(4)

 突然の官能シーンにびっくりされる方も多いと思いますが。

 一番びっくりしてるのは、そう。

 僕です。

 匠です。

 手が震えてます。

 何がやばいって、このシーンが省略されないことです。「いやーさっきは大変だった。まさか皐月があんなことをしてくるなんて……(以下想像にお任せ)」みたいなぶん投げが全くないんです。

 いや、これは、ちょっと。

 あかん。


「匠くん……」


 皐月が熱を帯びた声で囁いて、俺の首に腕を回す。皐月から香る甘い匂いに陶酔しそうになりながら、必死で正気を保とうとする。そんな意志も、皐月が放つ強烈な魅力により、いとも容易く解けてしまいそうだ。


「な、なあ皐月、ゆうてあんたもちょっと疲れたやろ? 一回休まへんか?」

「そういうの、いらない……」


 苦し紛れに似非関西弁で挑んでみたら、とろんとした声であっさり流された。これ結構辛いものがあるな。

 皐月の腕が、蛇のように俺の首に絡み付くと、ゆっくりと抱きしめてきた。


「う……お……っ」


 胸板を圧迫する柔らかすぎる感覚に呆然とする。暑いからとワイシャツ姿になっていたために、背中に当たる壁のひんやりとした冷たさで、辛うじて正気を保てた。

 俺の肩に顎を乗せた皐月が、首筋にふっと息を吹きかける。ぞわぞわとくすぐったさが身体を駆け巡って、ぶるりと身体が震える。


「匠くん……」


 耳に流れ込む皐月の声が、徐々に熱を帯びていく。2人の間の空気がねっとりと粘度を増していき、呼吸がままならなくなる。

 分かってると思うけど……と、皐月が呟いて、おでこ同士をこつんとぶつけた。ほんの僅かに口を突き出せば唇が触れ合う程の距離で、皐月が蠱惑的に目を細める。


「匠くん、ここからじゃ絶対、私に何をされても逃げ出せないよね?」


 目の前の瞳に視線が全て吸い寄せられて、ごくりと息を呑んだ。ちりちりと産毛が逆立ち、壁に触れた手が震える。今はこの場所が日陰になっているからか、火照った身体をひんやりとした壁が冷まそうとするが、それでもなお、今この身体に渦巻く熱の奔流は止まらない。

 皐月の白魚のような細い手の指が首を撫でる。一本一本の指が官能的な曲線を描き、肌に消えない記憶を残す。俺が震えるのを見て、皐月が笑う。


「ねえ、匠くん……」


 皐月の手が、ワイシャツ越しに胸板をさわさわと這ってくる。互いの肌の間には2枚の生地がある筈なのに、皐月の指の感触が一本一本はっきりと生々しく感じられる。


「助け、呼んでも良いんだよ?」


 耳朶を打つ声が、ひどく優しい。俺がそんなことは出来ないだろうと分かりきっているかのような、幼子を窘めるような声音。

 そうだ、俺は期待してしまっている。

 皐月の手が、ここからどう動いていくのか。そしてそこから、俺をどうしてしまうのか、俺はどうされてしまうのか。

 俺が唇をつぐんで震えるのを見て、皐月はにっこりと微笑む。胸を撫でていた手が降りていき、腹を撫でて、そして下腹部へと下がっていく。回りの景色がぐにゃりと歪んで、俺と皐月が現実の世界から切り離されたような感覚に陥る。

 皐月の手が、ベルトの下に到達した。


「あ……っ」


 皐月が、小さく、それでいて嬉しそうな声を上げる。


「すごい……こんなに大きいんだね……っ。それに、熱い……っ」


 興奮した声は上ずっていて、まるでプレゼントを前にした子どものようだ。

 皐月の手が、人生最大の興奮によりぱんぱんに膨らんだ部分をゆっくりと撫でてくる。手のひらが一度上から下に移動するだけで、官能で身体ががくがくと震えてしまう。

 皐月のおでこが俺のおでこに当てられる。漏れ出る吐息は発情した牝のものになっており、陶酔してしまう程甘ったるい。


「ねえ、ここからどうする? どうしよっか? うふふ……」


 皐月の瞳に宿った情欲の炎は益々大きくなり、舌なめずりをすると俺の唇に触れそうになる。

 皐月の指が、ベルトの下のチャックに伸びた。

 ちぃぃ……と聞き慣れた筈の音が、まるでどこか遠い異世界で生じた物音のように聞こえる。


「うぐ……っ」


 制服のズボンの中に入れられた手が、パンツ越しにそそり立つものを引きずり出す。ボクサーパンツが生地いっぱいに伸びて、その先端がしっかりと皐月に握られている。


「あは……匠くん、どうしてほしい? 今だったら、何でもしてあげるよ……っ?」


 皐月の吐息が荒い。凄まじいまでに興奮している。

 たまらなくなって、皐月の身体に手を伸ばす。いきなり変なところを触る訳にもいかないが、肩に置いても……と、路頭に迷うような手つきで、脇腹に両手を置いた。


――と。


「ふぁぁんっ!?」

「え……っ」


 制服越しに皐月の脇腹に手を添えた瞬間、あどけない少女のような、けれど艶っぽい声を皐月が上げて、俺の肩に顎を乗せた。

 何が起きたのか分からぬままに脇腹に添えた手に力を込めると、皐月の身体がびくりと跳ねた。


「あ、あん……私、そこ、弱いの……ああんっ! ……ふふ、仕返し、したいの? あっ、んはぁっ、んんん……っ」


 皐月の脇腹を指でなぞる度に、面白い程の反応が返ってくる。さらにそのお返しと言わんばかりに、皐月の指がパンツの上で生き物のように這い回る。

 皐月のあどけない反応と、艶っぽい悪戯。

その2つがかき立てる恐ろしい程の興奮に、俺の理性は綺麗に霧散して行く。

 このままでは、本当にどこまででも行ってしまいそうだ……と戦慄していると。


「おーい、匠―、皐月さーん。いるなら返事してー」


『……っ』


 階下の廊下から聞こえてくる声に、俺と皐月の動きがぴたりと止まる。

 よく考える必要もなく、この声は薫のものだと気付く。耳を澄ませると、更紗も同じように呼びかけている。

 2人の足音が、階段のすぐ下まで迫ってきた。

 別に、ここで俺と皐月が何をすべきかを深く考える必要はない。

 今2人が行っている行為をやめて、薫と更紗に合流すれば良い。

それだけの話だ。


「匠くんと皐月ちゃん、ここにもいないみたいだね」

「うーん、どうしようかなー。匠は携帯にも出ないし……」


 薫の声に気付く。そう言えば携帯をチェックしていなかった。それどころではなかったからだけども。

 しょうがない、ここは名残惜しいが……と思っていたら。


「薫くん、更紗ちゃん、こっちよ」

「!」


 皐月が階下に呼びかけた。ああ、しょうがないなと思っていると、皐月がくるりと俺に背を向けて、手すり越しに下に顔を覗かせた。


「あ、皐月さん! そこにいたんだ。何してるの?」

「ええ、ちょっと考え事をしていたの。ここ、たまに来ていたから」


 俺も顔を出すか――と思ったところで、皐月がこちらに向かってぐいと腰を突き出してきた。スカート越しに豊かな臀部のラインが見えて、思わず固まる。


「そっか。あれ、匠くんは?」

「ええ、さっきまで話してたんだけど……ちょっと用事があるからって、どこかに行ったわ」

「わかった。……いやー、それにしても、匠は本当に皐月さんと話してる時楽しそうだよね」


 薫が俺について話し出す。どうやら会話はここで終わらないらしい。そして何で俺の話なんだよあいつ。俺にどうしろと言うんだと思っていると、皐月が俺に背を向けたまま、俺の両手を掴んで引っ張り寄せた。


「……っ!?」


 思わず声を出しそうになるのを必死で抑える。何を考えているのかと皐月を睨めつけると、婀娜っぽい流し目を送ってきた。濃厚な湿り気を帯びた視線に、何かとんでもないことが起きるのではという不安が過ぎる。


「ふふ、そうだったら嬉しいな。私も匠くんと話してると、とっても楽しいし」


 皐月は柔らかな口調でそんな恥ずかしいことを言いながら、俺を引っ張ってぐいぐいと自分の尻を押し付けてくる。状況が状況なだけに力を入れた抵抗も出来ず、膨らんだ牡の部分と皐月の尻の谷間がぴったりとはまってしまった。下着やズボンや制服が間にあるとはいえ、興奮の度合いが尋常でないほど高まる。


「わー、わー、わー……皐月ちゃん、それもう……きゃー!」


 更紗が嬉しそうにはしゃいで、何かを叩く音が聞こえる。恐らく薫の背中でも叩いてるんだろう。なんで分かるかと言うと「さ、更紗さん、も、もう、ふふふ……」という、薫の満更でも無いリアクションが聞こえてくるからだ。デレデレしてやがる……。

 皐月が俺の手を掴み、自分の脇腹に添える。どうやら身体を支えろということらしい。先程脇腹が弱いんだと自分で言っていたから、慎重に手を添えて、身体を支える。


「ん……っ」


 皐月の艶っぽい声が漏れて、ますます下腹部に血流が集まる。皐月は手すりに手を付いて、相変わらず2人と談笑を続けている。

 今の状況を改めて冷静に考えようとしたが、皐月の脇腹を掴んで、尻を突き出した皐月に自分の腰を押し付けているという状況はどう考えても……と思った所で、思考を止めた。深く考えてはいけない。


「それにね、匠くんったらこの間、……んふぅん……っ!?」


 熱に浮かされたような状態で、皐月の双丘の谷間にゆっくりと膨らみを押し付け前後させると、皐月から甘い声が漏れた。


「ど、どうしたの皐月ちゃん?」

「あ、な、何でもないよ。ごめんね? それでね……」


 それでも、皐月は止めるどころか俺の動きに合わせて悩ましく尻を振ってくる。牡と牝の大事な部分が淫猥にこすれて、昂奮で頭が爆発しそうになる。暴発しそうなのを堪えながら、緩慢な動作を繰り返す。


「……でね、その時、んんっ、匠くんったら……ね? んふぁぁ……その……あ、あふぅん……っ」


 段々と、皐月も高まる感覚を抑えきれなくなってきたのか、言葉の端々に甘ったるい嬌声が混じり始める。


「ちょ、さ、皐月さん、本当に大丈夫? なんだか……」


 薫が『すごく、エッ』とまで言いかけた所で、


「ちょ、うわっ!? 更紗さん!? なんで僕の目を……!?」


更紗が薫の目を手で塞いだようだ。薫が「速い、動きが速すぎるよ更紗さん!」とか言ってる。更紗のキャラが益々分からなくなった……。


「皐月ちゃん。あたしたち、明日の準備もあるから一旦戻るね。匠くんが戻ったら、またお話しよう」

「あ、え、ええ、そうね、わかったわ」


 妙に毅然とした更紗の言葉に、皐月がたじろぐ。

 更紗の変化は気になるが、これでまあ一安心か……と思っていると、続けられた更紗の言葉に時が止まった。


「え、ちょ、更紗さん、なんで僕の耳を塞いだのさ!?」

「よし、これなら聞こえてないかな……」


 今度は薫の耳を塞いだらしい更紗がこほんと可愛らしい咳払いをする。


「お2人とも、お祭りだからってあまり羽目を外し過ぎないでね!」


『え』


 思わず、俺と皐月が同時に声を漏らす。皐月の後ろ姿も見事に固まっていた。


「ふふ……やっぱり。じゃあ、また後でね!」

「え、あれ、更紗さん? 今何て言ったの?」

「何でもないよ。ほら、薫くん、行こう?」

「あ、う、うん」


 一人だけ何も知らない薫が、更紗の後を追って去っていく足音が聞こえる。

 2人の足音が遠くまで行き、やがて聞こえなくなると、俺と皐月は揃って息を吐いた。


「お前なぁ……いくらなんでも過激すぎだろ。俺、鼻血出るかと思ったんだからな」

「……まさか私も、こんなことしちゃうなんて自分にびっくりしたわ。それに、匠くんがあんなおサルさんみたいに腰を振ってくるなんて……」


 ぐうの音も出ねぇ。


「……皐月がエロいのが悪い。何なんだよお前、良い匂いするわ身体つきや表情もエロいわでもう洒落にならんっての」

「……っ」


 皐月が振り返ると、耳まで真っ赤になっていた。何やら口をぱくぱくさせている。


「た、匠くん、ず、ずるい……っ」


 えらく可愛らしい声音で言うと、俺の手を離し、くるりと振り返って俺を正面から見つめた。先程までの行為の熱量もまだ余韻として残っているその表情は、乙女の恥じらいという矛盾した魅力と相俟って強烈に可愛い。


「……匠くん」

「……なんだ?」

「明日ね、上手く行ったら……私……その……匠くんと……」

「え……?」


 続きを促すと、皐月が俺の耳元に唇を寄せ、甘美な声音で囁く。


 ぽしょぽしょぽしょ。


「……マジ、で?」

「……うん、マジで」


 耳から流し込まれた甘い言葉は、すぐには信じられなくて。

 思わず聞き返してしまったが、皐月は照れくさそうに笑って頷いてくれた。

 皐月の肩を掴んで距離を空けると、屋上へのドアを開く。


「た、匠くん?」


 ずんずんと屋上に中心に向かって進む俺を、皐月が慌てて追いかける。

 俺は屋上のちょうど真ん中に立つと、ぴたりと歩を止めた。

 すう、と大きく大きく息を吸う。

 そして、ゆっくりと天を仰いだ。


「やったるでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


「っ!?」


 俺の突然の絶叫に、皐月が目を瞠る。

 何てことはない。

 皐月が俺に囁いたとある「約束」の内容があまりに刺激的で、人参をぶら下げられた馬も比じゃないくらいに、テンションとモチベーションが跳ね上がったのだ。元々満タンだったモチベーションが限界を振り切った。

 くるりと振り返って、皐月に向かってにかっと笑う。俺の笑顔を見て、皐月も気が抜けたように相好を崩した。


「わりぃ、テンションが上がっちまった」


 言いながら、皐月の手をそっと握る。皐月は頬を赤らめながら、俺を見つめた。


「勇気、出たか?」


 聞くと、皐月がにっこりと笑う。


「ええ、沢山のエロパワーを貰ったわ」

「そんな熱血もののノリなのか……」


 何でこの子、初心なのにエロいんだろう。最高だな。


「……明日、頑張ろうな」

「……うん」


 言葉少なに、明日に向けての決意を2人で固めた。

 この後、薫と更紗と合流した訳だけども。

 更紗が俺と皐月をにやにやとしながら見ていて、それを薫が頭にハテナマークを浮かべながら見ているという地獄みたいな状況だった。


 4人で話した後、卯月先生とも合流して打ち合わせ兼雑談をした。なんで先生と皐月が途中から「どっちが先に俺を果てさせるか」というとんでもない対決をする方向になったのかは分からない。2人が胸の谷間を見せて誘惑してきて、それを横から見ていた薫が鼻血を出して昏倒し、更紗がひくひくと震えてお怒りになったことでこのくだりは強制終了した。

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