第8話 営倉行き


 そうして再び紅焔の狼が占拠している街へと戻されたアキラだったが、戻るとすぐさま工場の中へと戻って行き、二機は元のように並んで収容された。

 コックピットの前には通路が掛けられてきて、隣に立つ桃色のラグマ・アルタから颯爽とサクラが降り立って行くのが見えた。


『……』


 しかし、どうにも慣れない。この殺伐とした臭いに慣れないのだ。…でもこのままと云う訳にもいかず、アキラは止むを得ずサクラに倣うように外へと出て行く。


 だが降り立ったアキラが顔を上げる前に、目の前に戦闘服を着た体格のいい男が現れて、行く手を遮るように立ち塞がってアキラを見下ろしてきた。


「おい」


「?」


 そう野太い声に呼び止められて、アキラは何だろうと顔を上げていく。すると眼前に男の拳が飛んできて、アキラの左頬を容赦なく殴り付けてくる。


「…ぐぁっ!」


 突然の事だった為に対応できず反対側の手摺りまで吹き飛ばされてしまい、その衝撃に顔を顰めはしたものの、アキラは手摺りを頼りにどうにか立ち上がった。


 そこへサクラが近づいて来て、アキラを殴った男達を壁にするように背後へ立ちながら、殴られた痛みに顔を顰めているアキラへと冷めた言葉を投げていった。


「貴様の所為で我が部隊の潜伏場所が漏れる所だった。…いいや、既に漏れてしまったかも知れないのだ。真っ先に探知したのが馬鹿な学生達だったからと云っても安心は出来ない。おそらく貴様が発信した救難信号は敵部隊にも探知されただろう。我が部隊に学生である貴様が居ると知られれば、流石の我が部隊も唯では済まない。…学生が対人戦争に参加するのは禁じられているからな。…まぁだから、だ」


「へ?」


 含みを持たせる様に言われて、アキラは眼を白黒されながら次の言葉を待つ。すると彼女は徐に男達へと眼を向けていき、残忍な笑みを浮かべながら言うのだった。


「楽しい楽しい反省の時間だ。精々味わうと良い。…おい、連れて行け」


「はい」


 男達は彼女へと短く答えた後、間抜けな格好で手摺りに掴まっているアキラの体を左右から引っ張り上げていき、その体を引き摺りながら何処かへと連行していく。


 だがアキラは状況に付いて行けず、慌てて彼女を振り返りながら叫ぶしかなかった。


「…ちょっ、待てよ! えーっと、サクラさん? これは一体――」


 すると彼女は呆れ顔を浮かべていき、そんなアキラへと嘆息していく。すると男達はそれだけで全てを察したのか、二人の会話が終わるのを待つように無言で歩みを止めていった。


 それを見て、サクラは溜息を付きながら間抜けな格好をしているアキラを見つめていく。そして無表情な声色でアキラへと告げていった。


「ヴァイスマン少佐と呼べ。貴様に罰をくれてやると言っただろう。まさか無罪放免になるとでも思っていたのか? それこそ冗談だろう。だが貴様は貴重なアルヴァリエだからな。刑務所だけは勘弁してやると言っているのだ。これから快適な一人暮らしが待っているぞ。まぁ三日間だけだがな。有り難く思え」


「何処が快適なんだよ、それ。…つまり営倉に入れって事か?」


 思わずそう訊ねると、サクラがまるで驚くように「…ほう?」と声を上げてくる。しかし残念な事に、当のアキラは自分が発した単語の意味を全く理解していなかった。


 元々アキラは勉強が大の苦手であり、こうして実戦訓練を受けさせられる羽目になったのは、単純にラグマとの適合率が良かっただけに過ぎない。…つまりは、である。彼の知識では「営倉」という言葉そのものが理解できていなかったのだ。


 …とても可哀想な事に、自分で発した単語の意味を全く理解できていなかったのである。


 だがサクラの方は驚いたように眼を瞬かせており、成程と何かを納得して小さく微笑みながらアキラへと言ってきた。


「何だ。史上最悪の阿呆という訳でもなかったか。…まぁそうだな。だが安心するが良い。営倉にはどれだけ長くても三日しか入れない。学生には三日間でも辛かろうが精々頑張れ。普通なら懲罰部隊行きか刑務所が相当なのだぞ。自分がアルヴァリエである事を感謝するのだな。…ああ、だが――」


 彼女はそう言いながら楽しげに笑いつつ、目線だけで男達に「連れて行け」と命じていく。そして不気味に笑いながらアキラへと言うのだった。


「三日…か。ふふ、死んでいなければ三日後に会おう。…まぁ安心するが良い。もし死んでいれば骨くらい拾ってスクールへと返してやる。そうなればスクールに戻れるぞ?」


「…って、おい」


 とんでもない彼女の言葉にアキラは眉尻を跳ね上げていき、自らの体を拘束する男達に抵抗するように足をばたつかせ始める。


 そして遠ざかっていく彼女に聞こえるよう息を吸い込んでいって、力の限りで声を張り上げながら怒鳴り返していくのだった。


「だ・れ・が、死んだりするもんか~っ! …見てろよ。ぴんしゃんして戻って来てやるからな。顔を洗って待っていやがれっ! 絶対に死んでなんかやらねぇからな~っ!」


 サクラは見事な捨て台詞を吐いて連行されていくアキラを一人で見送りながら、やがてその姿が見えなくなると、思わず小さく吹き出して漏らしていた。


「本当に馬鹿だな、あいつは。…営倉に入れられて死ぬ筈が無かろうに。それでは刑務所に送らず営倉入りにした意味が無い。本当に何も知らないのだな」


 サクラは声を立てて腹を抱えながら笑い、やがてその笑いが収まっていくと、未だに着たままのパワード・スーツから戦闘服へと着替えるべく自らの部屋へと戻って行った。


 そして連れて行かれたアキラの方はと云うと、この三日間で営倉という代物を嫌というほど味わう事になるのだった。


 …人間、何事も習うより慣れよである。


 まぁ馬鹿に物を教えるには手っ取り早い方法とも云えるので、まさに馬鹿の部類であるアキラには丁度良い方法とも云える。


 そんな事をサクラは思いつつ、その馬鹿の所為で費やした労力の垢を落とすべく部屋へ戻る。偶にはのんびりシャワーでも浴びよう。


 どれだけ男勝りで強かろうとも、やはりサクラも女だ。偶には時間など気にせずゆっくりシャワーを浴びたい。…腐っても少佐なのだ。それくらいの自由は許されるべきであろう。


 そう思うと気ばかりが焦ってしまい、自然と早足になってしまうサクラなのだった。

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