第20話 無謀な侵入
そんな深緑の大海に近い聖護の海を通り抜け、見事イスヴァニア王国へと侵入した三人だが、これまた何故か一度も何の妨害も受けずにジュード市上空への侵入を果たしていた。
原因は現在深緑の大海で行われている攻防戦だ。彼らがのんびり移動している間に女神による一方的な攻戦と化しており、イスヴァニア王国内に進撃していた多国籍軍の大半が応援へと向かってしまった為だ。それでも地上部隊は残っていたのだが、彼らの機体の色が灰色だったのもあり、何かあっては面倒だと誰も手を出さなかったのだ。
早い話が、状況判断が可能な指揮官が全員深緑の大海の方へと駆り出されてしまった為、残された面々ではスクールのラグマ・アルタにどう対処すべきか判断が出来なかったのだ。
通常なら有り得ない話である。そうも上手く指揮官が不在の場所ばかり移動する事など。だが、これは事実なのだ。…おそらくこれは学生ならではの幸運であろう。
そうして現在彼らはジュード市上空を飛行しつつ、眼下に見える廃市にも等しい街中を眺め回しながら、そのうちの一機が嬉々とした様子で何度も頷いている。
『成程、成程。…配置されてるんは戦車三台、装甲車一台ってとこやな。少ないな~』
『そうみたいだね。…って?』
同じように眼下を見下ろしながら頷いたカイスではあったが、次の瞬間に見えた光景にあんぐりと口を開けて顔を引き攣らせていた。
『…え~。いきなり突撃?』
既にリィナの姿は無く、一直線に地上を目指して降下して行くのが見えた。…その手には長剣を携えて、意気揚々と降下して行くのが遠目でも分かるほどだ。
『……』
何と言うか、色々と凄い女の子である。カイスはそう呆れながら、そういえばと隣に居る友人へと視線を向けていった。…のだが、
『えーっと、ヴェイン?』
やはりと言うべきか。彼にはそんな余裕など無く、返って来たのは切羽詰まった声だった。
『煩い、話しかけるな。落ちたらどうしてくれる』
『…だよね』
二人は何とも情けない会話をした後、先に降下した彼女の後を追うべく怖々とした動きで降下を始めていった。この下にアキラが居る。紅焔の狼が拠点を置く基地があるのだ。
アキラがジュード市に居る事は、事前にヴェインがサーチ済みだ。スクールの管制塔へとハッキングして、アキラのコントロール・サークレットの位置を調べたのである。
もし見つかったら、今度は確実に退学させられるだろう。…そうは言いたいが、残念な事にアルヴァリエ・スクールに退学処分は存在しない。話に聞くところによると、あまりにも素行が悪すぎた学生は卒業後、とんでもない僻地へと飛ばされるらしい。
そこでどんな目に遭うのか。それは飛ばされた者にしか分からない事だ。しかし噂によると、僻地に飛ばされた卒業生で一年間生き延びた者は存在しないらしい。
つまり退学処分の方がマシ。…そういう事である。
ヴェインとカイスは見つからない事を祈りつつ、異様なほど静かな市街地の中へと降りて行く。幸いにも半壊した建造物が見つかり、その中ならラグマ・アルタを隠せそうだ。
建造物は天井に大穴が空いて中が空洞になっており、ヴェインとカイスはその中に隠れていく。着陸した際に結構派手な音を立ててしまったが、自分達の実力ではこれが限界だ。
そうしてカイスは素早くコックピットから姿を現し、片膝付いたラグマ・アルタの膝へと飛び降りながら、腰に下げていた双眼鏡を取り出して周囲を見回していく。
「…アスタロトさん、何処に行ったのかな。まぁでも、やっぱり――」
「ま、そうだろうな。…あの様子なら心配ないだろうが」
この場合そういう問題では無い。ヴェインもまたそう漏らしつつ、同じ様にコックピットから出て行って周囲を見回していく。
だが数秒と経たず二人に注いでいた日差しが遮られて、鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音が響き渡る。
反射的にカイスは腰に下げている拳銃へと手を伸ばして、ヴェインは顔を引き攣らせて頭を両腕で抱えつつ身を震わせていた。
「「…っ」」
それはリィナだった。リィナの訓練機は持っていた長剣を手早く腰へと仕舞って、二人と同じように片膝を付いてコックピットから出て来る。
「あ~、楽しかった! やっぱ偶には暴れんとな。すっきりしたわ!」
「「……」」
何が「楽しかった」だ。…縮んだ寿命はどうしてくれる。二人は互いに物言いたげな顔をしたが声には出さず、どうにか顔を引き攣らせるだけで終える事が出来た。
だがそれにしてもとヴェインは溜息を付いていき、現れたリィナに向かって言っていく。
「先に叩いておくべきだというのは判る。…だがな、相手は多国籍軍だぞ? そして俺達はスクールのアルヴァリエだ。余り軽率な行動を取ると国際問題になり兼ねん。…まったく、俺達はアキラを助けに来ただけなんだぞ。邪魔だからといって叩く奴があるか」
そう言われてリィナは頬を膨らませていき、腰のホルスターから素早く拳銃を引き抜きながらヴェインへと苦々しく言葉を返していく。
「だって仕方ないやん。ここは危険区域やで? せめて自己防衛くらいはせんと。どのみちこんな場所まで来てるんや。腹を括らんと殺されてしまうわ。それとも殺されたいんか?」
「「……」」
むざむざ殺されたい奴が居る筈が無い。…そう言われると二人は口を噤むしかなく、何も言い返せず彼女が持つ拳銃を見つめるしかなかった。
覚悟を決めろ。そう叱られたような気分になり、二人は双眸を歪めながら腰に下げているホルスターから拳銃を黙って引き抜いていく。因みに説明しておこう。この拳銃はスクールの武器庫から失敬したものである。つまり盗んできたのだ。
現状では止むを得ないのだと判ってはいる。…それでも泣き言の一つくらいは言いたい。だって俺はとヴェインは泣き顔をしていき、一人寂しく本音を漏らすしかなかった。
「…俺は射撃がまるで駄目なんだぞ。どうやって相手に命中させろと云うんだ」
自慢ではないが、自分は座学以外の授業にはまるで自身が無い。射撃・格闘技・野外授業等々。因みにコントロール・サークレットを使用した飛行訓練の成績も最下位だ。
逆にカイスはオールマイティーにこなすタイプだった。ほとんどの成績が中の上辺りに位置しており、中には一桁台という科目まで在るほどだ。
まぁ彼の場合、やはり軍の名家に生まれたという事も関係しているだろう。…だがそれは言い訳である。単純にヴェインの運動神経が悪いだけなのだから。
分かってはいるがと情けない声を漏らすヴェインを無視して、カイスとリィナは軽やかに地面へと飛び降りていく。…それに続いたヴェインではあったが、やはり着地に失敗した。
カイスは既に涙顔となっているヴェインに苦笑いしていき、素早く手を差し出して立たせてやり、「行くよ」と声を掛けながら瓦礫の影に隠れているリィナの元へと駆けて行く。
「「「……」」」
三人は無言で銃口を四方へと走らせるが、何故か多国籍軍の兵士達が現れる様子は無い。カイスとヴェインも人の事を言えた口ではないが、リィナはかなりの音を立てて着陸した。あれほどの音を立てれば気付かない方が変だと思うのだが――。
そして多国籍軍の戦車と装甲車を既に破壊している。普通に考えればすぐに応援が駆け付けるものだろうに。何故一向に現れないのか。
何かがおかしい。その漠然とした不安を誰も口にせず、互いに苦い顔をして周囲を見回す。だがそんな緊張感に耐え兼ねたのか、思わずといった風にリィナが漏らしてきた。
「…スクールのアルヴァリエやのにこんな事して、もし教官に見つかったら唯じゃ済まんやろうな。物凄い量の課題とか出されそうや。…でも心配するのは、やっぱ卒業後?」
しかし選りに選ってなリィナの乾いた笑いに、思わず二人は先日までこなしていた課題の山を思い出して身震いしていた。…またあの量をこなせと言うのか。絶対に冗談ではない。
そんな互いの想いを代表するように、カイスは顔を引き攣らせつつリィナに言っていく。
「そういう事を言うのは止めてよ。もう僕達は一度処分を食らってるんだよ? …なのにまた処分されたら、今度こそ僻地に送られちゃう。しかも卒業を待たずに、だよ。全くもう、アキラの奴。見つけたら覚えてろよ! これで無事じゃなかったら唯じゃおかないからな。唯一の取り柄である実戦訓練でどうして馬鹿するのさ。…まったく信じられないよっ!」
言わんとする意味が痛いほど分かる為、へっぴり腰で拳銃を構えていたヴェインもまた確かにと頷くしかなかった。だがしかしと、ヴェインは苦い顔をしながら左腕に着けていた腕時計型端末を徐に持ち上げて操作し始め、そんなカイスに向かって静かに言っていく。
「お前の言う事は尤もだ。…しかしここまで来てしまった以上、今更校則違反を気にしても仕方ないだろうな。まぁ安心しろ。あいつが生きているのは確かだ。あいつのコントロール・サークレットは変わらず信号を発信し続けている。もし既に死亡していれば、サークレットから発信される信号パターンが変わる筈だ。だから生きてはいる。それだけは確かだ」
「…生きては、いる?」
その引っ掛かる物言いに、カイスは訝るように眉根を寄せていた。だがこんな場所で無駄な問答は避けたい。いつ多国籍軍の兵士に襲われるとも知れないのだから。
そんなカイスの心を知らず、ヴェインは腕時計型端末を下ろしながら言葉を続けていく。
「生きてはいる。…だがな、カイス。手遅れである可能性も考えておくべきだと俺は思う。紅焔の狼はここに拠点を置いている筈なのに、何故かすんなり侵入する事が出来た。…でもあいつの信号は間違いなくここから発信されている。変だとは思わないか? 俺達が楽々侵入する事が出来たということは、現在紅焔の狼は何処かに出撃していると考えるべきだ。だがアキラの信号はここから発信されている。しかも俺達でも侵入できるほど薄い警備の中に、だぞ。…折角捕まえたアルヴァリエを一人にするか? 俺にはとてもそうは――」
「止めろよっ!」
不吉な言葉を漏らすヴェインに、カイスは思わず怒鳴り返していた。しかしそこでリィナに「止しや、ここは戦地やで!」と叱られてしまい、二人は苦い顔をして黙り込んでいた。
リィナはそんな二人を一瞥した後、再び銃口を四方へと走らせながら緩りと語り始める。
「お友達さんのサークレットはまだ訃音信号を発信しとらん。…それなら信じるしかない。でも、そっちの気難しい兄ちゃんの言い分も一理ある。やから心に留めておく必要はあるとうちも思う。でもそれ以上やない。考えとらんで進むべきや。考えるだけ無駄なんやから」
「「……」」
まさにその通りだった。しかもと、二人はどちらともなく思っていた。…おそらく彼女は戦争経験者だ。それもアキラの様に焼け出された方では無い。彼女の動きは兵士さながらだ。余りにも的確に状況判断が出来過ぎる。唯のスクールの学生にはおそらく不可能であろう。
そして彼女は、真っ先に地上の戦車を破壊した。何よりも拳銃を構える彼女からは危険な臭いしかしない。…この臭いは人殺しに慣れた者の臭い。殺戮者の臭いだ。
そんな二人の想像は正しかった。リィナは激戦地として有名な国の一つである赤道直下のフェイゲルという小国の出身者で、生まれた時から戦場の真っ只中で生きて来た。
リィナが生まれ育った村では女子供問わず誰もが銃を取り、敵が来れば銃を携えて戦いに出ていた。男は当てにならない。自分の身は自分で守る。それがリィナの常識だった。
でも、リィナにはアルヴァリエとしての資質があった。その為にスクールへと進学する事が義務付けられ、戦うだけの日々から抜け出す事が出来たのである。
そんな彼女だからこそ、余計に戦争が大嫌いなのだ。だからこそ誰よりもスクールが好きだし、友人が軍隊に捕まったと聞いて手を貸そうとも思った。彼女だからこそだ。
だからこそこんな危険な場所まで付き合った。…彼らから再三必要無いと言われても。
彼女は善意で手を貸してくれているのに。それを思い出して二人が申し訳なさそうな顔をしていると、そんな二人に気付いたのかリィナは苦笑しながら言葉を続けてくる。
「良いやんか、うちらはまだ学生なんやから。…生きてるって信じたらええ。それにうちらはアルヴァリエや。本来アルヴァリエは厳正中立であるべきなんや。何もうちらまで理事会の命令に従う必要なんて無い。うちらにはうちらの正義がある。そうやろ?」
「「……」」
それに二人は沈黙した後、その通りだと大きく頷いていた。そしてヴェインは瓦礫の山に囲まれた建造物を指差していき「信号はあそこから発信されている」と告げていく。
リィナはそれに頷いてから、カイスに目配せして瓦礫の影から飛び出して行く。そうしてカイスはヴェインの背中を押していき、先に行くよう促して瓦礫の影から押し出していく。押し出されたヴェインは青い顔をして走るしかなく、カイスもまたその背中を追うように勢いよく走り出した。…三人は辛うじて残っている建造物の残骸やガードレール、黒焦げになった車などに身を隠しながら目的地を目指して只管と走る。
…彼らはその間、先ほどリィナが発した言葉を自らの胸に刻んで言い聞かせていた。
まだ自分達は学生だ。本来厳正中立である筈のアルヴァリエ。そのアルヴァリエを誰かに利用されぬよう、その為に自分達は救いに行くのだ。…学生が友人を救いに行って何が悪い。理不尽な理由で捕らわれた友人を救いに行って何が悪いのだ、と。
余りにも子供染みた理由だった。だがそれでもと、彼らは険しく表情を引き締める。絶対にアキラを利用させてなるものか。軍になど利用させはしない、と。
その為に自分達は行くのだ。…まだ学生であるという立場を武器として。
友人を救いに行って何が悪い。誰も助けてくれないのだから、自分達で行くしかないではないか。それを責められる謂れは無い。己の友は己で助けに行く。それだけだ。
それの何がいけないのだと、彼らは心中で叫び続ける。…きっとアキラは生きている。
今は信じる以外に無い。だから待っていてくれと、彼らは只管と祈り続けるのだった。
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