第18話 所詮は一年生だもの
セグヴァ・スクールで内紛が発生する少し前、訓練機であるラグマ・アルタが三機、密かに大空へと飛び立っていた。
因みに事務局の方には「模擬試合を行う」と、事前に許可を申請してある。しかもその際、三人分のパワード・スーツとコントロール・サークレットまで貸し出してくれたのだ。
…何と有り難い事か。事務員さん達、有り難う!
そう彼らは心中で感謝しつつ、怖々とした動きで飛び続けていた。しかしその動きは何も無い空間で何度も突っ掛かりながら、今にも墜落しそうな安定感の無さだ。
一体誰が乗っているのか。…そう、彼らは今年入学したばかりの一年生。まず先頭を飛ぶのはリィナ、そしてカイス・ヴェインと続いている。
とても残念なことに、リィナもまた一年生だったのだ。しかも彼女は強硬手段を十八番としていたらしく「ラグマ・アルタを盗んでしまえ」と、そう二人に提案して来たのである。
だがそれは余りにもとヴェインが慌てて制止して、学年を偽ってラグマ・アルタ使用許可を申請したのである。しかし彼らは知らなかった。…何故偽装した書類がばれなかったのか。
実は書類を受け取った事務員は気付いていた。だが書類に記載された日時を見て、敢えて気付かぬ振りをして申請を許可してくれたのである。
その日は上級生によるラグマ・アルタ強奪の決行日であり、彼ら事務員は学生側に付いていたのである。…他にも学生側に付いた教官や警備員は何人か居り、それらの情報を事前に入手していた事務員達は少しでも多くの下級生をスクールから遠ざけようとしたのである。
だからこそ三人分の装備を易々と入手する事が出来て、こうして何の苦も無くスクールを飛び立てたのだが――。とても残念な事に、下級生である彼らはそれを知らない。
知らないと云うのは時に強みでもある。…果たしてそうであろうかと疑問に思う瞬間だ。
しかし、事務員達による有り難い根回しは彼らには通じておらず、そんな事もあって、怖々と飛び続ける彼らの間ではこんな会話が流れていた。
因みに第一声はリィナだった。彼女はナンバー・Ⅰの訓練機に乗っているのだが、先ほどからずっと大爆笑し続けている。そして後ろの二人を振り返りながら言うのだった。
『あんたらのスクール、こんなで大丈夫なん? …書類を提出してもオール・スルーやし、挙句にサークレットとスーツまで貸し出してくれるし。流石に警備上ヤバすぎるやろ』
『うん、僕もそう思う。…流石にこれはちょっと、ねぇ』
どうなんだろうか。そうカイスは漏らしつつ、隣を飛んでいるヴェインに眼を向けていく。だがヴェインはそれどころではなく、カイスに差し出された左腕を頼りにして機体を安定させようと必死で、そんな中で向けられた問いに苛立ちながら答えていく。
『俺に訊くな。…万一の時は格納庫を襲撃しよう。そう言っていたのはお前達だろう。俺は初めからそんなつもり無かったし、そんな力押しが通用するとも思っていなかった。なのにお前達は何処からか人数分の拳銃を入手するわ、手榴弾を入手するわ。そしてリィナ、お前は他にも何か武器を用意していただろう。よくそんな物騒な代物を持ったまま格納庫まで辿り着けたな。俺にはむしろそっちの方が信じられん』
そうヴェインが呆れ声でぼやいていくと、リィナがそれに嘆息混じりで答えてくる。
『色々ちっちゃい事を気にする男やな。あまり変な事を気にすると長生き出来んで』
『……』
さらりと恐ろしい言葉を返されたような気がして、ヴェインは身の安全を優先して何も言わず沈黙するに留めた。…下手な事を言って危険な事に首を突っ込むのは御免である。
まぁ二人の遣り取りは横に置いておいて、確かに変だとカイスは苦い顔で漏らしていた。
『ヴェインと一緒に事務局へ行った時、何か変だなって思ったのは事実だよ。事務員さん達の様子はおかしかったし、僕達に聞こえないよう小声で何か喋ってたみたいだしさ』
『……』
それにもヴェインは何も答えられず、カイスに支えられながら無言で飛行し続ける。二人が何を危惧しているのか。それが分からないヴェインでは無い。だがそれを知った所で現在の自分達に出来る事がある筈も無く、本来ならアキラを救出するなど出来る筈も無いのだ。
でも理事会が動いてくれなかった。…そして刻一刻と変化していく戦況。このままではと焦りばかりが募っていき、居ても立っても居られなかった。
二人が言いたいのは、セグヴァ・スクールもまたユーライアと同じ道を辿るのではないかという懸念だ。…事務員達の様子、そして上級生達。一部の教官と警備員。
スクール内は明らかに不穏な空気に包まれていた。そんな中ですんなり通った申請許可。何かあるのではないかと勘繰るのが普通だろう。
彼女が通っていたユーライア・スクールに配置されていた訓練用のラグマ・アルタは全て、学生達の知らぬ間に装甲強化が施され、武器庫には多くの銃火器が搬入されていたらしい。そして装甲強化が完了したラグマ・アルタに学生達を順に乗せていって、教官に扮していた多国籍軍指揮官の命によって戦場へと送り込まれていった。
その戦場こそイスヴァニア王国であり、破格の裏金に一部の理事会メンバーが動かされ、賛成多数で訓練機の使用権原を期限付きで譲渡してしまったのである。
まるで冗談のような話だと、そうリィナは憤慨しながら語っていた。…だが彼女はそれを知ってしまったからこそ、自らの身に危険が及ぶ前にスクールを脱出するしかなかった。
しかしと、彼女は続けてこうも語っていた。ユーライア・スクールが在るノア大陸だが、実は北半球でも北方に位置しており、周辺は全て多国籍軍に加入している国ばかりだったのだ。その為に断れなかったのだろうと、彼女は肩を落として悲しげに告げていた。
そんな事情を抱えるユーライア・スクールとは違い、セグヴァ・スクールは赤道を跨いだ大海原である聖護の海の中心に在る。だから戦争に関わる可能性は皆無に等しいと思っていた。それはスクールに通う他の学生達も同じであろう。それなのに――。
互いに可能性を示唆する彼らだったが、既にスクールでは内紛が発生している事を彼らは知らなかった。…彼らがラグマ・アルタで飛び立った後、それは起きていたのだ。
ユーライア・スクールが多国籍軍に加わってしまった為、セグヴァ・スクールに所属するガイア諸国連合軍側の理事会メンバーが先手を打ち、一部の学生に情報を流してしまったのだ。元々過半数を占めていた多国籍軍側のメンバーはそれを知って、スクール内に残っていた卒業生や教官などに銃殺するよう命じた。
これこそ現在スクール内で発生している内紛の全てであり、上級生達が我が身を捨ててでも阻止しようとしているのが実態の全てだった。
情報を流した理事会メンバーは、暴動にまで発展するとはおそらく思ってもいなかったであろう。…だが、それ以外に方法が無いのもまた事実だった。
そもそも何故多国籍軍がユーライア・スクールを味方に付ける事が出来たのか。…普通に考えれば、幾ら破格の裏金が動いたからと云っても有り得ない話だ。
その理由を大部分の者達は知らなかったが、実はアキラの訓練機がイスヴァニア王国内でガイア諸国連合軍であるサクラの機体と行動を共にしているのを目撃された事に在る。
目撃した多国籍軍の兵士はこれを上官へと報告。そして多国籍軍は三校あるスクールの一校がガイア諸国連合軍に加担したと判断して、自分達に敵対する可能性が最も低そうなスクール、つまりユーライア・スクールに眼を付けたのである。
そうしてユーライア・スクールは多国籍軍の一員となり、現在はセグヴァ・スクール内で乱闘が繰り広げられている。
幸いにもラグマ・アルタが収容されている格納庫へと続く通路は地下にしかない。その為に実戦訓練を受ける資格の無い下級生達は巻き込まれずに済み、地下で銃撃戦が始まったと教官らに知らされて避難する事が出来ている。
模擬試合と称してスクールを出た三人もまた然りであり、彼らがあの惨劇に巻き込まれずに済んだのは幸いとしか言いようがない。
だがこの時、彼らが飛行する聖護の海の南方に在る深緑の大海。そこで常軌を逸した戦いが行われていた。…後少し彼らが南方を移動していれば巻き込まれていたかも知れない。
そんな間近で行われている戦いの事など露知らず、彼らはガイア諸国連合軍に捕まっている友人を救う為に大空を翔る。
確実に忍び寄って来る終焉の足音。その足音が向かう先は果たして何処なのか。この戦争を拡大させている者達の元か。それとも前線で戦う兵士達の元か。…もしくは――。
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