第2章 狂気こそ真実

第11話 終わらぬ悪夢


 …少年はふと何かに気付いたように顔を上げる。そして一回りも二回りも小さくなった自らの体を見下ろしていき、あれと疑問に思うように首を傾げていった。


 でも赤黒く焼けた左腕が痛みを発しているのに気付いて、少年は…アキラは一体ここが何処なのか正しく理解した。ここは遠い日の想い出と化した己の記憶。…即ち過去なのだと。


 あれほど高く聳えていた摩天楼は猛火と黒煙の中へと消え、酷い悪臭が鼻腔を支配する。これは何の臭いだろう。だがおそらく、判別するのは不可能だと思えるほど酷い悪臭だ。


 地面には赤く爛れた物体が幾つも転がっており、その原形を保っているものは既に無い。転がっているのは果たして父か母か、それとも上の姉か下の姉か。


 もしかしたら近所のおばさんかも知れない。それとも仲良くしていた友達か。だがそれら全てが人としての形を失い、炎に塗れて灰となって消えてゆく。


 何もかも炎の中に消えて、自分だけが一人残されて――。そんな中、少年となったアキラは不思議そうな顔をして何かを見上げていた。


 それは天を舞うたびに黄金色の燐火を放ち、冷たい鋼鉄の瞳をした巨人の騎士であった。酷く冷たい瞳は深い悲しみを湛えて、怒りと苦しみを刃に乗せて全てを破壊していく。


 猛火と黒煙に塗れた空を二機の騎士が交差する度に、甲高い金属音が鳴り響いて空気を震わせる。赤と黒だけの世界に青白い火花が飛び散ってとても綺麗だ。


 全てを奪われて、自分という存在すら不確かな中でアキラはそんな事を思っていた。でもアキラが人格崩壊を起こすには僅かに至らず、眼前の光景を見てそうだと思い出していた。


 …確かあれはラグマ・アルタと呼ばれる人型兵器だ。炎に巻かれて死んだ両親や祖父母が情報番組などを見ながら、不満を露わにしてその名前を口にしていたのを覚えている。


 それは一般人にとって最恐最悪の兵器であり、同時に人類にとっては無くてはならない最後の砦とも云うべき救世主でもあった。


 本来ラグマ・アルタは未知なる化け物ガルーダを倒す為に開発された兵器であり、現在のように都市を壊し、無差別に人々を殺す為に在る物では無い筈だ。


 だが誰一人口にこそしないが、真実が何処に在るのか知っていて黙っていた。あれは人を殺す為に開発された殺人兵器であり、対ガルーダ用というのは建前なのだという事を。


 誰一人真実を口に出来ず、誰にも聞かれぬよう陰で漏らすしかなかった。…あれさえ開発されなければ、と。


 あれさえ開発されなければ、戦場がここまで拡大する事は無かった筈だ。エネルギー供給の必要が無く、あれを操縦できるアルヴァリエと呼ばれる者さえいれば無尽蔵に動かせる。全く非常識な兵器である。…一体何が動力源なのか。それは一般人には知りようの無い話だ。


 知らぬ方が良いのだろう。そんな機密情報など知らぬ方が良い。しかしそれは大人だからこそ割り切れる話であって、アキラのような子供には理解出来ない事であった。


 子供達はまだ信じていたのだ。…あれは人類を救ってくれる救世主なのだと。本当に大変な時には助けてくれるのだと。


 でも違った。現実は眼前の光景こそ全てだったのだ。それ以上に何故気付かなかったのか。対ガルーダ用か、もしくは対人用なのかなど関係ない。現にあれは人を殺しているのだから。


 ラグマ・アルタは都市を破壊して人を殺す。突然上空より飛来して来て、瞬く間に都市を火の海へと変えてしまった。都市の防衛機能は何の意味も為さなかったのである。


 余りの速さに空襲警報も間に合わなかった。近隣の基地から戦車や戦闘機が出撃したと誰かが叫んでいたが、結局どうなったのか。…何も出来ずに終わったのだろうか。


 そんな事を思いつつ、アキラは空虚な眼でそれを見つめ続ける。悉く都市を破壊し尽し、容赦なく人々を葬っていったラグマ・アルタと呼ばれる兵器を。


 皆あれに殺されてしまった。優しかった祖父母も両親も。少し意地悪だった二人の姉も。何もかもあれに奪われてしまった。何も出来ない自分だけが残された。


 逃げ惑う気力など疾うに無く、アキラはぼんやりそれを見つめ続ける。もう思考するのも億劫だった。…だって、もう何もかも無意味なのだ。もう何も残されていないのだから。


「―…もう」


 そんな時、上空に凄まじい数の砲弾が放たれる。それはアキラの頭上を目指して真っ直ぐ飛んでおり、それに気付いたアキラは諦めにも似た笑みを零していた。


 これで死ねる。これで皆の元に、家族の元に行ける。…そう思ったのに。


「…どうして」


 何かがアキラの体を覆って、その身を挺して全ての砲弾を自らの背中で受け止めていく。それに驚いてアキラが顔を上げていくと、その何かが柔らかく微笑んだ気がした。


 そしてその何かがアキラを見下ろしてきて、腫れ物に触るような声で言うのだった。


 ――少年、大事ないか。…と。

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