第二章 グロッケンの記憶

 俺は無線で二発のCB弾を操作しながら、俺は更にもう二発の絶縁体弾を放った。四発とも竜の口に飲み込まれるが、CB弾は紅雷を一瞬だけ散らし、組んでいた悪意がBMIネットワークを駆け抜ける前に消滅させられてしまう。これは元々竜の出力が桁違いなので仕方がない。そのフォローをするために、絶縁体弾を二発撃ったのだ。

 しかし、この絶縁体弾も竜の口の中で無力化されていた。絶縁体は普通、電流は流れない。だが、無理に電流を流そうとすることは出来る。

 絶縁耐力を超える電圧などがかけられると、絶縁体は絶縁状態を維持できず、絶縁破壊を起こす。

 絶縁破壊した絶縁体弾はそれそのものが強烈な炸裂弾となり、竜の口の中を傷付ける。だが、それもすぐに治癒されてしまう。

 科学生体が作ったBMIネットワークを絶縁体弾で分断し、こちらのCB弾でケリをつけるという俺の作戦が完全に読まれている。打つ手が見当たらない。

「グロッケンさんっ!」

「馬鹿、逃げろって言っただろうがっ!」

「でも、まだ大丈夫です! ほらっ、見てください!」

 ナナイの指さした方に視線を向けると、竜は俺には見向きもせず、俺がナナシを見つけた場所をウロウロしていた。

「何を、やっているんだ?」

「きっと、お腹が空いているんだと思います」

「何? 腹が減ってる? あの竜がか?」

 ナナシの言葉に、俺は胡乱げな視線を返す。だがナナシは、俺の視線を真正面から受け止め、首を横に振った。

「いいえ、違います。あの竜に寄生している、科学生体が、お腹を空かせているんだと思います」

 その言葉に俺はある可能性に気が付き、眉をひそめた。

「……いつ、気づいた?」

「さっき、私はグロッケンさんに助けてもらう前に、一度死にかけました。」

「だが、お前は生きている」

「はい。だからその答えは、自分以外に存在しません。竜は私ではなく、先に『定期便』の馬を狙いました。私は機械ではありませんが、今竜がいる場所には、一体の体現者がいます。つまり、竜は科学生体の餌となる機械を優先して襲っているんです」

「……なるほど」

 竜が狙ったのは、体現者と機械仕掛の馬だった。『定期便』に乗っていた魔術傾倒者は、ついでで竜に殺されたのだ。

 となると、次に竜が狙うのは――

「当然、俺になるわけだな」

 言うのと同時に、巨大な二つの黒檀色をした龍の瞳が、俺に向けられた。

「大丈夫、なんですか?」

「何とかする。だから、何があってもこの手をつかめ。わかったな」

 返答も待たず、俺はナナシに自分の左手を押し付けた。

 何とかすると言ったものの、前のように街に逃げこむには距離が離れすぎているし、弾もCB弾が三発に絶縁体弾が残り一発と、分が悪すぎる。

 超超至近距離で竜のBMIネットワークを乗っ取るか、竜の魔術を暴発させるしか勝つ方法がない。

「いいか? 絶対につかめよ! 放すと落としちまうからな!」

 再度伝え、俺はナナシを左手で担ぐと、竜に背を向け全速力で走り始めた。

「……グロッケンさんの、言う通りでした」

「何がだ?」

「人間よりも、魔術生体と科学生体の方がよほど仲がいいって。今だって科学生体のために、魔術生体が頑張ってる」

 ナナシが悔しそうに、口を歪めた。俺たちと少し離れていた間に、何かあったらしい。だがその、間違いはここで訂正しておくべきだろう。

「ナナシ。科学生体のために、魔術生体が行動しているわけじゃないぞ」

「え? でも、魔術生体が科学生体をのために、体現者や機械仕掛の馬を狙っていますよ? 今も、グロッケンさんを狙ってる」

 ナナシのその言葉に俺は頷き、否定した。

「科学生体が魔術生体に動力源を供給されていることから、その依存関係は魔術生体の方が上だと思われがちだ。だが、あの竜ほど体が大きければ、ある一定条件でそれが覆ることになる」

 それは、自重を支えるために必要となるBMIの不足。

「いかに科学生体がよそからBMIを取り込んだとしても、流石にその量は限度がある。寄生した魔術生体の体が科学生体が持つBMIで維持できる大きさならいいが、恐らく前の俺との戦闘で、あの竜は自分を維持できないほどのBMIを細胞の再生に使ったんだろう」

 魔術生体に動力源を依存している科学生体は、寄生している魔術生体から離れることが出来ない。

「だが、自重を支えれるという思い込みを全身に伝えるBMIは必要不可欠だ。なければ死ぬ。魔術生体も、寄生している科学生体もな」

 そして生きるために、魔術生体の生きたいという電気信号(意志)がBMI経由で体内を駆け巡る。

「その結果、生物としての優先順位(プライオリティ)が魔術生体(宿主)からBMIの収集機能を持つ科学生体(寄生体)に変更される」

 それはさしずめ、科学生体から魔術生体への脳のハッキング(ヤドリギ)。無論、乗っ取った後その優先順位が変わることはない。

 それを肯定するかのように、竜が咆哮する。竜の口の中には、新たに竜の主となった科学生体たちが互いに体をぶつけあい、歓喜の金切り音を奏でていた。竜の体は、もはや科学生体の操り人形に過ぎない。

「そして主導権を握った科学生体(お前)が次に取る行動は、一つだけ。自分の動力源(魔術生体)を維持するための、BMI収集だっ!」

 竜が尾を振り、俺は既の所でそれを回避。俺の体や体現者はBMIがふんだんに使われている。竜が積極的に魔術を使ってこないのも、BMIを回収するのに専念しているからだろう。

 肩に担いだナナシの顔は、俺の語った凄絶な下克上の事実に蒼白になっている。揺れるその瞳が、ナナシが何を懸念しているかを如実に教えてくれる。

「これが、お前の望む関係か?」

「え?」

「お前とポンコツは、こういう関係になりたいのか?」

 虚ろだったナナシの瞳に、一条の光が差した。

「いいえ、なりません! 魔術だろうが科学だろうが生身だろうが体現者だろうが記憶喪失だろうがAIだろうが、私たちは一緒に――」

 ナナシの声が、途中で消えた。

 違う。俺の聴覚機能が、一瞬停止(ダウン)したのだ。

 痛覚機能が設定した限界値を電子信号として送ってくるが、それを遮断するより現状の確認のほうが先だ!

 システムチェックをかけた瞬間、左腕の消失(ロスト)を確認。体を動かす際潤滑液として使っているBMIが鮮血のようにほとばしる。まずい、このままでは活動停止に追い込まれる!

 左腕の痛覚を全て抑止し、左腕消失に伴う平衡感覚の微調整。右手で申し訳程度に流れ出すBMIを押さえながら、俺は状況を確認していく。

 まず見つけたのは、大地に突き立つ巨大な白い槍。いや、大きさ的には盾と呼んでもいいそれは、間違いなくあの竜の歯だろう。BMIで何度でも再生できるという科学生体の冷徹な判断により、奴は魔術生体の体の一部を引きちぎり、弾丸として放ってきたのだ。

 舌打ちをしながら、俺は地面に突き立った竜の歯に背を預ける。チェックの結果、体を最低限修復しなければまともに動くことが出来ないことがわかった。

 修復を続けながらも、左手で担いでいたナナシの安否が気にかかる。

 はやる気持ちを押さえながら、俺はこうも考えていた。

 あいつが俺の言う通りにすれば、あるいは――

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