第四章 グロッケンの記録

 最初に疑問を感じたのは、イブから『定期便』に乗った後の話を聞いた時だった。

 俺がイブを『定期便』に乗せる判断をしたのは、イケブクロ・シティとオウジ・シティの移動距離が比較的短いことに加え、イケブクロ・シティから『運搬屋』が同行するものだと考えていたからだ。

 イケブクロ・シティは科学寄りとはいえ、魔術傾倒者に対して友好的な街だ。オウジ・シティへの『定期便』に『運搬屋』が同行していないというのは、初めて聞いた。

 俺はマツド・シティに行き着く間に情報収集を行い、ある集落が魔術生体に壊滅させられたという情報をつかんだ。それは、何処にでもありそうな話だった。

 ただし、壊滅させられた集落は魔術傾倒者のものであったというのと。

 その集落があった場所が、俺がイブと初めて出会った場所の近くだったというのが気になった。


「待て、何処に行く気だ!」

「タルト、美味しかったよ。次はレモン汁をもう少し抑えてくれると、なお俺好みだ」

 改修屋の店を出た俺は、すぐさま狼タイプの魔術生体を蹴散らした。蹴散らすと言っても、殲滅ではなく街のそばから追い払うのが目的。似たような依頼は今まで山ほど請け負っている。

 狼と言っても、元の分類は肉食目。つまりネコ目だ。奴らの可聴周波数は人間よりも広く、人が聞こえない音まで拾う。そして個体差はあるものの、奴らには嫌いな周波数が存在している。

 そのため、街から追い払うだけなら群れのリーダーと何匹家に位置情報を発信する弾を撃ち込み、嫌いな周波数を流してやればそれだけで目的は達成できた。狼としても街に近づきすぎれば鏖殺されるとわかっているので、科学生体の力を借り、無理して抗う真似はしない。

 仕事を片付けた俺は、壊滅させられたという集落に向かった。

 その場所を見た時の感想は、無残の一言。

 集落といっても木造より鉄筋コンクリート構造の建物、だったものの方が多く目立っていた。

 位置情報を元に検索をかけてみると、ここは旧ヒカリガオカ・シティのあった場所らしい。ということは、その跡地をどうにか再利用しようと集落を作ったのだろう。

 ヒカリガオカ・シティは元々科学寄りの街だったらしく、旧になった理由は麒麟タイプの魔術生体に襲撃されたらしい、ということしかわからなかった。

 ……科学傾倒者が使っていた場所を、魔術傾倒者が再利用しようとするのは、珍しいな。

 そう思いながら、俺は集落の中を進んでいく。歩みを進める度、腐敗臭が強くなる。魔術傾倒者だったものが、土に帰る途中なのだろう。俺は嗅覚機能を少し絞った。

 俺はダメ元であるものを探しながら、集落を彷徨う。しばらくすると、比較的原型をとどめている建物が見えた。俺の求めているものの反応も、あそこからだ。元科学寄りの街だというのなら、有線のBMIネットワークの反応があると思ったのだが、まさか本当にあるとは思わなかった。

 入り口を塞いでいた瓦礫を、俺は強引に蹴り飛ばす。すると中から漂ってきたのは、ねっとりと肌に絡みついてくるような湿気。そして鼻腔を刺すような強烈な腐敗臭。この中にも、死体がある。

 痛覚機能を完全に切断し、俺は建物の中へと足を向けた。

 中にいたのは、一人の死体と一体のくまの人形。恐らくあの人形は死体が使っていた補助装置だろう。ひとまず俺は、死体の方へと足を向けた。

 死体は、スキャンした限りだと成人男性。強烈な力で押し付けられたであろう頭部は粉砕し、彼の髪は壁にこびりついた脳症の間から飛び出している。それを見る限り、彼の髪の色は黒だったのだろう。眼球はそこから零れ落ちているが、既に腐っていて瞳の色まではわからない。

 頭のない男が着ている白衣は紅に染まり、長時間経過したためかその上に蛆が湧いている。蛆が這う男の右腕は、一本のケーブルを握りしめていた。

 ケーブルの先には四角い筐体。俺は回転式拳銃を抜くと、筐体に向かってCB弾を発射。筐体を撃ち抜いたCB弾が、紅雷を散らす。閃光と共に筐体の制御権を乗っ取った(ハックした)CB弾は、その中に保存されていた情報を吸い出し、俺へと転送を開始した。


「ルーシー計画」について。

「ルーシー計画」とは、我々が憎き科学傾倒者どもより先に『そこ』へ行き着くための重要な過程である。

 あいつらに先を越されてたまるものか! 人類の進化の形として正しいのは、我々の方だ! 我々こそが正しい意志の在り方なのだ!

 だからこそ我々は子を生む、人を創れる、意志を生み出す女に重きを置き、『そこ』に至るための研究を開始した。

 なに。かの初まりの女性を製造することが出来れば、意志を生み出した最初の肉体を創りだすことが出来れば、『そこ』に必ずや我々は到達出来るだろう。

 初まりの女性は試作として七体製造されることとなり、個体名は次のように決まった。

「悪魔の槍」

「不道徳の道」

「サソリの針」

「嘘の娘」

「地獄の監視員」

「平和の敵」

「最も危険な野獣」

 その中でも私、鳴門 富(なると あつし)は「最も危険な野獣」の製造を担当する事になった。


「最も危険な野獣」の製造。

「最も危険な野獣」を製造する上で、私は現生人類の最も近い共通女系祖先を参考にすることにした。

 つまり、自分の遺伝子を最も残した、他人の遺伝子を淘汰した女を参考に、「最も危険な野獣」を製造することを考えた。

 そのために必要なのは、ミトコンドリア・イブのDNA。

 人間に含まれているミトコンドリアDNAは必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。このミトコンドリアDNAを調べれば母からその母、またその母といったように、女系をたどることができる。

 その結果、子孫の中で女を一番多く排出した女、ミトコンドリア・イブにたどり着くのだ。

 だがしかし、ただミトコンドリア・イブのDNAを使って製造しただけでは、普通の人体生成でしかない。死者蘇生とゼロからの人体生成でなければ、『そこ』に到達することは叶わない。

 ならば使えるのは一つのみ。ミトコンドリア・イブのDNAを持つ死体を掘り起こし、私の手で蘇らせよう。

 自分の遺伝子を世界中にばら撒き、他人の遺伝子を駆逐した祖先の血を引く女こそ、新たな初まりの女性に相応しい!


 製造した「最も危険な野獣」の形状維持。

 最大の難関だった「最も危険な野獣」の形状維持も、ようやく一段落ついた。

 死体の細胞を再生しても、既に生物的には死亡しているため、再生した次の瞬間には細胞が死滅してしまう。その問題を解決したのが、『黄金の林檎』だ。

『黄金の林檎』はただただ意志を無限に増幅するための補助装置であり、指向性は存在しない。使えば自分の意志に飲み込まれ死亡するしかない補助装置だが、この死体に使うにはちょうどよかった。

 体を修正し続けるように意志を流した『黄金の林檎』を、死体の心臓として埋め込んだ。これで次々に死滅する細胞を無限に修復。細胞が完全に死ぬ直前に修正し続けるようになる。

 だが、このままではいずれ『黄金の林檎』の力が上回り、人体の急成長、果ては細胞の無限増殖が起こるのは目に見えている。

 私は「最も危険な野獣」の体をなるべく小型化し、『黄金の林檎』に異物を混入することにした。

 異物を何にするかは迷ったが、最終的に手元にあったナイフを突き立てることで解決した。これで傷付けられた『黄金の林檎』は自分自身の修復をし続けるため、細胞の増殖は防げる。

 後は「最も危険な野獣」をどのように目覚めさせるかが問題だ。

 肉体の復元には成功したが、元々どれだけの情報が脳に記憶(記録)されていたのかまではわからない。生前の記憶(意志)まで蘇らせなければ、完全な死者蘇生とはならない。

 方法はある。一旦今の時代に必要な記憶を「最も危険な野獣」の脳に書き込み、続いて段階を経て死体に関係のありそうな記憶を追加していけば、いずれ死ぬ前の記憶も修復、完全な人体蘇生を行えるだろう。

 今こそ私の魔術が役立つ時だ! 本来の使い方ではないので多少時間はかかるかもしれないが、問題はない。

 これであいつらの先を行けると思うと、笑いが止まらない!

 あいつらへの憎悪をこの身に滾らせ、『黄金の林檎』を握りつぶしてしまいそうになっていたことも、もはや遠い過去の思い出となる!


「最も危険な野獣」の逃走

 クソッ! 最悪だ! よりにもよって、竜タイプの魔術生体が来やがった!

「最も危険な野獣」の記憶を書き込んでいる最中だったというのに、奴のせいで『黄金の林檎』に刺していたナイフが抜け落ちてしまった。

 目を覚ました「最も危険な野獣」は、現在逃走中。

 下等生物の分際で、私の手を煩わせやがって! 地響きもその咆哮も、何もかもが私を苛立たせる!

 部下に「最も危険な野獣」の捕獲を指示したが、間に合うかどうか……。


 竜を制御下に置くことに成功

 ……「最も危険な野獣」の捕獲に、失敗した。

 不味い。不味い不味い不味い不味い!

 今の「最も危険な野獣」は生物として生きている状態だが、それが逆に問題を引き起こす。

 食事や睡眠を取るなど、生物として当たり前の行動を取れば取るほど『黄金の林檎』が必要以上に体を修正する。修正するところがなくなると、修正するために自分の体を巨大化、細胞を増殖させる。

 数日ならば少女から女性への変化ぐらいで済むが、どこかで必ず破綻が発生する!

 部下の数も減ったが、幸いあの下等生物を制御下に置くことに成功した。私の魔術(マゲイア)は呪いに近い執着。魔術生体の脳を書き換え、「最も危険な野獣」に執着するようにした。

 完全に制御することは出来ないが、「最も危険な野獣」を追わせることぐらいは可能だろう。

 竜が弱っており、主導権が科学生体に移っているのも幸いした。あいつらは動力源である魔術生体が生きていれば、その魔術生体が誰かに操られていても気にしない。その分、科学生体が求める餌を優先するなど、多少の寄り道は大目に見るしかないが。

 竜は既に放ってある。あれに捕獲なんて繊細な仕事が出来るはずもない。

 最悪「最も危険な野獣」を喰らって胃に『黄金の林檎』を入れてここに戻ってくれば、それでいい。

「最も危険な野獣」は、もう一度創り直せばいいのだから。


 集落の崩壊

 馬鹿な! 何故あの竜がここにいる! あれは確かに死んだはず!

 それに、何だ? あの竜の頭部に見えるのは……。

 そ、そうか。あいつら、私の研究に目をつけてっ!

 だが、ここにいればひとまず安心だ。私が生きている限り、誰もここには出入り出来ない。

 時間を稼いで、また私があの竜の制御権を――


 転送された文字情報は、それが全てだった。画像情報も幾つかあったが、見覚えのある竜と、見覚えのある少女が「最も危険な野獣」に分類されているのを発見した所で、見るのをやめた。

 俺は頭部のなくなった鳴門だったものを苛立たしげに蹴りあげると、再度建物の中を見渡した。

 今しがた見た情報が正しいものだとすれば、鳴門は自分が死ぬとは思っていなかったはずだ。だが、鳴門は殺された。

 誰に? 竜ならわざわざ頭部だけ破壊するような事はしない。

 補助装置に意志を送る脳を潰すのと、その脳を動かすのに必要な酸素を送る心臓。この二つを狙うのが、魔術傾倒者と殺りあう時の鉄則だ。

 俺はあるものの所へと足を向けた。そしておもむろに転がっていたそれに、人形に向かって発砲。すると――

「おっと!」

 人形は俊敏な動きで、それを避ける。補助装置だと思っていた人形は、体現者だったのだ。

 くまは不思議そうに首を傾げる。

「どうしてわかったんだい? 本物の人形に近い素材で作ってたから、スキャンじゃばれないと思ってたんだけど」

「ここに、有線のBMIネットワークの反応があったからな」

「元科学寄りの街なら、あっても不思議じゃないんじゃない?」

 くまがわざとらしく首をひねる。その動作が苛立たしい。

「元科学寄りの街なのに、どうして反応が、使えるネットワークがあるんだよ。使わなくなったから、元科学寄りの街なんだろ?」

 喋りながら、俺は二回引き金を引く。くまは器用に逃げるが、俺もその後を追った。

「使えるネットワークがあるというのなら、使ってる誰かがいるってことだ。この建物の中で、パッと見体現者として使えそうなのがその人形だったってわけさ」

「すごい名推理! 運搬屋じゃなくて、探偵になったらどう?」

 戯けるくまが俺の脇を抜けようとするが、蹴りあげてそれを防止。くまの右腕が千切れ、フレームが飛び出し、綿が鮮血のように飛び出す。

「いったーい! こんなキュートなのに、何すんのさ!」

「痛覚機能を持たせられるほど、性能は高くないはずだろ? それより、お前が、鳴門を殺したのか?」

 崩れ落ちたくまを足蹴に、俺は尋問を開始した。

「それを知って、どうしようっていうんだい?」

「いいから答えろ。お前、「セラシエ」の関係者だろ?」

「……どうして、そう思うんだい?」

「お前、さっき言ったよな? 運搬屋じゃなく探偵になったら? って」

 抵抗しなくなったくまを左手に吊し上げながら、俺は話を続ける。

「俺がいつ、運搬屋だなんて言ったんだ? わざわざ旧ヒカリガオカ・シティに足を運ぶ運搬屋なんていると思ってるのか?」

「それは、ほら! 君は運搬屋の中では有名だからね! ルータまでやれる体現者の運搬屋は、中々いないからさ!」

「ほう。ルータをこなせる運搬屋に興味が有るのか? 例えば、キューシュー・プリフェクチャから何かを運搬する仕事を頼む、とかか?」

「……何のことだい?」

「まだしらばっくっるのか?」

「そりゃそうだよ。だって何のことか、さっぱりわからないんだもん。こんな質問、時間の無駄だよ」

「いいや、非常に有意義な時間だったよ」

 左手から必要な情報を収集(ハック)し終えた俺は、くまの人形を引きちぎり、二度と人間の意志を乗せれないような形にした。

 俺がくまから入手したのは、くまの体現者を操作していた人間が契約などで使う電子情報。

 俺はこの電子情報に一致するものに心当たりがあった。

 一人は俺と契約したポンコツ。

 そしてもう一つは、そのポンコツの代わりに契約金を支払った「セラシエ」だ。

 ……全く、いい仕事しやがるぜ。改修屋。

 そう思いながら、俺は皮肉げに笑った。

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