第5話 だって学生だもの


 …アキラの気分はまさに「ここは何処でしょう?」と云った感じだった。


 改めて考えてみれば、単純に自力で飛べば良かったのだ。ラグマ・アルタ最大の特徴は、たとえ機体が大破寸前でも飛行能力だけは最後まで残るという点だ。…たとえどの部位を破壊されても、飛行機能には何ら問題は無いのである。


 つまり操縦者であるアルヴァリエさえ無事なら飛べる。それこそラグマ・アルタだった。


 それなのに、結局アキラは自力で飛ぶという事をすっかり忘れたまま、ずっと女性が操縦する…サクラが操縦する機体にしがみ付いたままだったのである。


 ここまで来ると男として非常に情けない。まさか女性にしがみ付いたままだったとは。


 サクラは瓦礫の山と化した都市上空を永遠と飛び続けたかと思えば、突然方向転換して何処かの工場へと降り立って行った。…ここでアキラが一番驚いたのは、どう見ても年代物としか思えない工場の天井が左右に開いてサクラの機体を赤いライトで誘導した事だった。


 明らかに普通の工場では無い。初めからラグマ・アルタや戦闘機を収容する為の軍事施設として設計されているか、もしくは後で改良を施されたかのどちらかだ。…だが、おそらく後者であろう。工場内は軍用にしては酷く赤錆びているし、何処か古めかしい印象を受ける。


 そんな薄暗い工場の中へ連れて行かれたかと思えば、二機のラグマ・アルタを収容した後に内部は突然明るくなり、それを眩しく感じてアキラは思わず眼を閉じてしまった。


 次第に眼が慣れてくると緩やかに瞼を開けていって、そこに広がっていた珍妙な光景に顔を顰めずにいられなかった。…簡単に言ってしまうと、赤錆びた建物の中に最新式の兵器がずらりと並んでいるのである。明らかにこれはと顔を顰めた瞬間だった。


 だがそれよりもと、アキラはコックピットの中から周囲を見回しながら恐れ戦いていた。


『……』


 怖い。物凄く怖い。…見た目こそここは一般的な工場ではあるが、内部の様子からするにここは明らかに軍の格納庫だ。収容された二機のラグマ・アルタの周囲には何機もの戦闘機がずらりと並び、二か所ある地上の出入り口付近には戦車や装甲車と思われる軍用車両が何台も並べられており、壁にはロケットランチャーや重機関銃・軽機関銃、そして自動小銃などと云った様々な銃火器が隙間なく括り付けられているのが見える。


 ここまで装備が充実しているのだ。ここの部隊は間違いなく普通の部隊ではないだろう。アキラには恐怖でしかない恐ろしい光景が広がる中、移動式の通路が二機のラグマ・アルタへと伸びてくる。すると隣に収容された桃色の機体のコックピットの装甲が上下に割れていき、そこからサクラが現れて軽やかに通路へと降り立って行った。


 それを見計らったかの様に、通路の向こう側から迷彩柄の戦闘服を着た軍人達が歩いて来る。彼女はそんな軍人達へと歩み寄って行き、何度かアキラの機体へと視線を向けながら話し始めてしまった。


 サクラは癖の無い長い黒髪と黒い瞳をした女性で、自分よりも巨漢の軍人達を前にしても凛とした姿勢を崩さず、まさに軍人の中の軍人と云った感じの女性だった。


 彼女は機体と同じ色である桃色のパワード・スーツを着ており、やはりその額には現在のアキラと同じように紫の宝玉が付いたコントロール・サークレットを嵌めている。


 …因みに説明しておこう。現在のアキラもまた実戦訓練の為に灰色のパワード・スーツを着ており、額には彼女同様コントロール・サークレットを嵌めている。これらを着なければ実戦訓練の授業を受けられないからだ。


 別に受けられなくても良いのに。…そうは思ったが、教官はちゃんとアキラ用にこれらを注文しており、にこりとも笑わず「事務局の受付で受け取って来い」と命じたのである。


 そうしてアキラは第一セクターにある事務局へと向かい「くださ~い」と、泣く泣くそれを引き取ったのである。…しかしそれにしても、始めてスーツに袖を通してこれとは。


 つくづく自分は運が無い。いいや、それ以前にナンバー・Ⅰに乗っていた先輩がいけないのだ。深追いなんてするからだ。…まぁだが、結局捕まったのは自分だけではあるのだが。


 う~ん、情けない。情けなさすぎる。やはり悪いのは自分ではないか。


 そうアキラが一人で自己嫌悪していると、それまで話をしていたサクラが突然こちらを振り向いて来て、その黒い双眸を訝しげに歪めながら呆れ顔をしてアキラに言ってくる。


「何をしている。さっさと降りて来い。…まさか腰でも抜けたのか?」


『…い、いいえ。そういう訳じゃ無いですよ? …無いんですけど』


 咄嗟にそう否定はしたものの、それでもアキラはコックピットから出られずにいた。


 だって怖いんですもん。…だってここさ、多分あんたらが不当に占拠して改良した工場か何かでしょう? 俺にはそうとしか思えないのですが。


 そうアキラは苦い顔をしつつ、改めて工場内を見回していた。…やはりそうだ。おそらくここは嘗て工場だったのだ。どう考えても軍用車両などを収容する施設とは思えない。


 だって天井の一部や壁が赤錆びているのに、最新式の装備が揃っているのは変だ。しかもその最新式の装備品、既に使い込まれている形跡があるから性質が悪い。


 アキラのような学生とって、これらの光景はただ恐怖でしかない。…確かにスクールにも射撃の授業はあるが、それは二年生になってからだ。一年生は触る事も許されていない。


 そんな光景を前にすれば、ペーペーの一年生でしかないアキラは怯える事しか出来ない。いくら彼女に手招きされても、とてもではないがコックピットから出る気にはなれない。


 不安ばかりが渦巻いて、どうしてもアキラは二の足を踏んでしまう。ここを出たら自分はどうなるのか。捕虜にでもされるのではないか。…最悪の場合、拷問されるかも知れない。


 どちらも御免だ。…でも逃げたくても逃げられない。恐怖で体が震えて上手く飛べる自信が無い。先ほど背中に攻撃を受けた影響もある。怖くて飛べないのだ。


 それが精神的なものだという事は理解している。でもどうしようもないのだ。…だって、


(男の子でも怖いものは怖いわい。始めてラグマ・アルタに乗ったのにこんな事になって、それで全く怖くない奴が居たら俺は見てみたいわ。…無理を言うなっての)


 普通は怖いと思う。いくら男の子でも怖いものは怖い。せめて足が竦んでしまうくらいは許して欲しい。…だが残念な事に、戦闘服を着た軍人達は許してくれなかったようだ。


 彼らは背負っていた軽機関銃を突然構えてきて、その銃口をアキラが乗っている機体のコックピットへと容赦なく向けてきたのだ。


『…っ!』


 思わずアキラが息を呑んで身を竦ませていくと、それに逸早く気付いたらしいサクラが軍人達へと「止せ」と命じてくれて、軍人達が構えた銃口を下ろさせてくれた。


 そして彼女は依然閉ざされているアキラのコックピットの前へと歩いて行くと、静かな眼差しでそれを見つめながら右手を差し伸べてアキラへと告げてきた。


「安心しろ。…お前が何も知らないのは判っている。お前が乗る機体のナンバーはⅢ。それが示すのは、お前が五機の中で最も未熟だという事だ。チーム・リーダーですらないお前に不当な真似などしない。まぁそのチームによって違うが、リーダーが乗るのはナンバー・Ⅰかナンバー・Ⅴだ。真ん中の数字であるⅢを持つ者、そしてナンバーの下にある赤い一本線。お前、一年生なのだろう? だから心配するな。不当な真似は絶対にしない。私を信じろ」


『…で、でも――』


 怯えながらアキラは漏らすが、そう告げる彼女を信じてみたいと思えてくるから不思議なものだ。…どのみち、このまま籠城戦を続ける訳にもいかないのだ。ならば彼女の言葉を信じるより他に在るまい。選択肢が他に無いのだからどうしようもない。


『…、分かった』


 アキラは諦めるように苦々しく言って、起動したままだった主電源を落とすべく頭上にあるラグマへと静かに念じていく。するとそれまで見えていた周りの光景が虹色の光へと変わっていき、重厚な金属音が響き出して虹色の光がアキラの前だけが薄くなり、目の前にあるコックピットの扉が開いた事をアキラに知らせてきた。


 するとそこから一本の腕が伸びてきて「出て来い」と言わんばかりに、サクラらしき桃色をした華奢な腕がアキラへと向けられてくる。


『……』


 手を掴めと、そう言っているのだろう。アキラに外へ出て来るよう促しているのだ。


 アキラはかなり考えた後、止むを得ずその腕を取っていた。すると彼女から一気に外へと引っ張り出されてしまい、その反動で正面に立っていた彼女の体へと体当たりするように抱き付いてしまう。


「うわっ!」


 桃色をした何か柔らかいものに抱き付いてしまい、それがサクラと名乗る女性の体だと気付くとアキラは恥ずかしさのあまり赤面していた。一方サクラはそんなアキラを余裕で受け止めて、一瞬だけ驚いたような顔をした後に楽しげな口調でアキラへと言っていった。


「…ふ、図体は大きいがまだ子供だな。顔付きが幼い。…見ろ、顔が真っ赤ではないか」


「い…一々言うなよ~っ!」


 彼女の胸に顔を埋めるように抱き付いてしまった為、恥ずかしくて彼女の顔を見る事が出来ない。だが彼女が笑っているのは確かで、それがアキラの羞恥心を更に膨らませていく。


 先ほどまでの恐怖は何処へやら、すっかり気恥ずかしさの塊となったアキラは赤面するしかなく、もごもごと口を動かしながら言い返すしかなかった。


「…わ、悪かったな。俺は純情なんだ。いたいけな若者をからかうなっての!」


 必死に声だけで反論するが、サクラは楽しげに微笑んだままアキラの後ろ頭へと右腕を回して抱え込んでしまった。そして少し離れた位置で自分達の遣り取りを黙って見守っていた戦闘服姿の軍人達へと向き直っていき、不敵な笑みを浮かべて彼らへと言っていく。


「それ見ろ。可愛いではないか。御覧の通り子供だろう? …しかし私とて馬鹿ではない。もし刃向かって来れば殺すつもりだったさ。だがこいつは刃向かって来なかったし、何より黙って私に付いて来たしな。それに将来有望な若者をそう殺す必要も無いだろう。こいつは今でこそこんなだが、一応貴重なアルヴァリエなのだからな」


「…ですが、ヴァイスマン少佐」


 彼女の言葉に納得が出来ないのか、彼らは不満そうな顔をしてアキラを睨み付けていく。そして背負っている銃をわざとらしく揺らしていき、その顔にありありと殺気を滲ませて拳を握り締めていた。


「…っ」


 彼らの殺気を恐ろしく感じてアキラが小さく震えていくと、アキラの頭に回されているサクラの腕の力が強まるのを感じた。


 そして先ほどまでの表情とは打って変わり、凍て付いた眼差しで彼らへと言っていく。


「何だ。何か問題でもあるのか。…それとも何か? 私の判断に不満があると、貴様はそう言うつもりか。…この私に、紅焔の狼の中で最も敵を殺してきたこの私にっ!」


 彼女から射殺すように言われて、軍人達は慌てて背筋を正して頭を振りながら謝罪する。


「…い、いいえ! 申し訳ありません、少佐殿!」


 アキラはそんな遣り取りを、サクラの胸の谷間に顔を埋めたまま驚きながら聴いていた。この様子からするに、サクラの地位は彼らより遥かに高いのだろう。


 そう言えば彼女と出会った時、彼女はきちんと階級を添えて名乗っていた。


 いくらアキラの成績が地を這っていても、少佐と云う階級が決して低くない事くらいは判る。…むしろ判らなかったら大問題である。


 それを証明するかのように、サクラは巨漢な軍人達へと蔑むような眼差しを向けている。やがてそれも飽きたのか、相手を見下すような眼差しのまま言っていった。


「ふん、判ればいいのだ。…まぁ安心しろ。徒にこの子供を助けた訳ではない。今回は偶然ラグマが手に入った。今回入手したラグマと相応の資金さえあれば、新たなラグマ・アルタをスクールの方に発注できる。通常であればアルヴァリエとの交渉が必要だが、こいつさえ居ればそれも必要ない。機体さえ用意できれば問題ないのだからな。喜ばしい話ではないか」


 すると軍人達はサクラの言わんとする意味を理解したらしく、成程と大きく頷きながら嬉しそうに声を上ずらせてサクラへと言っていく。


「そういう事だったのですね。しかもこの学生の方が少佐に付いて来たのであれば、流石のスクールも文句を言えないでしょう。学生の方が自ら付いて来たのですからね」


 それにはサクラも深く頷いていき、淡々とした口調で話を続けていく。


「この件は私自ら部隊長殿へと報告する。…今回は良い戦利品が手に入った。きっとお喜び頂けるだろう。私も可愛い後輩が手に入って嬉しいよ」


 尤もな事をサクラから言われて、軍人達も頷きながら相槌を打つように言っていく。


「全くです。戦力が増強されるのは我々としても喜ばしい限りです。大歓迎ですよ」


「だろう? …尤もまだ使い物にはならないからな。精々これから扱いてやるさ」


 サクラはそう軍人達と話してから、腕に抱えていたアキラの頭を解放していく。だが今度は右腕の方を掴んできて、軍人達をその場に残してアキラの腕を引っ張りながら歩き出す。


「え? …って、ちょっと!」


 慌ててアキラが声を上げるが、サクラはそれに素っ気無い言葉を返してくるだけだ。


「煩い。黙って付いて来い。殺されたいのか?」


「……」


 そう叱られれば黙るしかなく、アキラは縮こまりながら彼女の後ろを歩くしかなかった。しかしと、アキラは先ほど彼女が話していた内容を思い出して首を傾げていた。


 ラグマと相応の資金があればラグマ・アルタを発注できる?


 一体何の事なのか。そんな話をスクールで聞いた覚えはない。…確かアルヴァリエは各国と交渉して互いに条件が合えば、相手の国へと赴いてガルーダの襲来に備えると聞いた。


 ラグマ・アルタ自体の所有権はスクールの方に在る為、アルヴァリエ個人へと支払われる報酬以外に相手国が負担する資金など無い筈だ。…確かその筈なのに。


 訝しく思うアキラに構わず、サクラは足を止めず歩き続ける。真新しかった移動式通路を進んで行くと途中で朽ち掛けた通路へと変わり、その先にある階段を下りて格納庫らしき工場の外を目指して歩いて行く。


 いつの間にか外は夜になっていた。工場の周辺に残った建物はほとんど存在せず、人工の明かりが存在しない為か、夜空に輝く星々と淡い月明かりが地上を薄らと照らしている。


 辺りを何人もの軍人が警戒に当たっており、発見され難い様になのか、破壊された建造物などの陰に隠れてその視線を忙しなく周囲へと巡らせている。


 工場は辛うじて原型を留めている数軒ほどの建造物の中に建っていた。しかし、それ以外には瓦礫の山しか無く、あるのはこの工場と数軒ほど残っている建造物だけだ。


 そんな中を歩くサクラは、アキラより二回りも背が小さい女性だった。戦場ではあれほど大きく恐怖の対象でしかなかった彼女だが、その実はまるで少女の様に華奢で、何処にでもいる一般女性と何も変わらない小柄な女性だったのだ。


 まるで少女とも思える彼女の後ろを付いて行くと、その先に三階建てのやや古めかしい建物が見えてきた。ここが戦場となる前は外装もされていたのだろうが、現在は嘗ての様相を想像する余地も無く、鉄筋コンクリートが剥き出しの哀れな姿を晒している。


 おそらく嘗ては宿舎か何かだったのだろう。横長な形はアパートか宿舎といった建物の典型的な造りをしており、剥き出しのコンクリートが一昔前の建造物を想像させる。


 だがそんな外装とは裏腹に、内部は意外にも広く綺麗だった。外装の方は空襲時に焼けてしまったのだろうが、内装の方は彼らが自ら整えたのだろう。まるでエントランス・ホールの様に広い玄関は大理石のレンガで敷き詰められており、壁は清潔感溢れるクリーム色に張り替えられている。…どちらかと云えば、宿舎と云うよりホテルのような造りである。


 尤も内部を照らすライトの方はほとんど点いておらず、全体的には薄暗い印象を受けた。そして窓と云う窓は全てベニヤ板などで覆われており、中から外を見る事は出来なかった。


 だがそれにしてもと、アキラは前を行くサクラの後ろを歩きながら思っていた。


 …この建物に入った時も思ったのだが、やはり内部も物々しい雰囲気を醸し出す軍人達で溢れていた。しかも所々に改造が施されたような箇所が見えるし、下手な所に迷い込むと命が無さそうである。


 そんな光景を恐ろしく思いながら見ていると、前を歩いていた彼女が「現在は偶々出撃先から戻って来ているんだ。普段はこれほど多くないから安心しろ」と教えてくれる。


 しかし、あまり慰めになっていない。だって怖いものは怖い。その人相が怖すぎるのだ。アキラが居たスクールの学生達とは大違いである。


 そう怯えながらサクラの後を歩いていると、ある一室の前で彼女がぴたりと足を止めてアキラを向き直って来る。…どうやら目的地に着いたようだ。


 だが彼女は部屋のドアを開けずに、食い入るようにアキラを見つめて静かに問うてきた。


「…貴様、髪の色は地か。それとも染めているのか」


「へ?」


 突然明後日から質問が降ってきた。…そんな不思議な質問をサクラからされて、アキラは小首を傾げつつ苦々しく思いながらその質問に答えていた。


「地だけど。…あ~、あんたも白くて年寄りみたいとか言うんだろ。失礼な奴だな、あんた。言っておきますけどね、これは地です! 染めるなんて面倒な事はしていません!」


 もしやと思ってアキラが不満げに返すと、サクラは食い入る様にアキラを見つめたまま押し黙ってしまった。


「……」


 そして思考するように俯いてしまい、小さく独り言のように「…ならば眼の色も地か」と漏らしてくる。だがすぐ興味なさげにアキラから顔を逸らしていって、目の前にある部屋のドアを開けてアキラを促してきた。


「入れ」


「…へいへい」


 単調な命令ですこと。アキラはそう思いつつすごすごと中へと入っていき「…何なんだよ」と不満を漏らしながらサクラの前を通り過ぎていく。


 だから気付かなかった。…彼女の表情が悲しげに歪んでいた事に。


 アキラが中に入ったのを確認すると、サクラは既に自分の傍に控えていた軍人に命じて部屋の鍵を閉めさせると「こいつから眼を離すな」と命じてから、その場を後にする。


 あの部屋の鍵は外からしか開閉できず、中からは操作できないようになっている。一応は数人の捕虜を収容できるよう作られてはいるが、現在捕虜はアキラしか居ない為にかなりの広さがあるだろう。…まぁここしかないのだから仕方ない。学生には良すぎる待遇である。


 そんな監禁部屋を後にしながら、サクラは只管と廊下を歩いて行く。


「私とした事が。馬鹿な事を訊いてしまった。…何をしているのだ、私は」


 アキラに下らない質問をしてしまった。…戦場で初めてアキラの声を聴いた時、もしやと、そう思ってしまったのだ。


 でも有り得ない。絶対に有り得る筈が無いのだ。


 サクラはそう自らに言い聞かせつつ、それでも想いを断ち切れず思わず呟いていた。


「…違う。絶対に違う。自分でも判っている筈だろう。そんな事は絶対に有り得ないのだ」


 でも何故だろう。何故こんなにも胸が騒ぐのか。違うと判っている筈なのに、どうしても気になって仕方ない。…もしや本当にと、そう胸が騒ぐのを抑えられないのだ。


 しかし、それは絶対に有り得ない。どれだけ夢見てもそんな事が有り得る筈は無いのだ。それも当然だ。…何故ならば、


「…何を考えているのだ、私はっ」


 そうサクラは唇を噛み締めつつ、当時の事を思い出して苦い顔をしていた。…何故ならばあの日、私は彼を殺してしまったのだから。彼が生きているなど絶対に有り得ない。


 あの子を助ける筈が、逆に止めを刺してしまった。だから絶対に有り得ない。有り得る筈が無いのだ。


 だからとサクラは一人廊下を歩きつつ、沈痛な面持ちをして悲しげに呟いていた。


「まだ吹っ切れないのか。…自分の心すら儘ならないとは。なんて、なんて私は――」


 なんて未熟で弱いのだろう。もう当時とは違う。私は強くなった。人間など幾ら殺しても何とも思わない。同情などしない。当時のように助けようなどと愚かな事は思わない。


 だって私は兵士なのだから。戦う為に存在する。人間を殺す為に在るのだから。


 下らない過去の事など忘れてしまえ。一々覚えていては生き残れない。そう彼女は自らに言い聞かせつつ、過去を振り切るように前だけを向いて歩き続けるのだった。

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