第三章 イブの記憶
私は今、幸せの絶頂にいた。ついこの間まで絶望のドン底にいたのも、既に遠い過去の話。何故ならその底から、私を救い出してくれた人がいたからだ。
彼の名前は、グロッケン。
私を、救ってくれた人。私に、名前を付けてくれた人。名前の由来は私と彼が出会った日にちなんだものらしいが、それよりも彼が私の名前を選んでくれたというのが、私には嬉しかった。
全てをなくした私を守り、ここまで連れてきてくれた人。
でも、いつまでも彼に甘えてばかりいられない。彼と出会った時よりも、私はずっと成長したのだから。
私はまず、ここの街について調べることにした。そして、愕然とした。
『定期便』の安全性についてだ。
科学寄りの街に魔術傾倒者が入ってしまったり、魔術寄りの街に科学傾倒者が入ってしまった場合に備えて『定期便』が用意されている。
だがこの『定期便』、科学側から出たものにも魔術側から出たものにも十分な戦力が、魔術生体を退けれると思えるほどの戦力が整えられていないのだ。
理由は、そこまでの面倒を見れないから。友好的な街であっても、『運搬屋』は途中までしか付けてくれない。
本当に安全を求めるなら、最後まで自分たちで『運搬屋』を雇えということらしい。
私は憤慨した。このままでは、犠牲者が増え続けてしまう。
そこで私は、『定期便』を途中まで迎えに行くことにした。
大勢の人が反対した。しかし、私は引かなかった。次は、私が助けるんだ! 彼みたいにっ!
私の熱意が通じたのか、同じ魔術側の人間を救うためならと、徐々に賛同者も増え始めた。やがて『定期便』の通る道の中間地点に、小さな集落の様な場所が出来上がった。
よかった。この辺りは木が生い茂り、狼タイプの魔術生体の集団がよく現れる。でも、これで魔術生体に襲われる人は、きっと少なくなるはずだ!
「イブちゃん、こんにちは!」
「イブちゃん、元気にしてるかい?」
「差し入れ持ってきたよ、イブちゃん!」
皆の声に、私は精一杯の笑顔で、大きく手を振って応える。江戸紫色のリボンでまとめた髪が、サラサラと揺れた。手を振っている途中で一瞬、笑顔が崩れる。
……最近、自分の体調があまり良くない。
それでも、ようやく軌道に乗ったこの勢いを止めたくなかった。首から下げたあるものを、私は両手で握りしめる。すると、不思議と元気が湧いてきた。
これはお守りだ。あの絶望の中彼が差し出してくれた、希望の光だ。
誰かを助けたい。それが、私がグロッケンさんからもらった、今の私の意志だった。
その意志を――
「きゃぁぁぁあああっ!」
他人の悪意は、容易に飲み込む。
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