第六章 4 照準器の中の光

 スピリチュアルの騎馬兵と黒鷲団の先端は、ほとんど一本の列となって草原を駆けていた。


 ついにロッシュは先頭を走る丸刈りの男に追いついた。

 長い腕で叩きつけてくる剣は重く、ロッシュはかろうじて受け流すのがやっとだ。

 二合、三合と打ち合ったが、なかなか決着がつかない。


 そのとき、横あいから追いすがってきたエルンファードが、いきなり鞍の上に立ち上がった。

 フィジカルには、まねどころか想像すらできないことだ。

 丸刈りのすぐ後ろを守るように走っていた盗賊の馬に跳び移り、その男を蹴落とすと、馬の背をさらに踏み台にして、丸刈りの馬にむかって高々と跳躍した。


「ダブリード、後ろだ!」

 後方で叫ぶ味方の声でふり返ったダブリードは、しかし一瞬、真上のエルンファードの姿をとらえられなかった。

 気がついたときには鞍の後ろに乗られ、背中から両腕をはがいじめにされていた。


「くそっ。放しやがれっ!」

 ダブリードは逃れようと必死にもがく。

 エルンファードは歯をくいしばってその剛力に抵抗した。

「先に行け、ロッシュ!」

 エルンファードが叫んだ。

 二人は馬上でもみ合ってバランスを失い、ひと塊となってドウッと馬から落ちていった。

 落馬したダブリードを救おうと、盗賊たちがつぎつぎにその場に集まってくる。

 すると、彼らと戦っていたスピリチュアル兵たちも、エルンファードに加勢するためにいっせいにその輪の中に飛びこんでいった。


 後方で起こった乱戦のために、ロッシュの周りには今や敵も味方も一騎もいなくなり、ゴドフロアたちが見えるだけになった。

 はるか前を行く四騎のむこうには、北方山脈の灰色の山肌が屏風のように立ちはだかっている。

 そのあたりには木立も岩場もなく、一見、逃げ道や隠れられるような場所はなさそうに見えた。

 ゴドフロアたちは、野盗の群れに追われたために、逃げ切れるあてもなく、ただ無我夢中で馬を走らせてきたということなのか。


 いや、ちがう。

 あそこに見えるのは何だ?


 彼らが一直線に向かっている前方に、ロッシュの眼を引きつけたものがあった。

 ちょうど草原が切れるあたりに、岩を積んでつくったらしい小さな塚が前後に二つ並んでおり、そこに立てられた数本の丸太にロープが渡されているのが見える。

(そうか、あれは橋だ――)

 急ごしらえのものか、さもなければ人がひとりで組み上げたような粗末なものにすぎなかったが、それはあきらかに吊り橋だった。

 となれば、その下にはそう簡単には越えられない亀裂か谷川が走っているにちがいなかった。


 ロッシュには、ゴドフロアたちの意図がようやくわかった。

 あの橋を先に渡って破壊してしまえば、追跡してくる者をこちら側に置き去りにすることができるのだ。

 後方の両軍は乱戦に突入している。

 ラムドが残りの兵士を飛空艦から降下させて戦いに投じれば、まもなく形勢はこちらの有利に傾くにちがいない。

 だが、そちらの戦いが決着するころには、カナリエルはゴドフロアたちとともに橋を渡ってしまっていることだろう。


(どうする……)

 ロッシュは唇を噛んだ。

 吊り橋の直前でどうにか追いつくことができたとしても、ゴドフロアや長髪の若い男の抵抗にあうのは目に見えている。

 カナリエルと、そしてもう一人はたぶん羊飼いで、先頭を走っているところをみれば、彼らが道案内を頼んだ相手だろうが、その二人はロッシュが足止めを食っている間に橋のむこうへ逃げてしまう。


 しかたない――

 ロッシュはレイピアを収め、代わりに鞍につけた銃を抜いた。

 銃は精度に差があり、それぞれのくせもある。

 武器としては、ロッシュは信用をおいていなかった。

 しかもかなり距離があるうえに、馬上からではねらいもつけにくい。

 だが、こうなってはほかに方法はなかった。

 どれか一頭の馬に当たれば、いくらかでも彼らの足を遅らせることはできるだろう。


 馬を止め、銃を構えた。

 照準器をのぞくと、四騎の様子が拡大されて手に取るように見える。

 先頭を行く道案内が、驚いたことにどうやら女らしいこともわかった。

 ゴドフロアの馬をねらってロッシュが引き金を引きしぼろうとした瞬間、それは起こった。


 ゴドフロアが背負うカプセルから、いきなり赤い光が発したのだ。

 それは巻かれた黒い布を突き抜け、ロッシュに警告を発するかのように眼を射た。

 ロッシュはむっと顔をしかめて照準器から眼を離したが、遠くからでもその光の点滅ははっきりと視認できた。


(何だ――?)

 もう一度照準器をのぞきこんだ。ぐずぐずしていては彼らとの距離が離れていってしまうばかりだ。

 引き金に指をかけた。


 彼らの間でもその光が発したという事態は予想外の出来事だったらしく、ひたすら吊り橋をめざしていた隊列に乱れが生じていた。

 しかし、ゴドフロアだけはそのまままっすぐ駆けつづけている。

 背中の光に気がつかないのか、それとも、橋まで走りきるのが先決だと考えているのかもしれない。

 いずれにせよ、やはり、ゴドフロアの馬をねらうのがもっとも効果的に思われた。

 こんどこそ、とねらいを定め、ロッシュは必殺の気をこめて引き金を引いた。


 が、それと同時に、照準器の真ん中に跳びこんできた馬がいた。


 なんと、髪を振り乱したカナリエルだった――。

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