第四章 6 宿命を背負った者たち

「あっ――」


 革袋からこぼれ落ちたものを見たとたん、ステファンは思わず声を上げていた。

 ダイヤモンドの指輪、真珠の首飾り、金のブレスレット、エメラルド、サファイア……色とりどりにきらめく宝石が、ちょっとした高さの山をつくった。


 その革袋でピンときた。

 見張りに立っていたとき、ステファンはゲオルの奇妙な行動を目撃していた。

 北側の城壁から革袋を手にしてこっそり出てきたのだ。

 背後をふり返ると、ゲオルが「ひいっ」と小さく叫んで両手で頭を抱えこんだ。


「部下がおまえらの荷車の底に隠してあるのを見つけたのさ。おれたちが長年苦労して集めてきた貴重な稼ぎだ。盗っ人のものをかすめ盗るのは、何て言うんだ? そいつは、盗賊よりたちの悪い、極悪人ってことになるんじゃねえのか、おい」

 ラザールは、むぞうさにすくった宝石をまたザラザラと指の間からこぼしながら、ゴドフロアを凶悪な形相でにらみつけた。

「身に憶えのないことだな。だいたい、もともと盗んだものなら、それを横取りされたからといって、おまえらが文句を言える筋合いのものではあるまい」

 ゴドフロアは、まったく動じる気配を見せなかった。


「ところが、こっちには、怒り狂うだけのちゃんとした理由があるのさ」

 謎めいた薄笑いを浮かべながら、ラザールはやわらかいクッションにふんぞり返った。

「ほう。すると、おまえたちは金持ちから盗んだものをいっさい自分のものにせず、みんな貧乏人にくれてやる義賊だとでもいうのか? それにしては、金めのものをしこたまためこんでいるようじゃないか」

 ゴドフロアがあざ笑うように言い返すのを、ステファンは、はらはらしながら見守っていた。

 それはたぶんゴドフロアなりの計略で、ラザールたちを挑発して脱出するきっかけをつくるつもりなのかもしれないが、へたをするとかえってとり返しのつかない事態を引き起こしてしまいそうだった。


「それとも、もしかするとこういうことか? おまえたちはこのケルベルク城の生き残りの子孫で、失われた城や領土をいつの日か取りもどすために、盗賊や傭兵稼業をやってせっせと軍資金をためこんでいるんだ、とか」

「何だと?」

 首領の顔色が一変し、手にした盃が床に落ちて割れた。

 ダブリードや手下どもも、まるで一陣の突風に襲われたかのように、いっせいに息をのんだ。


「どうやら図星だったようだな。なあに、わかりやすい理屈さ。おまえたちはこの城の内部にやたらにくわしすぎる。しかし、根城にしていたにしては生活の匂いもさほどない。つまり、財宝の隠し場所にだけしてきたってことだろう。しかも、ゲオルたちが何年も上の地下室を使っているというのに、大事な財宝をほかに移そうという気はまるでなかったようだ。むしろ、彼らに見つからないよう、注意深く自分たちの痕跡を消していた。そうまでしてこの荒れ果てた城跡にこだわるのは、ケルベルク城にゆかりのある者どもにきまっているさ」

「よく……わかったな」

 ラザールは、ゴドフロアをにらみつけ、しぼり出すような声で言った。

「まだある。おまえのラザールという名は、レザリ伯爵の言い換えだろう。黒鷲団の首領がその名前を代々大事そうに受けついできたというのが、何よりの証拠だ」


「さすがはゴドフロアだ。ただの傭兵ではないな」

 ラザールの酒っ気は吹っ飛び、顔はむしろ青ざめて見えた。

「そこまでわかっているなら、真実を教えてやろう。……おれたち黒鷲団は、いかにもケルベルク城の子孫だ。城がスピリチュアルの攻撃を受けたとき、レザリ伯爵の末息子だったおれの先祖は、北方山脈のふもとにほど近い砦で見張りの任務についていた。まるで夜空から星が落ちてきたかのように、ひと筋の光がケルベルク城めがけてのびていったそうだ。数十キロ離れた砦からでも、雷がいっぺんに一〇も落ちたようなものすごい音が聞こえ、城塞全体が一瞬にして火の玉に包まれるのが見えたという」


(伝説と同じだ!)

 ステファンは、呆然としてラザールが語るのを聞いていた。

「夜を徹して城に駆けつけたが、明け方の光の中に見えたのは、粉々に撃ち砕かれ、黒こげになったがれきの山だけだった。人っ子一人、馬一頭、羊一匹として生き残ったものはいなかったそうだ」

 気がつくと、まわりの手下たちもみな盃を置き、粛然としたおももちで聴き入っていた。

 その表情は、語っているラザールとどれも奇妙なくらい似ている。

「しかも、城の数キロ四方、見渡すかぎりの草原に敵らしき姿はなく、大軍が踏み荒らした跡すらなかったのだ。どんな天変地異が起こったのだろうと、呆然とするばかりだったらしい。その後、何者かに強力な破壊兵器でつぎつぎ侵攻されていったほかの土地の噂を耳にして、ようやくケルベルク城に起こった惨事の理由をさとったというわけだ」


(……そうか、伝説と同じなんじゃない。彼らの言い伝えが、いつのまにか伝説になっていったんだ。その出来事を実際に目撃した者たちの驚きと悲しみは、いったいどれほどのものだったことだろう)

 ステファンは、あらためて盗賊たちを同情のまなざしで眺めわたした。


「スピリチュアルの最初の犠牲者だった、ということだな」

 ゴドフロアの言葉に、ラザールは重々しくうなずいた。

「難をまぬがれたのは、伯爵の末息子と、砦を守っていた十数人の兵士たちだけだった。彼らは、自分たちをこの土地に封じた王に助けを求めようとしたが、その矢先に王家自体もスピリチュアルの侵略にあって滅亡し、やむなくこの土地を離れて放浪する身となった。スピリチュアルへの復讐と、ケルベルク城の再興を誓ってな。そうして黒鷲団と名乗る傭兵軍団となった。スピリチュアルの軍と戦うのが黒鷲団の本意だが、現実にはそういう戦いばかりじゃない。むしろ、小国同士のこぜりあいだとか、自治州と都市国家の間の国境紛争とかに駆り出されるほうが多かったし、戦争が絶えた時期には、やむなく野盗となるしかなかった」


「で、いつのまにか盗賊のほうが本業になっちまったわけか」

 無遠慮にまぜっ返すようなゴドフロアの言い方に、ラザールはむっとしかけたが、怒りを押し殺すように大きなため息をつき、話をつづけた。

「ケルベルク城再興のためには、資金をたくわえていく必要がある。それも、一代や二代でできることじゃない。となれば、志を受けついでいってくれる子孫や、増えていく仲間の家族を養っていく金も稼がなければならない。戦いのときだけ命を張って、あとは酒と女に溺れて暮らしていればいい気楽な傭兵などとはちがうからな」

 ラザールは、ようやくゴドフロアに一矢報いて、ニタリと笑った。


「ふん、いい気なものだ。復讐だ、再興だと身勝手な理屈をこねて、自分たちだけが正しいと信じているんだな。そのご立派な理屈のためには、虫けら同然の他人はいくら犠牲にしてもいいとでも思っているんだろう」

「おれたちは、先祖から背負ってきた重い運命のもとに生まれ、育ち、戦ってきたんだ。それをとやかく言われる筋合いはないぞ」

「重い運命だと? 笑わせるな。その運命とやらのとばっちりを受けて、おまえらみたいなありがたい生まれだの、育ちだのというようなものばかりか、生きる理由さえなく、ただただ今日を生きのびるために必死で戦ってきた傭兵だっているんだ」

 ステファンは、ゴドフロアの声に初めて真剣な響きがこめられたのを感じ、ハッとしてその横顔に注目した。


「どういう意味だ?」

 ゴドフロアの意外な語気に圧されて、ラザールが問い返した。

「もともと天涯孤独だったおれから、養い親も、住む場所も、なんとか生活するすべも、すべてを奪ったのは、小さな村を襲った野盗の群れだった。おれはその一人を殺して防具と武器を奪い、傭兵になったんだ。ある日、戦場で、ガキのおれが振りまわしている剣の刃に刻まれた紋章に眼をとめたやつが言った。『おまえ、黒鷲団だったのか』ってな」


 アッ――

 声を上げたのは、すぐそばで聞いていたカナリエルだった。

 その眼は、改めて恐ろしいものを見つけたようにラザールに向けられている。

「じ、じゃあ、鐘楼守のおじいさんの仇……」


「いや。おれが言いたいのは、そういう仇とか恨みとかを盾にとって、自分たちの所業を正当化しているやつらの卑怯な根性のほうだ。復讐したいなら、どんなやり方でもスピリチュアルと戦えばいい。ほかのフィジカルに迷惑をかけない方法でな」

 ゴドフロアは吐き捨てるように言った。


 ラザールは、しばらく沈黙した後、低い声でぼそりと言った。

「……言いたいことは、それだけか?」

「ああ。黙って殺されるのでは、腹にすえかねるんでな」

「そうか。じゃ、おれたちの結論を言おう。最初は、まあ、女どもをちょっとなぐさみものにするくらいで、よっぽどしつこく抵抗しなければ、おまえたちの命まで取ろうとは思っていなかった。おまえが噂のゴドフロアらしいとわかってからは、おまえが仲間に加わるなら女に手出しするのも控えようか、ともな」

「ふむ」

「だが、おまえたちが、大事な宝石に手をつけていたことがわかった。見逃せばこれっきりで終わるわけはないし、へたに売りさばかれたりしたら出どころを詮索されて、いずれよその者にもこの場所が嗅ぎつけられる。かわいそうだが、一人残らず死んでもらうしかない」


「けっきょく、そういうことか」

「ああ。そうと決まれば、この地下の広間やいろいろ財宝を収めた部屋を見られたところでかまうまいと、盛大に大宴会をやることにしたんだ」

「最初から、おれたちの運命は決まってたってわけだな」

「いや。おまえにいくらケチをつけられようが、おれたちだって志を持つ身の誇りがある。まるきりためらいがなかったわけじゃない。料理はうまかったし、久しぶりに女っ気のある楽しい宴会になった。リュートの腕もみごとだったしな。逃げられる恐れはないし、もうしばらく生かしておいても……と思いかけた、そのときだった」

 ラザールは、いきなりカッと眼を見開き、異様な形相になった。


「おれの頭の中に、何かがひらめいた。ちょうどそのとき、おれはこの女の、この世のものとも思えぬみごとなダンスにうっとり見入っていた。そこに眼に見えない何かがつながっていったんだ。『ゴドフロアは、たしか数年前の戦いでスピリチュアルの捕虜になったんじゃなかったか……そのゴドフロアが、なぜか北方王国から来たと言ってここにいる……しかし、ここはスピリチュアルの聖地ブランカのすぐ裏側だ。そして……』と」

 悪魔的な笑みを浮かべてゴドフロアをにらみ、その視線をカナリエルのほうへゆっくり移動させた。

 カナリエルの顔が、みるみる蒼白になった。

 酒つぼをささえていた手から力が抜け、つぼは横倒しになって残りの酒がトクトクと音をたてて下の床にこぼれた。

 ゴドフロアは、唇を白くなるほど強く噛みしめていた。


「この女のみごとな身のこなし、軽々とした優雅な足の運び……いくら領主の娘だといったって、もともとは草原に馬や羊を追っていた遊牧民がつくった田舎くさい北方王国に、こんなにきれいで洗練された娘が本当にいるのか? だが、わざわざ山脈のはるかむこうのことなんか想像しなくたって、後ろをふり向けばすぐそこに、美男美女がうようよいるって噂の場所があるじゃねえか……」

 ラザールが、毒気をたっぷり含んだいやらしい口調でたたみかけると、手下どもも眼をぎらつかせてつぎつぎ立ち上がった。

「そうさ、同じくブランカだ。二つの謎が、そこにぴたりと重なり合った。どういういきさつかはわからねえ。だが、筋だけなら読める。ブランカに捕虜になっていたゴドフロアが、スピリチュアルの女を連れ出し、ブランカにほど近いこのケルベルク城に迷いこんできたのだ、とな。それが、謎解きの答えだ」


 そうラザールが言い切ったとたん、四つの動きがほとんど同時に起こった。

 カナリエルはサッと後方に身体を引いて逃げようとし、ラザールがすばやくその手首を握って捕まえる。ゴドフロアが二人の間に割って入ろうとし、すかさずダブリードの短剣がその喉元へ突きつけられた。


 ラザールは、カナリエルの腕をつかんで立ち上がった。

「い、痛いっ。何をするの!」

「何をするか? 知れたことだ。スピリチュアルの女がどういうものか、たっぷり味わわせてもらうのさ。スピリチュアルの最初の犠牲者の子孫であるおれたちこそ、スピリチュアルの女を最初に情婦にする権利があろうってものだ。さあ、来るんだ!」


 きゃあああっ――


 カナリエルの悲鳴が、大広間の高い天井にかん高く反響した。

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