まあ、よくあること⑥

 『ナイト』とやらの目には俺はどう映っただろう?


 眼鏡もやしと、もう一人のもやしの顔が蒼白になる。



 キーンコーン カーンコーン

        キーンコーン カーンコーン


 昼休みの終了の鐘が鳴るが、そんなモノは耳に入らない。


 「あ、う、あ…、」


 互いに抱き合うように、二人はへたり込む。


 俺は、へたり込む眼鏡もやしに視線を合わせた。



 「もう一度聞く、今__何て言った?」

 「ひぃ!!!」


 眼鏡もやし達から情けない声が漏れる。


 「____そこまで!」


 背後から、聞き覚えのあるソプラノ。



 「比嘉___」


 立ち上がり振り向くと、そこには死ぬほど嫌いな女が立っていた。




 「…貴方達、有難う……もう行って、授業遅れるわよ?」


 比嘉の言葉に、俺の背後からもやし達が抜け出し脱兎の如く走り去った。


 「何のつもりだよ?」


 比嘉は答えない。


 「ふざけてんのか?」

 「ふざけてるのは、アンタでしょ?」


 はぁ? ナニそれ?


 「備瀬きみこ」


 比嘉がスカートのポケットから、メモ帳を取り出す。 


 「調べた…私はアンタの力になりたかった…なのに!」


 比嘉の目には涙が浮かぶ。


 はぁ?


 意味が分からない!?


 「10年前、この学校であった有名な事件…国語教師と生徒の無理心中。 結果、教師は生き残り女生徒は死んだ。 …そして、程なく生き残った教諭が謎の死をとげた」


 おい、ちょっと待て…?


 「その時、死んだ女生徒の名前が___『備瀬きみこ』 …有名な話らしいじゃない! 知っててわざと調べさせたの?」


 比嘉の表情は怒りに染まる。


 「家庭の事情の事は、聞いてる…部活も残念だったと思う! でも! もうすぐ卒業じゃない…どうして…?」


 俺は、比嘉の問いを無しし階段に足を掛けようと踵をかえした!


 ウソだ!


 間違いであって欲しい…!



 ガシッ!


 駆け上がろうと階段に足をかけた背後から襟をつかまれ、地面に引き倒された!


 「っ!」

 「話しは終わってない____」


 地面に転がる俺を、比嘉が怒りの表情で見下す。



 「へぇ…有名な話なんだそれ…」


 もちろん、俺はそんな話は知らない。


 10年前に死んだ女生徒と、自分の彼女が同じ名前だからそれがどうした?


 …っと、言い返せればどれほど良かっただろう。


 いや…言い返せたはずなんだ。


『普通』なら。


 踊り場に仰向けに引き倒された俺の顔面に、比嘉の上履きが迫った!


 ダン!


 俺は、素早く転がりソレを避ける!


 「ちっ!」


 寸前の所で、素早く立ち上がり体勢を建て直して比嘉と対峙する。


 目には涙を溜め、俺を睨む比嘉。


 はは…裏切られてブチキレちゃったってヤツ?


 正義の味方で体育科最強の女が、我を忘れて武力に訴える。


 いいね…萌えるかもw


 「お前ら! 何やってんだよ!!!」


 そこにタイミング良く『豚』が現れ、比嘉が一瞬そちらに気を取られる。


 俺は、その瞬間を見逃さなかった!


 メキッ…!


 鈍い音がして、比嘉の目が見開かれ現状を把握しようと自分の鳩尾みぞおちを確認する。


 そこに沈むのは、俺の拳。


 声すら発せず、比嘉はその場に崩れ落ちた。


 ビチャビチャと美しい唇から、整理的に黄色い液体を嘔吐する。


 朝飯食ってないのか?


 体に悪いぞ?


 「てめ…相手は女だぞ?」


 豚が一般常識を述べている。


 「せーとーぼーえーだっ! つーのw 先に手ぇ出したのはそこの『正義の味方』だすぃww」


 ヤんなきゃ殺られてた!


 正攻法でこんなバケモンに勝てねーだろ?


 それに、俺はそんな人間兵器張りに強いヤツを女とはカテゴライズしない!!


 鬼畜? 卑怯? 好きに言え!


 俺は、比嘉と豚に背を向ける。


 さっき迄、もやし達がへたり込んでいた所に小さな紙袋を見つけるとポケットにしまい階段に足を掛けた。



 「てめ! 待てこら!?」


 「俺に構うより、比嘉を保健室にでも運んだ方がよくね? 結構手ごたえあったんだよね~」


 静かになった踊り場を振り返らず、俺は図書室に向って駆け出した。




 12階の踊り場から二段飛ばしに駆け上がれば、あっと言う間に目的地にたどり着く。


 図書室の前に、俺は立っていた。


 午後の授業が始まり、只えさえ誰も寄り付かない13階の廊下はシン…と静まり返り図書室の扉はまるで何事も無いかのように開かれるのを待っているように見える。


 扉に手を掛けた。


 間違いであって欲しい…。


 扉の向うに、マイスイートがいない事をひたすらに祈る。


 息を深く吸った。


 ガラッ!


 勢い良く扉を開き、俺は真っ直ぐ見据える。



 「先輩…」


 萌えキャラボイスが微かに震えた。


 ああ、昼より少し傾いた陽だまりに『彼女』がいる。


 思い当たる節が無かった訳じゃない。


 俺達は、この所昼や休みだけじゃないく各授業ごとの短い休み時間にも此処で頻繁に逢っていた。


 『逢うなら図書室がいい』


 そう言ったのは、『彼女』。


 その為、俺は休み時間ごとに体育科の教室のある棟から本館まで走り1階から13階までのあのクソ長い階段を爆走した。


 待っている笑顔に合いたくて。


 はっきり言って、俺の体力・脚力を持ってすれば造作も無い事で…だから最初の内は特に気に掛けてはいなかったんだ。


 短い休み時間、俺の全力を持ってしても最短で4分これが15分の休み時間なら行き返りに8分削られ残り時間で一言二言…そして脱兎の如くトンボ帰る。


 3日程して、俄かに湧き上がる疑念。


 マイスイートは、『どうやって俺より先に図書室にたどり着いているんだろう?』


 最初は、エレベーターでも使っているんだと思った。


 だが、そうでないと知ったのは二日前__。


 比嘉と送迎バスに塗るペンキを取りに行った時、偶然通りかかったエレベーター。


 扉に張られた張り紙に、俺は眉を潜めた。


 『他校のエレベータ事故と同型の為使用禁止4月~』


 特進科一年の教室のある棟は本館からは離れている…。


 だから、どう考えてもおかしい。


 「先輩…もう、気付いてるんですね?」


 彼女は震える声で、言葉を紡ぎ読んでいた本をパタンと閉じた。


 「ごめんなさい…」


 震える声は俺に、謝罪する。


 いつもより、蒼白になった肌が『彼女』はこの世の人で無い事を実感させた。


 「本当に…『幽霊』って奴なの?」


 俺の問いに彼女がコクンと頷く。


 ごめんなさい…ごめんなさい…と、今にも消え入りそうな声。


 俺は溜まらず、彼女に駆け寄ろうと図書室に足を踏み入れようとした!


 「ダメ! 来ないで!!」


 席を立ち、必死の形相で制止する彼女に俺は思わず脚を止める。


 「備瀬…!」

 「もうダメ…『先生』に気付かれた___」


 彼女の白い首筋に、何かが食い込んだように歪に窪む。


 「な_____!!!!」


 ソレを目で確認出来るか出来ないかの内に、体にまるでバットで殴られたような衝撃が走る!


 ダン!


 俺の体は、図書室から弾き出され廊下の壁にぶつかった!


 「っつ!!」


 俺が壁に叩き付けられると同時に、図書室の扉も閉まる。


 その瞬間、俺は見た。


 彼女の首を、背後から握り潰すように締め上げる灰色のスーツ姿。


 笑ってた__。


 10年前…無理心中した…国語教師?


 静まり返る廊下。


 まるで何事も無かったように閉ざされた、図書室の扉。


 「ふざけんなっ____」



 俺は、図書室の扉に前蹴りを入れいる。


 何でこんな事をしているのか、自分でも分からない…。


 『飛び込んでどうするつもりなのか?』と、問われれば…ほぼノープランだ!


 てゆーか、初カノがユーレーってドゆこと?


 つか、ユーレーって何次元? 二次元とかじゃないよね? 質量とかどうなってんの?


 0なの? 空気なの?


 ぷぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 頭の中は、カオスですよ!

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