第1話

~転入前日~


早朝、俺はいつも通りに道場で稽古に励んでいた。

朝早くの稽古場は武器のぶつかり合う音と俺の声…、それと俺の育ての親「秋峰 杏子キョウコ」の声が響いている。


杏子さんは紅葉島あかばとうにある宿屋の女将をしている文武両道で才色兼備、つまり非の打ち所の無い人だ。そんな杏子さんは、昔の赤ん坊の俺を引き取って育ててくれた。

いや、どちらかというと俺の親に無理やり託されたらしい。

そこら辺のことは詳しく話してくれないけど、あまり聞かない方が良いんだと思ってる。

ちなみに年齢不詳で、聞いたときと殺されかけたのはいい思い出。


「よそ見してて良いのかい?」


鋭い薙ぎを胴にかまされる。とっさに木刀で凌ぐが力負けして横に弾き飛ばされる。

体勢を崩されるが直ぐに体勢を戻し武器を構えなおす。


「今ので追撃しなかったのは甘くない?」

「よそ見で一本とったら可哀相だと思ったからねぇ」

「嘘だ、絶対いたぶって楽しんでるだろ…」

「あらあら?ばれちゃったかい?」


最低だ…まぁ分かってたんだけどよ、こっからどうするかな。

とりあえず防御に徹して、隙を見て反撃する作戦でいくか。とはいえ杏子さんが攻撃してこないと意味無いんだよな。………挑発するか。


「どうしたんですか、いたぶるんじゃなかったんですか?」

「ん~、挑発のつもりかい?」


やっべ…やっぱり読まれてるか。しょうがない…これだけは嫌だったんだけどな…


「そんなわけ無いでしょう、もしかして耳遠くなっちゃいました?」


「プチ…」と何かが切れる音が聞こえる。

あ…なんか聞こえた、やっぱりこれは二重の意味で効くな。

どす黒いオーラがゆらゆらと揺れている。


「陽…?死にたいというのなら死にたいと、そうはっきり言ってもいいのよ…?」

「いやいや、別に死ぬ気とかないから」

「あらそう…でもここであなたは死にますけどねぇ…!」


刹那、俺の目の前に杏子さんの姿が現れ、木刀を上段から振り下ろしてくる。それを俺は木刀で必死に受けとめる。杏子さんは何度も何度も鋭く打ち続けてくる、そこに隙なんか見えない。

まずい、こりゃ反撃する暇もなさそうだな…。なら隙を作るしかない、考えてる時間はない、刻々と威力は増して木刀ごとブったかれそうだし。

次に武器同士がぶつかりあう瞬間、こちらの木刀を力を込めて思い切りよく振り、杏子さんの木刀を弾き飛ばす。手ごたえがを感じ、弾き飛ばしたと思った…がびくともしていない。


「まじで…?」

「甘かったねぇ…」


油断した瞬間に自分の武器を弾かれ、吹き飛ばされる。

木刀を首筋に当てられる。


「これであんたの負けだね」

「……まだ負けてない」

「なんだって……?」

「まだ一本入れられた訳じゃない!」

「そうかい……」


杏子さんが大きく上に木刀を振りかぶり、鋭く兜割りをかます。

常人には見切れないであろう、このチャンスを待ってたぜ。木刀を寸でのところで白刃取りする。

杏子さんが驚いてる間に木刀を奪い落とし、手刀で杏子さんの頭を叩く。


「俺の勝ちだね」


杏子さんは黙ったまま動かない。


「杏子さん?」

「私の負け…。ふふ……まったくここまでやれるようになったなんて…強くなったねぇ……」

「ま、挑発しなきゃ勝てなかったけどね。」

「それも立派な戦術よ」


そういう杏子さんの身体は心なしか震えている気がした。


「杏子さん、どうしたの?」

「別にどうもしないけど」

「いや、気のせいなら……」


突如道場の扉が開く。


「感動的な雰囲気の最中に失礼しますね~」


そこに現れたのはフリルだらけの黒い服を着た女。背丈は130あるかないかくらいに見える……子供か?


「なにか失礼な事を考えてませんか~?」

「いや?」

「そうですか~、まぁいいですけど~」


そう言うと少女はポーチの中から一枚の紙を取り出し広げる。

そして咳払いをし、広げた紙を見つめる。


「えー、秋峰陽どの、此度は13歳となった貴殿を我が学園との約束により、入学して頂くことを報告いたします。手紙での報告になってしまいましたが、それは私が多忙の身のため、この事を直接お伝えすることができないためです。その為に使者を向かわせる無礼、並びに直接お伝えすることが出来ないことを深くお詫びいたします」


読み終えるとそそくさとこちらへ歩み寄り、手紙をこちら渡す。


「以上。と言う訳であなたは今から私に付いてきて下さいね~?」


俺は手紙を受け取り見つめる。


「…杏子さんはこれを理由に負けた…?」

「それは違う……!」

「そう…どっちでもいいけど」

「陽……」


そうどっちでもいい、どうでもいい、そんなもの。


「そうですよ~、どちらでも構いませんよね~?だから早く行きましょうよ~、こんな面倒くさい任務終わらせたいんですよ~」

「黙れよ…誰が付いてくって言ったよ、チビ」

「今なんて言いました~?」

「遠まわしに付いていかねぇって言ったんだよ。こんなわけのわかんない手紙でほいほい付いていく奴が居るかっての」


そう言って俺は手紙を握り潰して、捨てる。


「まぁそれはそうですけど~、約束は約束ですので~。無理矢理連れていきますよ~?」

「はっ、やれるもんならやってみな、ガキ」

「ガキ……。ふふ…ふふふ……どうやら死にたいみたいですね~?」


お互いに武器を構えて


「二人とも待ちなさい」

「誰だ!?」


声が聞こえたので探す、道場の入り口にもう一人の来訪者が居る。


「失礼、申し遅れましたね。私の名は……」

「アインハルト様~!」


先程の少女がアインハルトと呼ばれた男に抱きつく。


「こら、ナターシャ。名乗ろうとしていたところを邪魔しないでください」

「だって~、こんなに待たせるアインハルト様が悪いんですよ~?」

「それに関しては言い訳が出来ませんね。申し訳ありません」


なんかいきなりイチャコラし始めたな、間に入りづらいけど話が進まないからな。


「あのよ~、あんたがアインハルトで、ちっこいのがナターシャなんだな」


先ほど戦いそうになったおっとりしているが血の気が多そうな少女がナターシャ、そしてそれを静止したでかくて黒いコートを身に纏い、毅然とした口調なのがアインハルトらしい。


「はい、その通りです。申し訳ありません」

「いや、謝らなくていいって、あんたは悪くないし」

「そうですよ~。あんなやつに謝る必要なんてありませんよ~」


いや、お前は謝れ。今すぐ謝れ。いろんな意味で謝れ。


「ナターシャは少し黙ってなさい。」

「…はぁ~い」


拗ねて道場入り口の隅っこに座り込む。


「さて…本題に戻りましょうか。」

「本題ってーと、俺があんたらの学園に行く行かねーって話か?」

「そうですね」

「なら残念だけど、行かないって決めたんでな」

「その意思は変わりませんか?」

「変わるわけねぇだろ」

「では我が学園に貴方の母上と父上の生死や、居場所の手掛かりがあるとしてもですか?」

「…はっ、今度は嘘で連れてこうってか。」

「嘘ではありませんよ。なぜなら…」

「その話はやめて!」


突然、杏子さんが叫ぶ。


「その話はしないと約束をしているはずでしょう!」

「はて、何の事でしょうか?私には解りかねますね」

「貴方は学園の使者なんでしょ!なら学園長から説明されてるはずです!」

「……学園長から説明はされていますよ。ですが話さないことはあなたと学園長の約束、私に守る理由はありません」

「なっ…!それが学園長の使者としての態度なんですか!?」

「私、最低限は弁えてはいるんですがね」

「貴方は…!」

「あーもう!うるせぇーての!」


陽が大声で口論を止める。


「貴方の方がうるさいですよ~…」

「いちいち言わなくても、そんなの分かってるわ。そんなことよりアインハルトさん」

「はい、なんでしょうか。」

「あんたも杏子さんも勝手に人の事でもめてんじゃねぇよ。」


するとアインハルトは頭を下げて


「申し訳ありませんでした」

「私は……」

「謝罪とか言い訳とかしなくていいよ。ただ俺は…………。

俺は俺の意思で行くかどうか決める。だから二人で勝手に口論するのはやめてくれ」


場が静まりかえる。


「さてと…アインハルトさん、さっきの話をしてくれないか」

「はい、畏まりました。先ほど私は秋峰様のご両親の手掛かりがあると言いましたね」

「あぁ、そう言ってたな。理由があるんだよな」

「はい、理由は秋峰様のご両親が我が学園の卒業生で、教師だからですよ」

「はぁ?」


なにこの急展開、予想してたよりずっとすごいこと言ってるよ。


「もしかして、あんたらの学園には居ないってオチだろ?」

「察しがいいですね」

「なんとなくだけど、分かるよ」

「秋峰様の言う通り、今はご両親はいません」

「何で、その理由は?」

「極秘任務でいなくなったとしか伝えられていません」

「つまり、それを調べるにはあんたらの学園に行くしかない…と」

「はい、その通りです」

「なるほどね、よくわかったよ」

「では学園に来て頂けますか?」

「うーん、もうちょっと待ってくれないか。」

「…なにかご不満でもありましたか?」

「いや、不満とかはないけど、杏子さんと話をさせてほしいんだ。」

「……そうですね。積もる話もあるでしょう。私たちは外に出ていますのでごゆるりと」


そう言うとアインハルトはナターシャに声をかけ、2人で外に出ていく。

道場に杏子さんと2人きりになった。いつも静かな道場が、今は普段よりも静かな気がする。


「さてと、杏子さん」

「……なにかしら」

「何で黙ってたのか聞かせてほしいんだけど……話せるかな」

「それは……」


話しにくそうに俯いてしまう。


「まぁなんとなくは分かってるんだけどさ」

「えっ?」

「まず一つ、俺に知られたら色んな意味でまずいと思った、例えば俺が出て行ってしまうとか」

「そ、それは」

「二つ目、多分こっちの要因が一番大きいと思うけど……出ていって欲しくなかったんでしょ?」

「っ……!」


図星だったらしく、顔を真っ赤に染める。


「やっぱりね」

「な……なんでわかったの?」

「多分無意識だったんだろうけど。最近、自分が過保護気味なの分からなかったでしょ?」


自分のなかで思い当たる節がいくつか見つかったのだろう。ま、今さらだけど。


「杏子さんってさ、結構ドジなほうだよね」

「うるさい!」


殴りかかってくるが俺はそれを余裕で避ける。


「今の杏子さんになら負けないなー」

「くぅ…!子供の癖に生意気よ!」

「失礼な、もう子供じゃないよ」

「じゃあ子供じゃないところを見せてみなさいよ!」

「うーん……そうだな~。じゃあ俺、あいつらの言う学園に行ってくるよ」


「えっ……」


「自分の生きる道は自分で決める。それって子供じゃないでしょ?」

「…でも、その選択はさっきの人達があなたの親の話をしていたからじゃないの……?」

「それは違うよ」

「じゃあ別に行かなくても良いじゃないの…」

「いや、それじゃダメなんだ」

「なんで…なの」

「今回、杏子さんに勝てたのは偶然だと思うんだ。だから真っ向から勝つには島にいるだけじゃダメだと思うんだ」

「陽……」

「きっと島の外には杏子さんと同じくらい……いや杏子さんよりも強いやつが居ると思うんだ。だからそいつらと戦って強くなってこの島に帰ってくる。それが出来たら一人前だよね」

「……そう」


時間が止まったかのようにお互いに静かになる。

先に口を開いたのは…杏子さんだった。


「いつも子供だと思ってたけど、もう違うのね」

「そりゃ杏子さん達に鍛えられたからね」

「ふふっ、そうだったね。あんたがそう決めたのならさっさと行きなさい」


そう言うと杏子さんはまた俯いてしまった。


「杏子さん……」


俺は心配になって杏子さんの肩に手を伸ばすが、俺の手は弾かれた。


「心配なんかするんじゃないよ、あんたらしくない。それにあたしはあんたが思うほど弱くないんだ。だから余計な心配しないでさっさと行きな!」

「……わかった。行ってくるよ。」


俺はそれ以上はなにも言わずに道場を出ていった。それ以上杏子さんに言うことが今の俺には出来るきがしない。そのまま道場から出て少し歩いた所に二人は立っていた。


「……答えは決まりましたか?」

「あぁ、連れていってくれるか」

「そう言って下さると思っていました。では行きましょうか」


そして俺は先導する二人にと共に、俺は学園を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る