第30話 子を見守る母
暗黒を覆い尽くすほど満天に輝く星々に囲まれて、天母は一人青い球体を見つめていた。だが白く美しかった髪は肩ほどの長さとなっており、足元まであった白髪は失われていた。
だが天母の表情は穏やかだった。その視線は青い球体へと注がれており、そこで暮らしている我が子である息子と娘を見守り続けていた。…これで良い。これで良いのだ。
髪は代償だった。幾ら天母と云えども、何の代償も無く因果律や歴史の改変を行える筈が無い。これは天母自ら犯した過ちに対する代償なのだ。たかが髪だ。別に大した事は無い。
でも自分達神の一族にとって、豊かな白髪は何を意味するのか。…いいや、それでも。
後悔は無い。だって二人の子供を救えたのだから。これで良かったのだと信じている。
だからと、天母は穏やかな眼差しで青い球体を見守り続ける。そこで暮らす二人の子供が新たな道を歩んで行く姿を見届ける為に。
…確かに歴史は改変した。だがそれで争いが止んだ訳では無い。あの子らはアルヴァリエ。当然この先も多くの争いに巻き込まれていくだろう。でもそれは二人が人間として地上で生き続ける以上は仕方の無い事。母である自分はここで見守る以外に無いのだから。
天母の瞳には地上の様々な光景が映り、その中には未だラグマ・アルタによる紛争が続いていた。そして戦場の中心にはアルヴァリエ達の姿。やはり戦いが収まる事は無いのだな。
でも、それもまた人間達の選択であろう。…わたくしが口出す事では無かったのだ。
そう天母は悲しげな顔をした後、想いを振り切るように短く息を付いていく。自らが人間の争いに介入した結果、地上を消滅させるだけでは足らず、時間まで書き換えてしまった。
これがどれほど罪深い事か。分からないほどわたくしも愚かでは無い。
その代償が天母たる権威の証とも言える髪だったとしても、それは自身が犯した行いによるものだ。だから後悔は無い。…その結果、新たに娘一人得る事が出来たのだから。
これで良かったのだ。そう微笑む天母が向ける眼差しの先では、二人の子供が新たな時の中で再び歩み始めようとしていた。そして、もう一人のアキラであるヒカルも交えて。
我ながら無茶をしたものだ。そう思いつつ、天母はいつまでも青い球体を見守り続ける。それが天母たる己の役目だからだ。
この満天の星々を見守る事。それこそ高次を生きる我ら神の一族の役目であり、世界達が道を踏み外さぬよう監視する事こそ役目なのだから。…だからこれで良いのだ。
そう天母は自らに言い聞かせる。…でもその表情は少しだけ寂しげで、また独りになってしまった悲しみに満ちていた。
いいや、我が子らは手の届く所に居るのだから。寂しく感じる必要など何処にも無いのだ。だからわたくしはただ見守り続けよう。それこそ我が使命なのだから。
…あの子らとは、またいつでも逢える。いつでも逢えるのだから――。
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