第三章 グロッケンの記憶

[新規の外部制御機能を検出。接続しますか?]

[許可する]

[接続許可、確認。上腕骨フレームと肩鎖関節フレームを接触させます。成功(クリア)。続いてBMIによる接合と擬似筋肉として肩甲挙筋、上後鋸筋、小菱形筋、大菱形筋の生成を行います]

「で? 調子はどんなもんだい?」

 新しい左腕から文字情報で送られてくる接続状況を確認していると、しわがれた声が聞こえてきた。

 顔を上げると、そこには巨大な岩山かと見まごうほどの巨大な男が立っていた。男の体は筋骨隆々、顔には左頬に二筋、右頬に三筋の傷跡が残り、禿げ上がった頭皮に無精髭と、決してお近づきになりたくない風貌をしている。

「どんなに気分がよくっても、お前の面を見た瞬間に最悪の気分になるぜ」

「おいおい、そりゃねぇだろ? 運搬屋。一体誰がお前の左腕を修理してやったと思ってるんだ?」

 男の言葉に、俺は舌打ちで返答した。

 左腕を失ってから俺は街を幾つか点々とし、今はマツド・シティに腰を落ち着かせている。ここは魔術寄り街だが、科学傾倒者にも寛大だ。

 北上してすぐの所に科学側のツクバ・シティがあるというのも関係し、体現者の部品(パーツ)もよく流れてくる。流しているのはもちろん、俺の同業者たちだ。

 接続が完了した左腕の稼働を確かめながら、俺は感想を口にした。

「腕をなくしてから代替品でまでだましだましやって来たが、こいつが一番いい。まるで俺の腕みたいだ。顔に似合わない、丁寧な仕事だな。『改修屋(エンハンサー)』」

「最後の一言が余計だぞ、小僧。仕掛け(ギミック)も入れておいたから、後で確認しておいてくれ」

 そう言って、改修屋は豪快に笑った。

 改修屋はその名の通り、壊れたモノの修理を行う。そしてここは、彼の店だった。

 改修屋は体現者の修理だけでなく、時には補助装置まで直せるというのだから驚きだ。

 あまり何でもかんでも直されると俺たち運搬屋がモノを運ぶ需要がなくなってしまうのだが、改修屋も俺たちが運ぶモノがなければ修理出来ないので、持ちつ持たれつ、といった関係だ。そのため運搬屋と改修屋の仲は科学傾倒者だろうが魔術傾倒者だろうが関係なく、比較的良好だった。

 俺たち運搬屋との違いは、意志を示す体現者と補助装置を直せるということで、科学傾倒者からも魔術傾倒者からも感謝されているというその一点のみ。

 俺が新しくなった左腕を回し限界稼働率を確かめていると、改修屋が声をかけてきた。

「おい、小僧」

「何だ? もう代金は振り込んであるだろう? 科学傾倒者だろうが魔術傾倒者だろうが、電子通貨(クレジット)は使えるはずだ」

 科学傾倒者と魔術傾倒者が完全に関係を切っておらず、運搬屋や改修屋に仕事を依頼するなら共通の通貨が必要となる。それが電子通貨だった。

 電子通貨は財布(ウォレット)というBMIで出来た装置(デバイス)を持っていれば使えるため、魔術傾倒者に対しての支払にも使える。しかし、魔術傾倒者の中にはその支払方法を拒否するものもいる。

「まさか、いまさら物々交換だとでも言うんじゃないだろうな?」

 対価に見合う報酬を得られなければ、仕事は成り立たない。欲しい物同士を交換するのは、何も間違ったことではないのだ。そして魔術傾倒者と運搬契約を結ぶ際、そうした申し出を俺は度々受けることがあった。

 そしてここは魔術寄りのマツド・シティ。そういった話になっても不思議じゃないが――

「違う違う! 何を勘違いしているんだ小僧。ワシが気にしてるのは、お前の甲斐性の方だよ」

「甲斐性?」

 代金のことでもめなかったことに安堵しながらも、俺は眉をひそめた。話が全く見えてこない。

 俺は鼻を鳴らしながら、口を開いた。

「俺の甲斐性がないと、何か問題でもあるのか?」

「『何か問題でもあるのか?』じゃあねぇだろう! あの子、甲斐甲斐しくも、まだあれをお守りとして持ってるらしいじゃねぇか」

「……ああ、イブのことか」

 改修屋にあの子と言われて、俺は一人の少女のことを思い浮かべた。

「あいつは変わってる。もっと金を積めばいいものを買えるのに」

「そういう問題じゃねぇんだよっ!」

「なら、どういう問題なんだ?」

 そう言うと、改修屋は右手を額に当て、天井を見上げてため息を付いた。

「ダメだこいつ。話になんねぇ。そしてネーミングセンスが最悪だ。ワシが口を出さなきゃ、まだ彼女は――」

「あーうるせぇうるせぇ。その話なら前にかしましいやつからされてる!」

 全く、どいつもこいつも。……そんなに悪いか? 俺のネーミングセンス。

「あぁそうそう。そういえばこんな噂があるんだが、知ってるか?」

 左腕の稼動テストを終え、ちょうど席を立とうとしたタイミングで、改修屋が嬉しそうに話しかけてきた。

 店の中には俺しかいない。この面で寂しがり屋なのか? 嘘だろ?

 それでも迷いなく立ち去ろうと腰を上げると、カウンターに一枚の皿が置かれた。

「林檎のタルトだ」

「……何でそれが改修屋で出てくるんだ」

「当店の名物なのさ」

「どうなってるんだこの店は……」

 ため息を付きながら浮かした腰を、俺は再度椅子に下ろした。

「なくなるまでだぞ」

「わかっている。イブちゃんの言うとおりだったな」

 舌打ちをした後、俺は改修屋からフォークを受け取る。そのフォークで、俺はパイ生地に傷を付ける。そこから溢れだす香りは――

「これは、カスタードを使っているな?」

「いいから聞け。お前、七つの大罪って知ってるか?」

「……傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、暴食、色欲に怠惰だろ。順番や名称は多少変わるみたいだが、意味はそんなに変わらないはずだ」

 タルトに舌鼓を打ちながら、俺は検索した内容を改修屋に伝える。自分が知らなくとも、ネットワークに接続出来ていれば単語の検索は容易だった。

 改修屋は俺の言葉に頷いた。

「正解だ。さすがだな」

「なら、話を林檎のタルトに戻そう。この林檎の焼き加減だが――」

「その七つの大罪に、古いものと新しいものがある、っていうのは知ってたか?」

 改修屋の言葉を契機に再検索。すると確かに、二種類の七つの大罪が存在した。古いものは先ほど俺が言ったもの。新しいものは、次の七つ。

 遺伝子改造。

 人体実験。

 環境汚染。

 社会的不公正。

 貧困。

 過度な裕福。

 麻薬中毒。

「……おいおい、ものの見事に全部破っちまってるじゃねーか俺たち」

 遺伝子改造と人体実験は科学傾倒者と魔術傾倒者が生まれる過程で粉々にし。

 科学傾倒者と魔術傾倒者に別れたがことで互いの長所を受け入れれないという社会的不公正が成立し。

 意志を表現するのに執着する幸福な人間は無理やり死体を起こし、人間未満の人間を悪戯に創ってその貧しい寿命を喰らい尽くす。

 地球(アース)には汚染といえるほどのBMIがぶち撒けられ、それが当たり前となった人間はBMI中毒だ。

 今ではどこもかしくもBMIで溢れかえり、そこに電子信号(意志)が絶えず流れている。

 まるで電子の大海原だ。

「どうだ? 中々皮肉が効いた噂だろ?」

「……食欲が失せる話をするな。あと、これは噂じゃない。実話だ」

「おっと、本題はこれからだぜ」

「……まだあるのか?」

「タルトは残っているからな」

「この噂好きめ……」

 俺の皮肉が聞こえないのか、改修屋は嬉々として話を続けようとする。俺は諦め気味に、残り半分となったタルトをフォークで分解し始めていた。

「これは全く確証のねぇ話なんだが、」

「ならするなよ」

「確証があったら噂にならねぇだろ! いいから黙ってタルト喰っとけっ!」

 げんなりしながらも、俺はいやいやタルトを口に入れていく。味はいいんだが、流れるBGMがいただけない。

「不思議なのはどうやらこの噂、科学側でも魔術側でも広がっているみてぇなんだ。『そこ』に到達できれば人として認められるってものらしいんだが、『そこ』が一体何処なのか、そもそも何なのかを知ってる奴は誰もいねぇ。自分たちこそ人の進化の形だと自負する科学側、あるいは魔術側のどちらかが言い始めた法螺話だと言われているみてぇなんだが……」

 言われた通り黙ってタルトを食べていると、改修屋が何かを期待するような目で俺を見ていた。クソめんどくせぇ。

「……それで? 他に情報はないのか?」

「それなんだがなっ!」

 待ってましたと言わんばかりに、改修屋の顔に鬱陶しいほどの満面の笑みが浮かぶ。

「どうやらその法螺話、実際にやろうってしている連中がいるみたいなんだよ。というよりも、それは前から行われていたみてぇなんだ」

「……何だと?」

 俺の反応が嬉しいのか、改修屋はより饒舌になり話し始める。

「死者蘇生とゼロからの人体生成。未だ人類が成し得ていない領域にたどり着ければ『そこ』に行けると本気で考えて、科学側では「アルディ計画」、魔術側では「ルーシー計画」と銘打って、色々きな臭いことをしているみたいだぜ」

 一通り話し終えた改修屋はどうだ、と言わんばかりに俺を睨みつけてきた。俺は呆れながらタルトを口に運ぶ。

 死者蘇生とゼロからの人体生成は、昔から科学傾倒者と魔術傾倒者の間で競われてきたことだ。それが途中から出てきた与太話とくっついて、今の改修屋の話になったのだろう。

「らしい、に、だろう、で全部推測の域をでてないな。まさしく噂話、ってところか」

「ワシは改修屋だ。材料(言葉)さえ集まれば、物語だって直してみせるぜ?」

「それで与太話聞かされるこっちは、たまったもんじゃない」

 肩をすくめながら、俺は改修屋が言っていた左腕の仕掛けについて、内容を確認しようとした。

「ところで小僧」

「……お前、俺の邪魔をする天才だな。その才能をもっと別の方面に向けろ。無理なら当分黙っててくれないか?」

「お前、前は運搬屋(ゲートウェイ)としても働いてたみてぇじゃねぇか。どうして今は運搬屋(ルータ)なんだ?」

「……お前も、一度食われてみればわかる」

「何に?」

「鯨タイプの魔術生体にだよ」

 国を行き来する以上、国同士にもBMIネットワークは引かれている。そうしなければ、科学傾倒者の行動が著しく制限されてしまうからだ。

 だが、有線のネットワークを国同士で引こうとすると、どうしても海底を通らなくてはならなくなる。しかし、それを海底の魔術生体が放っておくわけがない。

 後は陸よりも海のほうが面積的に大きく、魔術生体の数と大きさが桁違いだということを考慮してもらえれば、ゲートウェイの仕事が死ぬほど死ねるということはわかってもらえるだろう。

 海路を移動するだけでも命がけなのだ。当分、俺は海には出たくはない。

「鯨の魔術生体に飲み込まれたと思ったら、その中に豹タイプの科学生体がいた時は、流石に死を覚悟したよ」

「……よく生き残ったな、お前」

「運が良かったんだろ」

 苦笑いをして、俺はある一点に視線を向ける。そこにあったのは、水面で林檎が漂っているアイコン。

 俺にしか見えないそれは、イケブクロ・シティで不運にも発生した、起動も削除も出来ないアプリだった。

 陽炎のように浮かぶそれのアクセス権は俺ではないオーナー(root)にグループは全く知らないグループ(adam)が設定されている。そして何故だかアザーに読み込み権限がある、MADAという名前のアプリ。多重アクセス不連続アドレス(multiple-access discrete address)の略だとすれば、ちぐはぐでバラバラな自分を皮肉っているようで、ある意味俺に似合いの名前だ。

 MADAにとってアザーである俺にも読み込み権限があるため触れてみると、

『アナタは、人間ですか?』

 というメッセージが出力され、そこで処理が止まる。疑問形で聞き返しているにもかかわらず、何も選択出来ない。本当に文字だけ読んで終了、しないのだ、これは。

 しばらくするとメッセージは消えるが、このメッセージを出力した林檎のアイコンは消えてくれない。消す方法も探しているのだが、未だに手がかりすらつかめていなかった。

 俺はアイコンから強引に意識を引き離し、気分転換をするためにジャケットの内ポケットから一枚の紙を取り出した。怪訝そうな顔をした改修屋が、それを覗きこんでくる。が、一瞬にして噛み潰した苦虫の汁を飲んでしまったかのような表情になった。

「おい、これ、イブって書いてあるぞ?」

「そうだ。イブの似顔絵だ」

「正気かっ!」

 全く、どいつもこいつも。俺の描いた似顔絵に、文句を付け過ぎだ。

「イブとは身の安全を保証出来る場所まで運搬する契約を結んだからな」

「……お前、あの子からも金を取る気なのか?」

「当然だ。あいつがここで暮らすことを決め、身の安全が保証できれば、俺の『仕事』は完了する」

「ここに留まってるのは、そういう理由かよ!」

「あいつもどうやら、俺に隠れて食い扶持を見つけたそうじゃないか。これは多少の『色』を期待してもいいかもな」

「この守銭奴めっ!」

 俺の言葉を聞き、改修屋が激高する。その彼に、俺は平然と答えた。

「そうさ。だからまた稼ぎに行く」

 守銭奴じゃない運搬屋なんていない。俺も生きるために金がいるのだ。

 特に理由がない限り、たまたま助けた少女にいつまでも関わっていられるほど、俺自身に余裕もない。

 立ち上がった俺の背中に、改修屋の罵声がぶつけられる。

「待て、何処に行く気だ!」

「タルト、美味しかったよ。次はレモン汁をもう少し抑えてくれると、なお俺好みだ」

 黙り込んだ改修屋と空けた皿を残して、俺は店の扉をくぐった。

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