第五章 グロッケンの記録
「――これが、お前の出生の秘密であり、お前が記憶喪失である理由だ。イブ」
俺は、イブに全てを伝えた。
イブが鳴門に死体から創られた存在であることも。
初まりの女性として試作された内の一体、「最も危険な野獣」であることも。
そして、心臓の代わりに埋め込まれた『黄金の林檎』のことも。
「つまり、私の急な体の成長は、『黄金の林檎』という補助装置のおかげ、だったんですね」
「他の補助装置がうまく使えないのも、お前が常時『黄金の林檎』を使い続けているからだろう」
思えば、一番最初に竜に襲われ、奴の魔術を避けた際、イブは傷一つ負っていなかったように見えた。しかし、着ていた白衣は無残な姿になっていた。
無傷に見えたのは、『黄金の林檎』による超回復で、傷を負っていないように見えただけだったのだ。
「だから、この前リリスさんが来たんですね。私を狙って」
「……そうだ」
「リリスさんが、敵になるんだ……」
「どうする?」
「え?」
俺が問うと、イブが顔を上げる。その目尻には、涙がたまっていた。
「俺はお前と契約した。契約内容は、お前の身の安全を保証出来る場所までの運搬。お前が逃げたいというのであれば、俺は――」
「いいえ、いいんです!」
俺の言葉は、イブの叫びで遮られる。
「グロッケンさんも、本当はわかってるんですよね? そんなの、いつまでも続かないって。それに、このままだと私、どんどん大きくなって、大きくなりすぎて、あの竜よりも、私、大きく……」
イブの言う通りだった。『黄金の林檎』という爆弾を抱え込んでいる以上、イブは今の体を、人間の形状を保てない。
顔を俯けたイブは、最後まで言葉を口にすることが出来なかった。
「グロッケンさん」
「何だ?」
「あるんですよね? 止める方法」
何の方法かは、言うまでもない。
「……まだ、すぐにそうなると決まったわけじゃない」
「それでも、終わりはやってきちゃいますよ」
何故だ? 何故イブはその台詞を、笑いながら言えるんだ?
「刺せばいいんですよね、また。私の心臓に、『黄金の林檎』にナイフを突き立てれば」
それが一体、どれだけの苦痛を伴うものになるのだろうか?
「私、グロッケンさんに迷惑をかけたくないんです」
その苦痛を、誰かのためなら飲み込めるというのだろうか?
「それは……」
「大丈夫です。グロッケンさん。私、全部わかってますから」
そう言ってイブは、肌身離さず首から下げていた、不格好でナイフのようなお守りを、俺に向かって差し出した。
「グロッケンさんに、私の心臓(ハート)、あげちゃいますっ!」
だから、何故そうやって、笑えるんだ! 笑いながら、泣けるんだっ!
イブからお守りを取り上げると、俺は激情に任せて彼女を強く抱きしめた(お守りを突き刺した)。
強く。強く抱きしめた(突き立てた)。
「離れるのであります!」
聞こえた声に驚き、俺はイブの体を放した。放してしまった。
きっともう、この距離がゼロになることは、二度とないとわかっていたのに。
「何をやっているのでありますかぁぁぁあああっ!」
憤怒の一撃が、俺に見舞われる。俺に一撃を見舞ったのは、ポンコツだった。
「何をやっているのでありますか運搬屋! どういうことでありますか運搬屋! 何をしているのでありますか運搬屋っ!」
ああ、本当だ。ポンコツの言う通りだ。
俺は何を感傷に浸っていたのだろう? イブの身の安全を保証出来る場所まで運搬すると契約していたのに。
なのに、俺は今それを諦めようとしていた。
だが、俺はきっとポンコツに勝てない。それは前回の勝負の時にわかっていた。そして、その通りの結果がやってくる。
闘いながら、いや、最初の一撃を喰らった時に確認した。
ポンコツは怒っている。怒ってくれている。
イブのために、本気で怒ってくれていると。
こいつは本当にイブの友達なんだと、確信した。
だから、任せれる。勝手に任されるポンコツはたまったもんじゃないかもしれないが、そこは勘弁してくれ。俺の力じゃ、ここが限界だ。
ポンコツの運搬依頼を受けたのは金払いの良さだけではなく、AI(プログラム)が人間になろうとしていることに興味をもったからだ。
イブの世話を焼いていたのは、記憶喪失だという俺と似た不完全さに興味をもったからだ。
でも、違った。こいつらは不完全であることを望まず、もう自分という確固たる意志を持っていた。
そんな二人が、俺にこう言いやがった。
『あなたが最も人間らしいであります(You are maximum likelihood human)』
『あなたが一番、人間らしいわ』
何が人間らしだ。
何が人間だ!
体現者の中に脳と心臓が突っ込まれた、科学傾倒者でも魔術傾倒者でもない中途半端な俺なんかよりも。
お前らの方が、お前らこそ人間だろうがっ!
だから――
「……取引を、しよう」
お前のと二ヶ月間、悪くなかったよ。人間(リリス)。
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