第三章 グロッケンの記憶
また面倒な事態になった、というのが、俺の率直な感想だった。
周りは倒壊した家屋と、二人の少女。他は逃げたらしいが、残った二人が厄介だ。
「グロッケンさんっ!」
首から下げた何かを握りしめ、イブは感極まった表情を浮かべている。本人はあれをお守りと言っているが、なんてことはない。あれは俺の前の左腕。その一部だ。
破棄しようとしたそれを、あの時助かったのはあれがあったおかげだと、イブは手放すのを嫌がった。
全てを残すことは出来ないということで一部だけ切り出したそれを、イブはお守りと言って手放そうとしない。不格好でナイフのようだし、誤れば本物のナイフのように皮膚を傷つけてしまうから捨てろと言っても、彼女は聞く耳を持たなかった。
「どうして、運搬屋がここにいるのでありますか?」
「仕事の帰りさ、ポンコツ。そして仕事の途中でもある」
「だ、誰がポンコツでありますか!」
ポンコツが激高するも、一瞬で怪訝そうな顔になる。
「仕事中? では、今の雇用主はどなたなのでありますか?」
「お前のお友達だよ」
「では管理者が言っていたナイトというのは、運搬屋?」
俺の言葉を聞き、ポンコツはハッとした表情でイブの方を振り向く。ポンコツの視線が逸れた瞬間、俺は一気に彼女との距離を詰めた。
が、
「そうはいかないのでありますっ!」
俺の前蹴りは、彼女に届く前に停止していた。足の裏から伝わるのは、三発の弾丸の感触。わざわざ防御に使わず、俺を撃ち抜けばいいものをっ!
俺はポンコツから距離を取り、イブを背中に隠す。
「手加減したつもりか?」
「それはそちらもでありましょう? 運搬屋。何故銃を使わないのでありますか? それとも、使えないのでありますか?」
ポンコツのその言葉に、俺は舌打ちをした。
「その様子では、前の仕事とやらでCB弾はあまり残っていないようでありますな」
「……狼タイプの魔術生体を蹴散らす仕事でな。街外れまで追い払ってきたんだよ」
「狼は一度追い払っても、またすぐに集団で集まってくるので、厄介でありますからな。この付近では需要の多い仕事でありましょう」
ポンコツが喋り終わる前に、俺は一度引き金を引いた後、走りだした。俺の撃った弾が何かに弾かれ、銃弾の甲高い断末魔が聞こえる。
振り向きざまに、俺は三度引き金を引いた。うるさいほどの銃声が、あたりを包む。
「それが面倒だから、何体か位置情報を発信する弾を撃ち込んである!」
「それにしても、本当にどんな依頼でも受けるのでありますね」
俺が叫び終わる前に、全ての弾がポンコツの周りに舞っている弾丸に弾かれる。ひしゃげた銃弾は木の幹に埋まると、その動きを止めた。
ポンコツは俺を追って走り始めた。俺を排除すべき障害として認定したのだろう。
目的を達成するために、目の前の課題を片付ける。実にわかりやすいAIの思考(ロジック)だ。
「言っただろ? 払ってもらった分の仕事は、きっちりさせてもらう。値段次第では『安全』だって運んでやるし、瑕疵保証だって万全さ」
喋りながら、俺は索敵と位置情報の更新を繰り返す。
円筒に弾を込め(リロード)、方向も定めないまま引き金を引いた。弾道は無線で操作できる!
「無駄であります運搬屋。同じ無線で操作しているただの弾丸同士では、弾道計算の演算速度が勝敗をわけるのであります。アナタはAIであるワタシに、勝てると思っているのでありますか?」
悪態を付く代わりに俺は引き金を引くが、結果は全て同じ。銃声が鳴り響く中、ポンコツの周りには八発の弾丸という名の猟犬が、一つとして欠けることなく主を守っている。
円筒に、再度弾を込める。円筒から一発の弾丸がこぼれ落ち、地面に落ちた。
俺を追うポンコツは、ダダをこねる子供に言い聞かせるように口を開いた。
「もういい加減止めるのであります。せめてCB弾があれば、悪意(ウイルス)をワタシの体現者に流しこむことで一時的に制御を奪うことも――」
「なら、奪わせてもらおうか」
俺は無線でわざと地面に落とした弾丸を操作。その弾丸が落ちている場所は、追ってきたポンコツの足元だ。その距離は猟犬の内側。回避出来ないはずだ。
最後のCB弾だ! 食らえっ!
俺の意志(想い)を乗せた弾丸は、しかし――
「可能かもしれないでありますね。ただし、ワタシに当たれば、の話でありますが」
その言葉を聞くのと、俺が七匹の猟犬に食らいつかれるのは、ほぼ同時だった。
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