まあ、よくあること⑧
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
5時限目終了のチャイムが鳴る。
「あ…」
豚が、ガッシっと俺の腕を掴んだ。
「何やってんだ? 逃げるぞ!」
俺は、豚に手を引かれ辛うじて通れる隙間から廊下に出た。
振り返ってみたが彼女の姿は何処にも無い……。
図書館から解放され成仏したんだろうか?
豚に引きずられるまま、教室に戻りHRを受ける。
なんのお咎めも無い所を見ると、5時限目の体育どうやら俺はサボり扱いではなくは比嘉と豚三人で奉仕活動をしていた事になっているようだ。
比嘉が、何事も無かったように席に着いているのには正直ビビった。
不死身か?
あの女……?
HRが終わり、誰も居なくなった教室に俺、豚、比嘉が残った。
てゆーか…正確には、俺を逃がすまいと二人に捕まったと言ったほうが正しいが…。
「何があったのか説明して!」
一番後ろの窓際と言う最高の場所にある俺の机の背後に仁王立ちして、鋭い眼光を浴びせる体育科最強の『正義の味方』に側面を肉厚なボディで固める柔道部主将で『柔道男子100超級全国3位』の豚…。
う~ん逃げられませんw
「ナニかって何が?」
二人から殺気が立ちこめる。
説明した所で、信じねぇよ…俺は電波だと思われたくないんでね。
「…俺が比嘉に頼んだ」
豚が、おもむろに口を開いた。
「は?」
「部活を辞めてから、お前の様子が余りにおかしかったから…比嘉に頼んで様子をみてもらってた」
おいおい~最近、比嘉に絡まれると思ったら原因はお前か!
「な~に? 退部した人間にまでお気遣いのつもりですか? 主将様? 一歩間違ったらストーカー行為ですよ? いやんww」
俺の軽口にいつもなら面白い反応を見せる豚が、身じろぎ一つしない。
いやんw
コイツ、マジだ…面倒臭せぇ。
「お前、此処のところ図書室で何してた? …というより…さっきのアレは何だ?」
豚が、真剣な眼差しを向ける。
う~ん、どうすっかなぁ……。
今は、こいつ等以外教室に居ないし…まあ…いっその事『電波野郎』と思われればもう俺に近寄らないかもしれない。
よし!
「実は…」
俺は、今までの経緯を包み隠さず100%ノンフィクションで語って聞かせた。
『事実 は 小説 より 奇 なり』
なんて言うけど、コレまでの経緯はホント普通じゃまず有り得ない事だし…あまりのふざけた内容に俺フルボッコにされないか心配だ…。
「……」
「………」
静まり返る教室、無言の二人に囲まれる俺。
死んだかな?
「聞いて、圭……」
沈黙を破ったのは背後に居る比嘉だった。
「私も仲嶺も、今回のアンタの『退部処分』不当だと思ってるの!」
は? 何で今そんな話?
「そうだ、いくら何でも寮費が払えないからって卒業まで残り僅かなのに退部処分は無ぇよ…」
豚が、悔しそうに顔を歪める。
「だから、圭…私達…卒業までにアンタが部活に…柔道部員として卒業出来る様に出来る事は何でもしようと思うの!」
俺の肩に比嘉の手が置かれる…。
ザワァァァァっと体中に虫唾が駆け巡った!
まさか、こいつ等の中で俺は________
『卒業間近で部活をクビになって自暴自棄から幽霊見ましたっていう妄想に耽る残念な子』
にカテゴライズ!!?
しかも、そのまま見捨ててくれるなまだしも…なんなの? 青春なの? それとも有名な厨ニ病なの?
何処かのマンガに出てきそうなワンシーンだ、きっと此処で俺の言う台詞は『ありがとう』に違いない。
あああ! うぜぇ!!!!!!
俺は、勢いよく席を立った。
「玉城!」
「圭!」
二人がハモる。
「俺、バスの時間あるから帰るわ…」
俺は足早に教室を出る。
背後で、比嘉がナニやら感動的な台詞を叫んだ気がしたが俺の耳には入らない。
もうヤダ…早く帰って風呂と飯済ませて求職雑誌でも読もう。
この学校、進学校だから就職案内とか来ないんだよね~。
ったく暇人どもが…こちとら、お前らの青春ゴッコのネタに使われるのはゴメンなんだよ。
もう、いい加減慣れたバスに揺られ俺は家路を急ぐ。
色んな意味で、濃密な一日だった。
もしかしたら、『見知らぬ婆ちゃん』はこうなる事を予測していたんじゃないだろうか?
だから、わざわざ俺の造ったクモ貝にナニやら込めたんだろうな…。
蒼白になった顔で、ひたすら詫びていたマイスイートを思い返す。
コレって『失恋』かなぁ…?
バスの窓から見える夕日にため息を付く。
最寄のバス停で降りて、徒歩5分。
昨日、爺ちゃんが作った大きいクモ貝の魔除が玄関にぶら下がる築30年は経っている一階平屋建ての我が家に到着。
こうやって見ると、我が家は大分周りから浮いてるな…。
ああ、疲れた…まずは風呂…。
ガタッ。
?
玄関の引戸に手をかけるも、鍵が掛かっているのか開かない。
おかしい…この時間は、必ず誰かいるから鍵なんて掛かっていた事なんてないのに…。
インターホンは壊れているので俺は、引戸を軽く叩いた。
ガンガンガン。
「おーい! 誰か居ないのか? 俺、鍵とか持ってないんだけど?」
サッシにはめ込まれた、曇りガラスの向うに人影が揺れる。
何だ、誰か居るじゃないか!
「早く開けてくれ!」
俺の言葉に返事は無い。
「お___」
「入らんよ!そこで待っときなさい!!!」
曇りガラスの向うからかなり焦った様子で『見知らぬ婆ちゃん』が、怒鳴った。
「え?」
普段、滅多に取り乱す事のない『見知らぬ婆ちゃん』が声を荒げている…なんだ!?
その様子に驚く俺に、『見知らぬ婆ちゃん』は言葉を続けた。
「けーいー! 『お守り』 はどーしたねー!!!」
「お守り? ストラップのこと?」
俺は、今日学校で遭った事を『見知らぬ婆ちゃん』簡単に説明した。
少しの沈黙の後、見知らぬ婆ちゃんは深いため息を付く…。
「あきさみよー…でーじなってるさぁ…」
『見知らぬ婆ちゃん』は、故郷の方言でナニやら呟く。
「????」
「けーいー…なんでそんな事したね~…?」
「そんな事…て…?」
ビッキッツ!
突然、戸口に下げられていたクモ貝にヒビが入った!
「!?」
何…何なんだよ!?
「けーいー!! 『サン』を取りなさい!」
『見知らぬ婆ちゃん』は引戸の下をガンガン叩いた!
視線を落とすとそこには、何やら30cmほどの長さの『草』が引戸に挟まっていてその先端はくるりと結ばれていた。
「なにコレ!? 俺に…なんだって!?」
「早く取りなさい!! マジムンが________」
『見知らぬ婆ちゃん』がそう言いかけた瞬間、玄関にかけられていた5つもあったクモ貝がパーンと音を立てて一斉に砕け散った!
「うわ!」
俺は咄嗟に、頭を庇う。
チチチチチチッ…。
背後で、聞き覚えのある音がする。
誰だって、一度は聞いたことのある筈の音。
ゾク…と、背筋に悪寒が走る。
「けーいー! 早く逃げなさい!!」
『見知らぬ婆ちゃん』の声も耳に入らない!
恐怖。
と言う感情が俺を支配する。
「先輩」
ああ、声はこんなに穏やかなのに…この気配を俺は知っている。
「何で…?」
俺は、振り返った。
道路と家の敷地の境界に『彼女』が立っている。
皺一つ無いセーラー服を着用し右手にはカッターナイフ、蒼白の肌に笑顔を浮かべ夕日を反射する眼鏡越しの瞳には明らかな
__殺意__
国語教師には一切感じなかったソレを、マイスイートは何故俺に向ける?
「コレで、邪魔者は居ません…」
一歩、また一歩…『彼女』が此方に歩みを進める。
はぁ…はぁ…はぁ…______
逃げなきゃ……分かっているのに_______
体が…動かない……!
俺は、この状態を知っている…『あの時』と同じだ!
「けーいー!早く『サン』を取りなさい!!」
すりガラス越しに『見知らぬ婆ちゃん』の必死に叫ぶ毛けど…ダメだ…体が動かね…!
チチチチチッ…。
『彼女』が、持っていたカッターナイフの刃を伸ばす。
「先輩…」
歪な笑顔を浮かべ、真っ白な手に握られた刃が俺の首へ伸びる。
グッと、押し付けられた刃が僅かに肉に沈んだ。
「これで、ずっといっしょ」
ポッカリと穴の開いた様な、白目の無い真っ黒な瞳が俺を見上げる。
殺されるのに…怖いはずなのに…何故だか俺の中に不思議な安堵感が生まれた。
ああ、コレで楽になれる。
もう誰も俺に____。
パキ。
ほんの僅かな音。
俺は、敷地と道路を隔てるブロック塀に目を向けた。
そこには、顔面蒼白の外道シスターズ渚と風そして渚に羽交い絞めにされ口を塞がれた弟__剣。
三人が、ブロック塀から顔を覗かせ此方を伺っている!
剣に至っては、状況が把握出来ずじたばたしている所を更に風に押さえつけられた!
剣…渚、風…!
「うわああああああああああああああああ!!!!!!」
俺は、首に押し当てられたカッターナイフ握った腕を手で払い飛ばし相手が怯んだ隙に戸に挟まれていた『サン』を取る!
此処から離れないと…3人に危険が及ぶかも知れない!
少しばかりよろめいた『彼女』が、体勢を建て直す。
「こっちだ!!」
俺は、庭の方へ走り更に塀を飛び越える!
振り返ると、まるで蜘蛛のように『彼女』が壁から這い上がって来たところだった!
ふしゅううううううう………!
怖い! 怖すぎる!
俺は、命の限り駆け出した!
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