まあ、よくあること⑦

 バキッツ!



 俺の右足が扉を突き抜けた。


 上手くいかねーな…足を引き抜き更に2回ほど蹴る。


 バタン!


 ようやく扉が倒れた。


 扉を踏みつけ中に入る俺の姿を見た、彼女と国語教師が唖然とした顔をする。


 鳩が豆鉄砲て、こんな感じだろうか?


 「へぇ…ユーレーでもそんな顔すんだ?」


 余裕ぶちかまし入場した俺は、彼らにどう映っているだろう?


 表面上の顔とは裏腹に頭の中と来たら、思考は一切纏らず今直ぐ此処から逃げ出したい気持ちと彼女を助けたい気持ちがグチャグチャに入れ乱れプレッシャーから昼飯を食い損ねた空っぽの胃が胃液を喉までせり上げる。


 怖くないわけが無い!


 怖い…怖いが…冬休みに出くわしたアレほどじゃない…。


 俺は、彼女の首を締め上げる国語教師を睨みつける!


 見た目35~40才くらい…蒼白の肌、やせ細りこけた頬、落ち窪んだ目には白目の部分が無くサメのように黒一色。


 灰色のスーツは、何年も着倒した様によれよれ…髪だって額が広々としている!


 しかし、無理心中って…wo……マイスイート!


 こんなハゲ親父の何処が好かったんだい?


 ぜってー俺のほうがイケメンだし!


 心の叫びが悟られたのか、国語教師は彼女の白い首から手を離すと改めて俺の方へ向き直る。


 「い” え” お” ぉぉぉぉぉ ……」


 国語教師の首からひゅうひゅうと空気が抜ける音と共に、その口から言葉にならない声が漏れた。


 「先輩!」


 彼女が、俺に向って手を伸ばす。


 「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!い” え” お” い” え” お” い” え” お” い” え” お”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 国語教師が、胸を掻き毟りながら叫び声を上げた。



 ガタ…ガタン…。


 国語教師が、悲鳴を上げると机・椅子・本といったものが図書室を縦横無尽に飛び交い始めた!


 は! ポルターガイストねぇ…そんなの俺の家じゃ毎朝やってんぜ!



 ヒュン!


 俺の頬を何かが掠めた。


 カツ! っと音がして、廊下の壁に何かが刺さる。


 …ああ…そーいえば、少なくともウチの奴は人に危害を加えなかったな…。


 頬から伝う血であろう暖かさを感じながら、突入した事を改めて後悔してみた。


 もう、遅いけど!


 俺に目掛けて、本・机・椅子・その他鋭利な筆記具が大挙して押し寄せる!


 如何して良いか分からず、俺は頭を庇いながら目をつぶりその場に伏せた!


 ガチャン!


   パリン!

 ドカッ!


 ガコンという音を最後に、その場が静まり返る。


 あれ程の、備品が押し寄せたにも関らず体に痛みは無い…。


 俺は、覚悟を決めゆっくりと顔を上げた。


 「…!?」


 目の前には、机・椅子などがまるで積み木のように重なり合い『壁』のように反り立っている…それだけじゃない…俺を囲むように本などが歪に積み重なっていた。


 どうやら、上手い事隙間にはまったらしい…背後には扉だった場所。


 半分以上は本などに埋まってはいるが、這いつくばれば廊下に出られない事もない…只『彼女』を置いて逃げる事は____!



 「あ”……あ”あ”……あ”………」


 地を這うような、何とも言えないうめき声が地を這う。


 メチャ……グチャ…。


 積み上げられた机の隙間や閉ざされた本の隙間から血肉の蠢く音と、真っ赤な血があふれ出しそれは次第に人の形をなした!



 ぐちゃぐちゃだ。


 目の前に、ぐちゃぐちゃに切り裂かれた人らしきモノが赤い血の中でパーツを漂わせる。


 「あ”あ”あ”あ”…イ”…え”……お”…ゴポッ…」


 意味不明な言葉を発しながら、白目の無い黒一色の目が俺を捕らえ骨のむき出した腕が、俺の肩を握りつぶさん程の勢いで掴む!


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 っもう、恥も外聞も無い!


 俺は、まるで泣きじゃくる子供のように身をよじり暴れる!


 が、食い込んだ指は両肩をガッチリと掴み全然外れない!!


 ぐちゃぐちゃのソレは、口であろうモノを大きく開けた。



 「うあ…婆ちゃん…!」


 情けない声が漏れる。


 分かってる…此処は、学校だ!


 あの時、みたいに『見知らぬ婆ちゃん』は助けてなどくれない_______婆ちゃん!?


 俺は、咄嗟に学ランのポケットを探る。


 ガサリと音がして、ソレは容易に手に取れた。


 ギンガムチェックの小さなラッピングの中には、マイスイートに渡す筈だった俺お手製の『クモ貝ストラップ』が入っている。


 そう、そして…クモ貝には____込められてるんだ!


 「イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お” イ”え”お”ぉぉぉ・・ヒュッツ! ヒュッツ!!」


 肩を捕まえたまま、顔面ギリギリまでソレは迫る!


 血の海に形を成した国語教師の大きく裂けた喉から、空気が漏れた。


 考えている暇など無い!


 俺は、肉迫する国語教師の耳まで裂けた口に握り締めた紙袋ごと拳を突っ込んだ!


 「ガヒュ!?」


 国語教師の口から、手を引き抜く。



 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」


 ソレは俺の肩を掴んだまま、その場でのたうち回る!



 「っつ…くっそ! 死ね! 消えろ!!」


 俺は自分の足を強引に、肉迫する国語教師と自分の間に割りこませ一気に引き剥がししりもちをついた情けない格好でギリギリまで国語教師から距離を取る!


 地を這うような、うめき声。


 国語教師は、まるで殺虫剤をかけられたゴキブリのようにのたうつ。


 ソレに合わせて飛び散る血は、正に阿鼻叫喚。


 そして、遂に国語教師は動きを止め辛うじて形を保った首がゴロリと俺を見る。


 只黒い、ぽっかりと穴の開いたような眼。


 パクパクと、数回金魚のように口を動かし国語教師の体は崩れるように消えた。


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 俺は、膝を抱えた。


 震えが止まらない…助かったのか…?


 「先輩…」


 顔を上げると、いつの間にか彼女が立っていた。


 「有難う御座います…私は、ずっと先生に捕らわれこの場所を離れることは出来ませんでした…でも…コレで…」


 ふわりと微笑んだ彼女は、俺にゆっくり手を伸ばす。


 ゾク…。


 え?


 ガタン!



 突然、背後の本が崩れる。



 「玉城! 大丈夫か!?」


 廊下側から、顔を出したのは豚だった。



 「何だよこれ…? どうやったらこうなるんだ?」


 豚は、図書室の有様に眉を潜めた。

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