第三章 リリスの記録

「これで、終わりでありますね」

 撃ち抜かれ、地面に横たわる運搬屋に、ワタシはそう声をかけた。

 両足、右腕に一発ずつ、左腕には四発撃ち込んである。左腕は、変な仕掛けを警戒して多めに撃ち込んだ。

「……どうやって、見破った?」

「言ったでありましょう? 弾道計算の演算速度は、ワタシの方が上なのであります」

「……円筒から落とした弾の動きも、計算していたっていうのか?」

 弱々しい運搬屋の声に、ワタシは頷いた。自然にこぼれ落ちたにしては不自然に弾頭がワタシの方を向いていたし、無線の操作を得意とするこの運搬屋が、弾をこぼすという単純なミスをするわけがない。あれは罠だと考えるのが普通だ。

 それを聞いた運搬屋は、盛大にため息を付いた。

「しかし、容赦なく撃ちこんできやがって。弾の形がグチャグチャじゃねぇか」

「わざわざ自分の体からほじくりだす必要はないのであります。そのまま大人しくしてくれていれば、すぐに取るのでありますよ」

「いいや、そういうわけにはいかないんでな」

「……まさか、まだ戦うつもりでありますか?」

 無理に起き上がろうとする運搬屋を見て、ワタシは表情を硬くする。

「ここまでやられても、まだわからないのでありますか? アナタはワタシには勝てないのであります」

「それが、俺の仕事だからな」

 皮肉げに笑う運搬屋を、ワタシは睨みつけた。

「……これ以上は、ワタシも運搬屋の体現者を破壊するしかないのであります」

「お前の操作していた弾丸、どう見ても変形しているよな?」

 自分の体から取り出した弾丸を、運搬屋はしげしげと見つめている。ワタシは彼が言いたいことがわからず、困惑するしかない。

「な、何を言っているのでありますか? 弾は当たればヘコむものでありましょう?」

「そうだ。弾は当たればヘコむ、歪む。だが、お前が操作していた八発の弾丸は、俺の撃った弾を弾いたのにもかかわらず、欠けた様子がなかった。まるで戦闘の最中常に新品に変えられているみたいにな」

 運搬屋の言葉に、ないはずのワタシの心臓が跳ねた。

「……戦闘中に、どうやって弾丸を変えたというのでありますか?」

「撃ってもらえばいいじゃないか。自分に向かって」

 潰れた弾丸越しに、運搬屋がワタシを見つめている。

「弾丸を補充する相手とお前が同じグループのアクセス権を持っていれば、撃ちだした弾丸の操作を途中でポンコツに切り替えることが出来る。人間以上の早さで弾道計算が出来るAIのお前にしか出来ない芸当だな。要らなくなった弾丸はその場で破棄すれば弾が増えたことも気付かれず、仲間の存在を隠すことが出来る。仲間も見つからないよう、俺たちの移動に合わせて場所は変えなければいけないだろうがな」

 運搬屋の洞察力に、ワタシは脱帽した。まさか、見抜かれるとは思っていなかった。だが、それだけだ。

「……確かに、運搬屋の言う通りであります。ですがそれがわかったところで、アナタの不利が覆るわけではないのでありますよ!」

「狼は、一度追い払ってもまたすぐに集団で集まってくる」

「……え?」

「お前が言ったんだぞ? ポンコツ。そしてこれは俺が言ったんだが、何体かの狼には位置情報を発信する弾を撃ち込んである」

《リリス、今すぐ帰投しろ》

 突然の音声通話に、ワタシは狼狽した。

《な、何故でありますか? 管理者! 任務達成は目前なのでありますよ?》

《狼タイプの魔術生体の集団に遭遇した。こちらの被害を最小限に抑えることを優先しろ》

「……どうした? 撤退命令でも出たんじゃないのか?」

 そんな馬鹿な! あまりにもタイミングが良すぎるのであります!

 睨みつけるも、運搬屋は相変わらず皮肉げにこちらを見て笑っている。運搬屋が狼を管理者たちに接触させたのは確実だが、その方法がわからない。

 運搬屋が知り得た情報は、ワタシに仲間がいるということと、狼の位置情報だけで――

「まさか、あの時でありますか!」

 一番最初に運搬屋から受けた攻撃。あの時既に、運搬屋に管理者たちの位置情報を入手(ハック)されたのだ。

「体に当たれば一時的に制御を奪える。これも、お前が言った言葉だぞ? ポンコツ」

 今まで逃げまわっていたのは、ワタシを援護するために移動する管理者を、狼の集団に接触させるためだったのでありますかっ!

《リリス、何をしている。早く帰投しろ!》

 二人の言葉を聞きながら、ワタシは歯噛みしていた。

 何なのでありますか? これは。

 ワタシは任務を遂行しようとしただけなのであります。それなのに、後一歩の所で断念せざるを得なくて。

 それなのに。

 それなのに、ワタシは任務に失敗して嬉しいと思っているのであります!

「何だ、その面は」

「え?」

「お前の中で、優先順位が変更されたんだろ? それでホッとしてるって顔だぜ」

 運搬屋に指摘され、自分で顔に触れてみる。しかし変化は、わからない。

「……そう、なのでありましょうか?」

 ですが、任務を遂行するのが正しくて、それなのに、ワタシは――

「良かったじゃねぇか」

 呆けた顔をしているであろうワタシを見て、運搬屋は鼻で笑った。

「これでお前、正しく間違えれるだろ? 少しは人間らしくなったな。ポンコツ」

 そう言った運搬屋の口は、やはり皮肉げに歪んでいた。

 その彼の目を見つめながら、ワタシは思った。

 まだ人ではないプログラムに過ぎないワタシだけれど。

 出会った人を数という統計値でしか、まだ人を見ることが出来ないけれど。

 断言出来ないAIのワタシが言うなら、こういう言い方が適切だろう。

「……運搬屋」

「ん? 何だ? 改まって」

「あなたが最も人間らしいであります(You are maximum likelihood human)」

「AIのくせに、何言ってやがんだ」

 そう言ってまた、彼は皮肉げに笑った。

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