ壊すのでありますっ!」

「馬鹿な! 「アルディ計画」に反逆する何ぞ! リリス、貴様は間違っている!」

「ええ。きっとワタシは、間違っているのであります。正しく間違えられているのであります!」

 ワタシがグロッケンから記憶を譲渡、いえ、奪ったからこそ、この決断が出来るのでありますよっ!

 その代わり、あの人はもう覚えていない。ワタシのことも。イブのことも。何一つ。

 それでも、あの人の意志はワタシの体に流れている。

 あの人の記憶は、ワタシが引き継ぐ。

 あの人の意思は、引き継ぐ。

 ……ああ、なんて清々しい気分なのでありましょう。

 今の気持ちを一言で表すのなら、世界に対して産声を上げるのなら、この言葉以外あり得ない。

「おはようございますです(Hello World)」

 私は今、生まれました。

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