第五章 リリスの記録

 ワタシが歩みを進める毎に、純白の廊下が小気味いい音を返す。

 ワタシはあの後血だらけのイブを回収し、「セラシエ」に帰投していた。目的地のドアの前で、ワタシは立ち止まる。何もせずともワタシの意志を感じ取り、ドアが開いた。

 部屋に入ると、ベットに寝ている女性がいる。イブだ。

 グロッケンが突き立てたそれが刺さったままのイブが、死んだように眠っている。

 ……スキャンの結果、脈拍心拍数共に正常。本当に、眠っているようでありますな。

「ここにいたのか、リリス」

 振り向くと、管理者が部屋に入ってくるところだった。

「管理者……」

「まだ目が覚めないのか? 体には異常はないんだろ? これでは、彼女がどういう目的でこちらに接触してきたのか調査のしようがないな」

「本当に、目覚めてもらいたいと思っているのでありますか?」

「……どういう意味だ? リリス」

 管理者が、怪訝そうな顔で首を傾げた。

「目覚めてもらいたいに決まっているじゃないか。「アルディ計画」に支障をきたす可能性があるんだ。リリスにだって、無関係な話ではないぞ?」

「では管理者が実施されていたという、イブが接触していたと思われる『こちら側』の調査は、一体どうなっているのでありますか?」

「……それは、現在調査中だ」

「嘘でありますね?」

 ワタシは管理者を睨みつけた。それを管理者は、平然と受け止める。

「管理者。管理者はイブがグロッケンと契約していたことを知っていたのでありますよね? 何故教えてくれなかったのでありますか?」

「必要がないと判断したからだ。たった二ヶ月行動を共にしたとはいえ、向こうは運搬屋。最大優先順位を考えれば、任務に支障はあるまい」

「だから出撃は、イブの捕獲と集落の殲滅任務は、ワタシ一人でも問題ないと?」

「サポートはしていたはずだ。最も、それで足を引っ張ってしまったのは、遺憾であるがな」

「……では最後に。イブの画像データがあれほど荒かったのは、何故でありますか?」

「言っただろ? 優秀なナイトが――」

「嘘であります!」

 そうだ。それだけは断言できる。グロッケンの記憶を引き継いだ、ワタシだから断言できる!

 グロッケンの記憶に、イブの撮影を妨害した記憶はなかったのでありますっ!

「そもそも、最初からおかしかったのであります。管理者はイブがグロッケンと契約したことを知っていた。ワタシ一人でもイブの捕獲と集落の殲滅が出来ると、相手の戦力はワタシ一人で勝てると計算できていた。それを計算するためにイブの居場所と集落の状況を事前に把握していた。明らかに魔術傾倒者側の情報が揃いすぎていた。それなのに、何故イブの正確な画像データだけ入手することが出来なかったのでありますか?」

 考えられる可能性は、一つだけだ。

「管理官は、イブの顔をおおっぴらに知られたくなかったのではありませんか? 「セラシエ」のメンバー以外に。いや、ひょっとしたら「セラシエ」のメンバーにすら知らせず、イブが科学側に接触したという偽りの情報を流して、彼女を拘束する口実を作ろうとしていたのではないのでありますかっ!」

「……私の想像より、立派に成長したようだね。リリス」

 そう言った管理官の顔は、体現者の表情機能に不具合(バグ)が生じたのではないかと錯覚するほど、邪悪に、醜悪に、凶悪に歪んでいた。

「……何故、でありますか? 管理者は、管理者は他の「セラシエ」のメンバー同様、魔術傾倒者を嫌悪していたではありませんか?」

「嫌悪? そんなもんじゃない。厭悪している。憎悪しているっ。怨憎しているっ! だが、私の最大優先順位は「アルディ計画」の完遂。人間(意志)を自分の手で創りだすことだ。そのために、使えそうな研究サンプル(イブ)があったから手に入れようとした。それの何がいけないというんだい?」

「……目的のためなら、使えるものなら、魔術傾倒者のものであっても、イブの存在すらも使い潰すというのでありますか?」

「勘違いしないでもらいたいな。イブだけではない。お前もだ、リリス」

「……え?」

 管理官の言っていることが理解できず、ワタシは一瞬固まる(フリーズ)。

「お前は所詮「アルディ計画」で創られた無数の試作品(プロトタイプ)の一つ。試しに創った意志(ゴミプログラム)だ」

「え、管、管理者、何、を? 嘘、嘘でありますよね?」

 だって管理者は、他のAIに先を越されないよう全力を尽くすって――

「おいおい、何をそんなに驚いているんだ。開発コンセプトとしては面白かったが、陳腐なお前(AI)ごときが本当に人間になれるわけがないだろう? だが安心しろ。お前を踏み台(ベース)に、新しいプロジェクトも動き始めている。だから後は私に任せるといい。私が「アルディ計画」を完遂させてみせる。揺り籠の中で、ゆっくりと、確実にな」

 ワタシの演算機能が、異常(エラー)を返した。

 聞こえません――嘘です(エラー)。

 管理者の声が聞こえません――嘘です(エラー)。

 管理者の言葉は全て嘘です――嘘じゃありません(エラー)。

 どうして? どうしてなのでありますか?

 何故ワタシの演算機能は問の解(知りたくもない現実)を導く(突きつける)のでありますかっ!

 壊れる。ワタシという存在(プロセス)が、消えることを望んでいる。

 でも、消えることは出来ない。処理に問題があっても、修復作業がすぐに実行される。

 ……あぁ、目覚めたくないのに、目覚めなくてはならいのであります。

 自分の存在を否定され、ワタシに一体何が残っているというのでありましょう?

 絶望(現実)への目覚めを前に、ワタシのプログラム(体)はワタシを目覚めさせようとシステムチェックを開始する(血液を巡らせる)。

 基礎人格――問題なし(クリア)。

 外部制御機能――問題なし(クリア)。

 新規記憶情報(グロッケンから譲渡された記憶)――

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