まあ、よくあること⑤

 俺は、爺ちゃんの耳元へ近づく。


 「じーちゃん! 俺に作り方おしえて!」


 耳の遠い爺ちゃんは、『はぁ?』と言ったので三回は同じ事を言わねばならなかった。



 笑うなよ?


 自慢じゃないが、俺は生まれてこの方『バイト』などをした事が無い。


 そりゃしてみたいが、なかなかタイミングが合わなかったんだ!


 中学は柔道とかしてて時間が無かったし、高校だって体育特待だし寮で無論校則でもバイトは禁止だったから…。


 だから、マイスイートにプレゼントとか思っても自分で自由になる金なんて殆んど無い。


 今からでも、バイトすればって思うだろ?


 けど、バレたらそれこそ退学だ。


 チキンかも知れないが、俺は高校くらいはちゃんと出たいんだ!



 マイスイートの為でもリスクは負えない。



 「だからって彼女へのプレゼントが『お手製』って…引くわ」


 リビングで作業中、背後から辛辣な言葉をかけて来たのは外道シスターズ姉の渚小学校4年生。


 「お黙り! 外道…」


 「外道言うな!!」


 外道シスター渚は、俺の背後を通過し真向かいに座る。


 「何だよ? 晩飯までにはかたすから、ほっとけ!」



 テーブルに10個ほど転がっている『試作品』を渚が手に取る。


 「へぇ、お店に売ってる物みたい…意外に器用なんだ…」


 「お褒めに預かり光栄です、渚様」


 「キモっ」


 俺の柔道以外での唯一の特技。


 『手先の器用さ』


 相当複雑な物で無い限り一回見たら再現可能だ、筋肉質な見た目からは想像出来ない特技だろう。


 そういや一年の頃、美術の時間に豚に『来る学校間違えたんじゃね?』と言われ危うく殴りそうに……うん…もう忘れよう。


 「ま、こんだけ造り込んでたらお手製でも嬉しいかもね…いざって時は買ってきたって言っても誤魔化せるし…」


 渚が、何やら物欲しそうに『試作品』を眺める。


 「そこにある奴なら、貰っていいぜ? トップの部分しかやれないから紐は自分で探せ」


 「ホント!? ありがと!」


 普段の小生意気さが何処へらや…そこには、普通の小4女子の姿があった。



 「あいや~面白い事してるねぇ~」


 台所のほうから『見知らぬ婆ちゃん』が顔を出した。


 「婆ちゃん! 見てコレ、圭が作ったの! 人は見かけによらないでしょ?」

 「あいっ! すごいさ~」


 いつもと変わらない後景の筈なのに、俺の体には自然と力が入る。


 見知らぬ婆ちゃんには、聞きたいことが山ほどあるが今は渚がいる…とてもじゃないがあの件については訊けない。


 「だぁ、婆ちゃんに貸してごらん?」


 見知らぬ婆ちゃんは、渚からクモ貝を見せられると濡れた手をエプロンの端で拭き手に取った。


 そして、クモ貝を握るとそっと口元に寄せて息を吹き込むような仕草をする。


 「はい! 婆ちゃんのマブイを少しめたからね~」

 「わぁ~ありがと!」


 渚は、クモ貝を受け取ると風に見せると言いリビングから出て行った。


 ?


 マブイ?


 込める?


 何したんだろ?



 「だぁ、けーいーのもやろう! はい!」


 見知らぬ婆ちゃんが、手を差し出す。


 俺は言われるまま、マイスイートにプレゼントする最高傑作を手渡した。


 同じように、見知らぬ婆ちゃんは息を吹き込む。


 「はい、終わり」


 う~ん、返されたクモ貝に特に変わった様子は無いのだけど?


 「けーいーは、この前怖い思いしたからねぇ…多くいれたさー」


 ちりちりと耳たぶが、疼く。


 この前。

 

 俺は、霊感が無いにも拘らず生まれて初めて『心霊体験』なるものを味わった。

 無数の赤ん坊の鳴き声に、目蓋すら動かせない体、リアルに耳たぶを噛み千切られる感覚。


 忘れようたって、そうは行かない。


 「コレを大事にもっておきなさねーしたら、けーいーに姿を見せよう見せようする『マジムン《魔物・霊》』も近づけんからさぁ~」


 見知らぬ婆ちゃんは、そう言うと台所に引っ込んで行った。


 あ。


 コレ、マイスイートにプレゼントする物なんだけど…。


 ま、いっか。


 自分のはまた今度でいいや。


 俺は、『もう直ぐ晩御飯だよ』と言う見知らぬ婆ちゃんの言葉を受けテーブルを片付け始めた。



 「はぁ…まだかよ…」


 俺は、図書室へ続く階段に掛けられた『立ち入り禁止』の立て札を見てため息を付いた。


 アレから2日。


 俺は、図書室に行けずにいる。


 原因は、コレ。


 『階段修繕中につき立ち入り禁止』


 12階の階段踊り場に掛けられたソレは、まるで俺とスイートを逢わせまいと目の前に立ちふさがる。


 「また、貴方ですか?」


 背後から、呆れたような声がする。


 振り向くと、そこには『もやしっ子』と言う言葉がぴったりの色白なひょろひょろの眼鏡男が立っていた。


 「まだ、直んねーのかよ?」


 「まだ、修繕中だから立て札が在るんですよ?字が読めないんですか? …コレだから体育科は…」


 眼鏡もやしは、クネクネと身をよじり眼鏡越しに俺を見下す。


 「ボクが、生徒会長になった暁には無能な体育科に日本語の読み書きを義務付けますよ」


 「次期生徒会長様は、先輩に対するお言葉使いがなってらっしゃらないようで?」


 「『先輩』? ソレ、貴方のことですか? …ふっ」



 ああ、殺してぇ…。


 こいつは、二年の川畑郁夫。


 現生徒会では『副会長』らしい…。


 と、言うのもコイツにあったのは二日前が始めてだからだ。


 階段に掛けられた立て札を見ていると、突然背後から現れて歯に衣着せぬ辛辣な言葉を浴びせられたのがファーストコンタクト。


 まあ、特進科が体育科をどう思ってるかなんて知ってはいたよ。

 

 しかし…この眼鏡もやし、俺が手を出さないのを良い事に好き放題言いやがって…!


 「どうしたんです? さっさと、あるべき所へ帰ったらどうです?」


 まるで、犬でも追い払うようにシッシッと手を振る眼鏡もやし。


 ちっ!


 もやし如き0.5秒もあれば駆逐できるが、遺憾せこちとら『卒業』がかかっている。


 俺は、眼鏡もやしに背を向けもと来た階段を下った。


 はぁ…会心の出来のクモ貝はストラップに仕立てて、いつでも渡せる様にポケットに…あれ?


 いくらポケットをまさぐっても、クモ貝のストラップが無い!


 「落としたか!」


 俺は、既に5階まで降りたところから一気に12階まで駆け上がる。


 元の踊り場に差し掛かると、なにやら話し声が聞こえてきた。


 ……?


 俺は、咄嗟に踊り場に差し掛かる辺りで影を潜める。



 「いやぁ! すごいっす! 副会長!」


 「ふっ…これも親衛隊の役目さ!」


 「いいえ! 流石です! 野蛮な体育科相手に完全に打ち勝ってたじゃないですかぁ!!」


 どうやら、生徒会のメンバーと話してる様だ…にしても好き勝手言いやがって!


 「ふふふ…」


 「二日もしのぐなんて! 自分にはとても出来ないっす!」


 「霧香様親衛隊『ナイト』の称号に誓って! 我等が女神の願いとあらば! 例え魔王が現れようとも、この先を通しは_____」


 眼鏡もやしは、それ以上喋る事は出来なかった。


 「_____今、なんつった?」


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