第六章 3 凶弾の射手
ロッシュの騎馬隊を吐き出してしまうと、飛空艦はゆっくりと上昇に移った。
「撃ち方、やめ! もう撃つな。味方に当たってしまう恐れがある」
銃眼に張りついている兵士たちにむかって命令すると、ラムドは自分も銃を引いた。
(くそっ。おれも、騎馬隊に志願すればよかった……)
唇をかんだが、もう手遅れだった。
「おぬしには、歩兵隊の指揮をまかせたい」
出発前にロッシュからそう言われて、つい「はい」と答えた。
〝指揮〟という言葉につられてしまったのだ。
盗賊どもをばったばったと斬りくずしていくロッシュとエルンファードを銃眼から見ていると、どうしても後悔の念をおぼえてしまう。
ロッシュが感心していたように、巨艦をあやつる艦長の腕は確かだった。
ラムドたちが戦場に向ける視線が一瞬も途切れないように、飛空艦の位置を絶妙に調節しながらなめらかに旋回した。
追跡隊と夜盗の騎馬はしだいに入り混じりつつあり、もうねらい撃ちは不可能だ。
先頭付近の馬の足元に集中砲火をあびせ、足並みを乱れさせるしかない。
そうやって白兵戦に持ちこめれば、いよいよラムドたちの出番が来るのだ。
「おい、どうした」
ラムドは、銃眼の前にいる兵士の一人に声をかけた。
兵士は銃をかまえるためのひざ立ちの姿勢をとれず、ゴンドラの床にぺったり座りこんでいる。
「船酔いか? 面頬をはずして横になってもいいぞ」
ラムドが近づいていって肩に手をかけると、兵士はまるで忌まわしいものをさけるようにその手を振りはらった。
「あ……いや、なんともありません……だいじょうぶ……です」
苦しげな声で言い、ラムドに背を向けてふたたび射撃の体勢をとった。
面頬のせいか、くぐもって聞き取りにくかったが、ラムドにはどこか聞き憶えのある声に思えた。
ラムドが離れていくのを背中に感じながら、兵士は大きく息を吐いた。
面頬の中には、包帯でぐるぐる巻きにした異様な顔が隠されていた。
傷口をロッシュに殴られてふたたび出血し、鎮痛剤をさらに多量にのんだために、頭は朦朧としている。
ファロンには、自分の不安定さが、身体の揺れのせいなのか、飛空艦の揺れのせいなのかもはっきりわからなかった。
ロッシュが率いる騎馬隊が飛空艦から出撃していく直前、面頰で顔を隠したファロンのところに別の一人がそっと近づいてきた。
その兵士は、マザー・ミランディアの弑逆を教唆した張本人であり、ファロンを軍装させて、ひそかにこの飛空艦強奪作戦にまぎれこませた人物でもあった。
「おれは馬で出撃する。おまえは狙撃のまねごとをして、適当に時間を稼いでいろ。そのうち歩兵隊も降下することになる。地上に着いたら、だれにも見つからないようにして逃げるのだ。くれぐれもブランカに舞いもどろうなどと思うなよ」
面頰ごしにささやくと、ファロンの手にわずかばかりの糧食とフィジカルの金が入った革袋を握らせた。
ファロンは小さくうなずいたものの、〝適当に時間を稼ぐ〟つもりなどまったくなかった。
ブランカから逃亡せざるをえなくなったそもそもの原因をつくった寮母の殺害には失敗したが、ファロンの憎しみをかきたてる相手はまだいる。
そいつらが今、射程距離内にすべてそろっているのだ。
そいつらを一人でも倒さないかぎり、逃げる意味などない。
(やってやる……やってみせる)
意識の中のつぶやきさえうわ言のようだった。
もはや、保身とか、怨恨とかいう明確なものではない。
自分というものの奥底から発する、とぐろを巻くような黒い執念が、かろうじてファロンの意識を保ち、身体をささえていた。
飛空艦はいったん速度を上げて上昇すると、こんどはゆっくり回頭して、ロッシュの指示どおり、逃げるカナリエルたちと追跡する者たちを結ぶ直線に交差する形で浮かんだ。
眼下の草原では、剣と剣が打ち合う金属音が交錯し、必殺の気合いをこめた叫びや断末魔のうめき声までが聞こえてくる。
飛空艦の狙撃手たちは戦場側の銃眼に張りつき、盗賊たちを足止めしようと猛然と撃ちまくりだした。
だが、ファロンの視線は反対側に向けられていた。
四頭の馬が走っていく。
照準器の中に獲物たちをはっきりとらえた。
自分を馬鹿にした生意気なカナリエルが、そして奴隷の分際でせせら笑うように楽々と自分を倒したゴドフロアが、必死になって逃げていく。
その視界に、なんと、華々しく出世して自分を見下したロッシュの姿までが入ってきた。
ファロンは舌なめずりしながら、よりどりみどりの標的を、どれを最初に血祭りに上げてやろうかとぜいたくに迷った。
射撃にかけては、ファロンは何よりも自信があった。
そのとき、聞き慣れた部下のラムドの声が響きわたった。
「艦長閣下、馬列の後方は速度が落ちて乱戦になってきました。われわれも降下します――」
とたんに、がくんとゴンドラが揺れた。
生身で地上に飛び降りる歩兵のために、飛空艦の速度を落としたのだ。
標的がみるみる遠ざかっていく。
もはや、チャンスは一度しかなくなった。
ファロンはとぼしい全神経を一点に集中し、そして引き金をしぼった。
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