第二章 3 保安管理官ロッシュ
「ファロンどのは帰らないな……」
生命回廊の出入口の前で、警備の若い兵士たちの一人がつぶやいた。
「葬列に追いつけなかったってことはないだろう。ついでに埋葬を見とどけて、いっしょにもどるつもりなのじゃないか」
残された三人のうちの一人が答えた。
「だが、ファロンどのは知っておられるのだろうか。生命回廊の男子禁制といえば、不文律中の不文律だぞ」
最初の兵士がふり返って言うと、不安そうに眼を細めたもう一人がうなずいた。
「そうなんだ。おれも、ここの警備に配属されたとき、昔シスターだった母上から、きつく言われたよ。たとえ上官の命令があったとしても、一歩たりとも中に踏みこんではいけない、とな。考えてみれば、おれたちスピリチュアルの命の根源にかかわることだからな」
「だから、ファロンどのは、あの埋葬人を問いただしに行ったのさ。重要なことならなおさら、上官に言われたとおり、ちゃんと警備をつづけないと……」
二人めの兵士はそう言いながらも、しだいに自信のない表情になり、最初の兵士の顔を見つめ返した。
「いや、やっぱり、一刻も早く上層部に報告すべきだ。……よし、こうしよう。おれが保安部に行く。ブライク、おまえはファロンどのを追いかけていって、その旨を知らせてくれ。そして、アルダム、おまえが命令どおりここに残って回廊を警備するのだ」
男子禁制を最初に言いだした兵士が提案した。
「そうだな。ファロンどのも、それなら納得されるだろう」
残りの兵士たちがうなずき、ただちに三人は散っていった。
保安部はブランカ全体を統括する中枢であり、樹状構造をしているブランカのちょうど中間地点に置かれている。
昇降機に緊急用のコードを入力してそこに直行した兵士は、昇降機を降りたとたん、交叉する二本の槍に行く手をはばまれた。
ものものしい雰囲気が一帯を支配している。
ひとつの階層がそっくり保安部になっているのだ。
その場で報告を受けた年配の係官は、当惑の表情になった。
「どうかなさいましたか。もしや、わたくしの説明が――」
「いや、一大事なのはわかる。わかるのだが……この件を、どこに取り次いだらいいのかわからぬのだ」
「何ですと?」
「ようするに、それが〝不文律〟だということだ。破られることなど、まったく想定されておらぬ。よって、そのような事態にいったいどの部署が対処することになるのか、皆目見当がつかんのだ」
「な、なるほど……」
報告に来た兵士は、こんな対応をされようとは思ってもいなかった。
やはりファロンの帰りを待つべきだったのかと、じょじょに後悔しはじめた。
そのとき、別の昇降機のドアが開き、保安管理官の制服を着た若い男が降り立った。
肩をいからせるような威圧的なところはまったくないにもかかわらず、現れただけでその場の空気をサッと一新してしまうような、颯爽とした出現ぶりだった。
「あ、ロッシュ……いや、ロッシュどの!」
「おお、おまえか、ラムド」
数か月前までいっしょに生命回廊の警備にあたっていた、ロッシュだった。
異例の昇進をとげ、今や保安部の幹部であり、兵士のはるかに上官になってしまっている。
「生命回廊で何かあったのか?」
ロッシュが尋ねると、それまで尊大な態度で兵士に応対していた係官が、うやうやしく身を引いてその場をゆずった。
ロッシュはまゆをちょっとしかめながら兵士の話に耳をかたむけていたが、すぐにうなずいて言った。
「私といっしょに来い」
ロッシュはくるりときびすを返し、本部にむかって悠然と歩きだした。
昇降機前を固めていた警備の兵士たちや係官が、あわてて左右に分かれてロッシュを通す。
ラムドはとまどいながらその後につづいた。
通りかかった何人もの事務官はさっと道を開けて深々と頭を下げるし、部門ごとの執務ポッドの前に立つ警備兵はかかとを打ち鳴らして敬礼する。
ラムドは、ロッシュが駆け上った地位の高さと昇進の速さに、今さらながら舌を巻いた。
ロッシュが連れて行ったのは、保安部の最高責任者、クレギオン長官の執務室だった。
「もう一度ご説明申し上げろ」
ラムドが緊張しながら生命回廊での出来事を報告するのを、大きな執務机のむこうの初老の男がにらみつけるような視線で見つめた。
下まぶたに刻まれた深いしわが、強い眼光をいっそう鋭いものにしている。
クレギオンは、帝国軍の中に四つある師団のうち、第三師団をひきいる将軍職にあったが、数年前に戦場で足を負傷したために現場を退いた。
しかし、皇帝は、篤い信頼をおくクレギオンがそのまま引退してしまうのを惜しんだ。
クレギオンは皇帝の強い求めで退役することを取りやめ、ブランカに帰還して現在の職についた。
いわば、帝国全体の経営に忙殺されている皇帝から、スピリチュアルの本拠地であるブランカの全権をゆだねられた人物である。
頭髪は白いものが目立つが、炯々たる眼光はいまだに衰えをしらず、負傷さえなければ、今も軍馬にまたがっていておかしくないほどの生気に満ちあふれている。
なんとか要領よく説明し終わると、ラムドは全身の力が抜けていくような気がした。
射すくめるようなクレギオンの迫力のせいだった。
「どうする、ロッシュ」
義足をひざの上に組んで、クレギオンがこんどはロッシュを試すように言う。
「ただちに一個小隊を派遣して、ゴドフロアなる奴隷の身柄を拘束させます」
「一個小隊はおおげさではないか?」
「奴隷の逃亡の恐れがあります。その場合、さらに追加の捜索隊を組織しなければならなくなるやもしれません。そうなれば、一個小隊では間に合わないでしょう。かえって非効率的です。それに、遺体の埋葬がすんでいないことも考えられますし」
「おまえは、スピリチュアルの兵士に埋葬人の仕事までさせるつもりか」
クレギオンは、にやりと皮肉っぽく笑った。
「はい、いざとなれば。遺体を放置するほうが、礼を失することになると思います」
ロッシュは、ためらいもなく言い切った。
「たしかにな。では、生命回廊のほうはどうする?」
その問いに、ロッシュはわずかの間もおかずに答えた。
「これは、生命回廊の問題というより、奴隷、あるいはフィジカルの使用人たちの集団逃亡や反乱の可能性を考慮すべきでしょう。奴隷が一人でも入りこんでいたということは、回廊内に隠れている者がまだほかにいるかもしれません。誕生前の子どもたちを人質にして立て籠もられることが、最大の脅威です」
「ほう、よくわかったな。それが問題の核心だ」
クレギオンは、ロッシュの明快な答えに満足そうにうなずいた。
ロッシュはさらに言葉をついだ。
「ですが、へたに騒ぎ立てる必要はないと思います。まず、奴隷や使用人の中から、ほかに姿を消している者がいないかどうかを確認させます。異常がなければ、生命回廊の出入口の警備を臨時に多少増強するだけですむでしょう。さらに、この一〇日ほどの間について、捕虜と奴隷を収容した牢への人の出入りを調査させます。ゴドフロアなる者を生命回廊内に手引きした者がわかれば、ほぼ解決かと」
ロッシュのあざやかな分析と的確な判断を横で聞いていて、ラムドは元同僚の変貌ぶりに驚いた。
いや、これが本来のロッシュであり、ようやく彼の才能を存分に発揮できる場所と地位を得たということなのだろう。
「よし。そのようにとりはからえ」
「はっ、ただちに。――長官、それと、この兵士の名と顔を、お心に留めていただけますでしょうか。彼の適切な判断と迅速な行動がなければ、事態の発覚はさらに遅れてしまっていたはずです」
いきなり自分に話の矛先が向けられて、ラムドはどぎまぎした。
「そうだったな。名は何という」
「ラ、ラムドと申します」
「ラムドか。おまえには、明日から本部付きになってもらおう」
「あ、ありがとうございます! ……しかし、わたくしひとりの功績ではありません。いっしょに任務についていた同僚たちと相談したうえでのことです」
「正直な男だ。わしが表面的な手柄だけで評価していると思うか。立ち居振る舞いから、説明の適切さ、表情の動きまで見させてもらっている。おまえがよけいな気遣いをする必要はない。帝国は、おまえのような有為の若者をつねに探し求めているのだ。仲間たちにもいつかかならず機会がまわってくる」
ロッシュは、顔を真っ赤にして感謝するラムドを生命回廊の警備に帰し、クレギオンに承諾を得た手配をすませると、ふたたび長官室にもどった。
「ロッシュ。当面の緊急措置はとったが、まだ肝心な問題が残っているな」
「はい。昇降機の動きを監視させています。生命回廊を出入りしようとする者の動向は、もれなく把握できるはずです」
「だが、ことは生命回廊の不文律だ。何がわかったとしても、対処のしようがない」
相手がロッシュ一人になって、クレギオンは率直にため息をもらした。
「男子禁制違反についてはそうでしょうが、これが何らかの事件にかかわりがあるとなれば、それだけではすみません。保安部の領分に入ってきます」
「そうなのだ。にもかかわらず、あそこに調査に踏みこむこと自体が、禁制を犯すことになる。まったくやっかいなことだ」
「私が、寮母陛下を探してお話をうかがいましょう。どう考えても、寮母のご関与なしにこのようなことが起こるはずがありません」
「いや、それはならん」
「寮母そのものが、不可侵だとおっしゃるのですか?」
「それもある。だが、おまえは一〇日後にはその寮母と義理の親子の関係を結ぶことになっておる。近親者を捜査にかかわらせるわけにはいかんのだ。これは形式的なことばかりではなく、ブランカに居住するスピリチュアル全体に対する信義の問題でもある。民衆の信用を失っては、保安部そのものが成り立たなくなる」
「そうですね……わかりました」
「ほう。めずらしく聞き分けがいいな」
「いいえ。どうせ正式に寮母に事情をおうかがいするとなれば、煩瑣な手続きやなにやらで、どうしても時間をくいます。迅速な捜査など望むべくもありません。しかし、私が個人として面会を求めるのであれば、捜査の手順をいちいち踏む必要はなくなります。職務上の尋問では聞けないようなことも聞き出せるかもしれません」
「そううまくいくかな。皇帝陛下は帝都アンジェリクにお留まりになって久しい。寮母陛下は、形のうえではブランカの最高権力者であらせられる。へたなことをすれば、おまえの結婚に支障が出るばかりか、将来にまで禍根を残すことになりかねんぞ」
「そのときはそのときです。私的な行動であっても、判明したことは長官にはかならずご報告いたします」
「こちらから正式に人を遣わすのは、それを聞いてからにするか……」
「何か、お気にかかることでも――」
上官の表情が浮かない様子を見て、ロッシュが尋ねた。
クレギオンは、手の中に包みこんだグラスを回すように揺らした。
中には琥珀色の液体がたゆたっている。
「おまえも一杯やるか?」
「いいえ。職務中ですので」
「そうだった。ほかの者にしめしがつかんな。ドアを閉めてくれ」
ロッシュが背後のドアをそっと閉じると、クレギオンは義足をオットマンの上に持ち上げ、椅子に深々ともたれてくつろいだ姿勢をとった。
「長く戦場暮らしをつづけていると、こういうろくでもない習慣ばかり身についてしまう。何度やめようと思ったか知れないが」
「将軍職とは、それほどの激務だったということでしょう。ご苦労をお察しいたします」
「言い訳はせんよ。しかし、この酒というものは素晴らしい発明品だ。刺激的で、開放的で、享楽的で、まるで心地よい底なし沼のようだ。一度はまったら二度と引き返せぬ」
「失礼ながら、いかにも自堕落なフィジカルの生産物という気がいたします」
「手きびしいな。だが、酒だけではないぞ。このみごとなカットの入ったグラスを見ろ。こういう精巧な美しいものを作り出す技術や感性も、またフィジカルのものだ」
「文明の時代から細々と伝えられたものにすぎません。やつらは、新しいものを作り出す力も、意欲も、もはや失っております」
「そうかな。知っておるか。スピリチュアルが初めてこのブランカを降りて征服に乗り出したとき、わが軍は連戦連勝、たちまち全土の半分近くを平定し、要害の地にある都市コブランを占領して、『帝都アンジェリク』と名をあらためた」
「はい。幼年学校の生徒なら、一年生でも知っておりましょう」
ロッシュは苦笑しながら言ったが、クレギオンは気にするふうもなくつづけた。
「ところが、快進撃はそこでぴたりと止まってしまった。なぜだかわかるか?」
「フィジカルが、第二の都市国家フェルバーンを中心に同盟を結び、反撃に出たためです」
「幼年学校ではそう教えるな。だが、本当のところは、〝弾〟がつきたのだよ」
「〝たま〟とは、弾丸のことですか?」
「そうだ。われわれが手にしていた武器は、文明時代では最新のものだった。しかし、弾は撃てばなくなる。ブランカには再生産する設備も技術もそなわっていなかった。とくにそのように精巧なものは二度と作り出せなくなった。それだけではない。当時は、闇夜でも敵の姿や地形をはっきり見分けられる暗視装置だとか、何キロも離れた地点から一発で都市の中枢部を精確にねらい撃ちできる大砲とかも存在したらしい。文明がすっかり衰退し、貧しい土地にしがみついて生き延びるのにせいいっぱいのフィジカルどもを蹴散らすのは、赤子の手をひねるより容易なことだった。そこまではな」
「なるほど。わたしたち若い者がそれを知らないのは、新しい世代に失ったものを惜しむようなことをあえて教える必要はなかったからだったのですね」
「まさにな。権力とはそうしたものさ。自らの誤謬や古い傷跡をけっして認めるようなことはしない。しかし、わしが言おうとしているのは、そんなことではない。先祖が賢かったのは、そこでみごとに戦略を切り替えたことだ。いや、最初に近代兵器でフィジカルに圧倒的な力を見せつけたのは、その切り替えをすんなり行えるようにするためだったのかもしれん。今となっては真相はわからんが」
「どういうことですか、戦略の切り替えとは?」
「ひとつは、征服したフィジカルを兵や使用人として取りこんだこと。これは、絶対少数のスピリチュアルが、日々拡大していく戦線を維持するためにも、また帝都アンジェリクの都市機能や、多数の男たちが出征した後のブランカの生活を維持するためにも、どうしても必要なことだった」
「もうひとつは?」
「わからぬか。幼年学校の競技会で、おまえは何と何の種目で優勝したのだ?」
「乗馬戦、剣術、弓術……。そうか、もともとはみなフィジカルの戦闘技ですね」
「そのとおり。スピリチュアルの高い身体能力をさらに鍛錬すれば、フィジカルの屈強な兵士を何人相手にしようが、けっして劣るわけがない。いわば、やつらと同じ地平で戦えるように方針をがらりと転換したのだ。それにともなって、軍馬にはつねに最良の北方産を確保し、剣や銃器の十分な生産のために、帝都にフィジカルの名工たちを集めて厚遇しておる」
「何をおっしゃりたいか、ようやくわかりました」
「そうか」
「新しいものを作り出さないのは、フィジカルよりも、むしろスピリチュアルのほうだったのですね」
「そういうことだ。フィジカルの力をあなどってはならぬ。われわれの感性とはちがっているかもしれんが、精妙な技術も、みごとな工夫の才も、したたかな戦術も、ちゃんと持っている者はいる。フィジカルだといって、ひとくくりに見下すのはまちがいだ。たかが奴隷といっても、一軍を率いるだけの才覚と人格をそなえた有能な戦士だったのかもしれん――と理屈をつけて、もう一杯飲ませてもらおうか」
にたりと笑って、クレギオンは小さなグラスに酒を満たした。
しかし、一口ふくんでふたたび顔を上げたときの眼は、笑っていなかった。
「三日前、帝都から使者が来た。南部の中心都市、キールへの入城は、一〇日後に決まったそうだ」
「キールはまだ陥落していなかったのですか? たしか、攻城戦が開始されたのはひと月以上も前で、しかも、落ちるのは時間の問題だと言われていたはずですが」
「予定どおりに陥落させたさ。だが、帝国にとって、これはただの勝利ではない」
「南部諸州は最後まで頑強に抵抗してきましたからね。やつらはキールに追いつめられていました。これで、帝国への臣従を拒んでいる国は一挙に皆無になるでしょう」
「オルダイン陛下は、帝国の完全支配を成し遂げた皇帝として、スピリチュアルの歴史にその名を永遠にとどめることになろう。それ以上に、キールへの皇帝のご入城式典が帝国の強大さを全土に見せつける絶好の機会であることを、陛下ご自身がよくご存知だ。できるだけ壮麗なものにしたいと考えておられる」
「その準備の期間をふまえての一〇日後なのですね。クレギオン閣下のご懸念がわかりました。一〇日後といえば、ちょうど私とカナリエルの婚礼の日でもあります。すくなくともその日までは、何か表立ってことがあってはならないと」
「よくわかったな、ロッシュ。こんどの件も、なんとか穏便にすませる手を考えてくれ。それが、おまえ自身のためでもある」
「承知しました」
ロッシュは胸に手を当て、深々と頭を垂れた。
「ところで、母上はご息災かな」
「はい、おかげさまで。母をご存知でしたか?」
「長らく会っておらぬ。戦死したおまえの父親は、当時私の部下だったからな、合同葬儀の際にわずかに言葉をかわして以来か」
「そのとき、私はまだ生まれて一年足らずの子どもでした」
クレギオンは、なつかしそうな眼をしてうなずいた。
「子どもが幼年学校の高学年になって寄宿舎に入ってしまえば、兵士の妻は出征している夫にしたがって帝都アンジェリクに居をかまえることができる習わしだが、彼が戦死したのは、結婚後最初の出征でのことだった。あの頃はちょうど戦役の連続で、兵士がブランカでのんびりと過ごすことなど夢の時代だ。ご両親の新婚生活と呼べるようなものは、ほんの一、二か月にすぎなかっただろう。彼女はその後も再婚せず、ブランカにとどまって幼いおまえを育て上げたそうだな。まことに尊敬にあたいする女性だ」
「母には感謝しております。そして、マザー・ミランディアにも」
「どういうことだ?」
「下層にある私たちの住居をいくたびもわざわざ訪ねて来られて、悲しみに沈みがちな母をあたたかく励ましてくださいました。子どもの私にはわからないような援助も、いろいろしてくださっていたにちがいありません。私が今日こうしていられるのは、おそらく寮母のおかげでもあるでしょう」
「そうだったのか。母上はかつて生命回廊で寮母陛下の同僚だったのだな。寮母もブランカから一度も出たことがないはずだ」
「ですから、カナリエルと結婚することになったのは、これは何かの運命だと感じております。マザー・ミランディアが私になら話していただけるかもしれないと思うのも、そのようないきさつがあるからなのです」
「なるほど。そういうことなら、やはりおまえにまかせるのがいちばんのようだ。くれぐれも行き過ぎたり、正式な調査の差しさわりにならぬようにするのだぞ」
「はい。しかし、どうも妙な胸騒ぎのようなものがするのです。これを自分自身の手で晴らしてしまわないことには、後々とてつもなく後悔することになりそうな……」
ロッシュは、語尾をはっきりと言い切らないまま口をつぐみ、天井のほうをちらりと見やった。
天窓のぼんやりした明るみの上方には、まだ何十層という居住用ポッドの連なりがのしかかってくるように見えていた。
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