第2話 気高き訓練生たち


 青い空の海の狭間を灰色のラグマ・アルタが翔ける。五機のラグマ・アルタは翼のような形の隊列を組み、エメラルド色をした海面の擦れ擦れを飛行している。


 ここは深緑の大海と呼ばれており、セグヴァ・シティがある聖護の海から南方に三千キロ程の場所に在る海であった。


 アルヴァリエ・スクールは現在三校しか存在していない。その為、世界の三分の一と云う広大な範囲を一つのスクールが防衛しなければならなかった。…本来であれば各国に派遣されている正規のアルヴァリエが対応しなければならないのだが、そのアルヴァリエ達は何故か軍に登用され、そのまま前線に駆り出されて戦っている。


 その結果、未熟なスクールの学生が対応しなければならない事態に陥っているのである。現に深緑の大海を飛行している灰色のラグマ・アルタ五機は全て、セグヴァ・スクール所属の訓練機であり、実戦訓練用と称した実戦部隊と云うのが真の姿であった。


 右肩に黒文字で書かれたナンバー、そして飾り気のない灰色の機体。それらはスクールの所属である事を示しており、卒業証書の代わりとして受け取る個人専用機ではない。


 そして灰色のパワード・スーツに紫色の宝玉が付いた金冠。だが彼らの場合、スーツの上には何も装備していない。彼ら自身がコックピットの外に出て戦う事は絶対に無いからだ。


 因みに言うと、彼らは下級生であるアキラ達がのんびり寛いでいた脇を慌ただしく駆け抜けて行った上級生達であり、人類の脅威である存在から世界を守る役目を背負わされた実戦部隊であった。学生である彼らが戦わなければ、他に誰も居ないからである。


 そんな背景ゆえに、目的地へと向かう学生達からは今日もこんなぼやき声が漏れていた。


『またもや正規の方々は対応できず、と。…給料泥棒が。俺達にその給料寄越せっての』


 青年に等しい学生が苦々しい声を漏らしていくと、青年とは反対側を飛んでいる訓練機が頷きながら女性らしき声で告げてくる。


『一応クェリスの方には要請したらしいけど…駄目だったみたいね。派遣されてる全機が不在だって返答があったって言っていたけど』


 やはり女性の声も苦々しく、彼女の物言いからして真偽を疑っているのは明白であった。そしてそれに続くように、声変わりしていない少年らしき声が不満そうに漏らしていく。


『何が不在だよって文句言いたいよ。…現在クェリスはイスヴァニアに侵攻中だからねぇ。俗物的な理由でラグマ・アルタを使ってる時点でどうなんだって話だよ』


 すると中央を飛んでいる訓練機が溜息を吐いてきて、喋っている者達へとその低い声に不満を滲ませながら静かに発してきた。


『…まぁどの国も同じだからな。高性能な武器を持つと使わずにいられないんだろ』


 流石はナンバー・Ⅰに乗っているだけはある。…そう納得してしまう一般論を言われて、思わず少年は溜息混じりに返していた。


『判ってるけどねぇ。…でもさ、思わない? 鶏が先か、それとも卵が先か。まぁスクールの理事会の面子を見ていると、その答えは何となく分かる気はするんだけどさ。最低だよね』


『『……』』


 それには誰も言葉を返せず、苦々しい沈黙が彼らの間を流れていく。…真に打つべき相手は誰なのか。そう考えさせられた瞬間だった。


 だがしかしと彼らは頭を振っていって、敢えて思考を締め出して眼前を睨み付けていく。因みにクェリスとは国の名前であり、国土の八割が砂漠という赤道近くにある国のことだ。しかし残り二割がこの深緑の大海。つまり、ここはクェリス国の領海なのである。それにも拘らず、当のクェリスは一向に対応しようとしない。…何故ならば、現在クェリス国は北の隣国であるイスヴァニア王国に侵攻中だからである。


 つまりはである。…自分達は戦争で忙しいから知った事かと、そう言っているのである。


 だがしかしと、彼らは誰ともなく呆れ顔をしていた。この二国間での戦争は、何も近年に始まったものではないからだ。


 時代を遡れば千年近くは前になるだろうか。所謂宗教戦争である。しかし現在、この世界で戦争をしている国は別に珍しくない。この二国だけではないのである。


 各国にラグマ・アルタが配置された事により、何故か各地で領土問題・人権問題、今まで水面下で行われていた問題が一気に浮上。そして気付けば戦乱の最中。…それこそ、先ほどナンバー・Ⅰが言った「高性能な武器を持つと使わずにいられない」という言葉の元である。


 故に各国へ配置されたアルヴァリエは全員戦場の真っ只中。通常任務に当たっている者は皆無に等しいであろう。だから学生である彼らの間でこんな会話が流れているのだ。


 このラグマ・アルタは各国に配置されているだけで、実際に所有しているのはスクールだ。だがスクールがこれを容認している為に、現在のように世界中が混乱しているのである。


 原因は各スクールを取り締まる理事会のメンバーにある。…まぁ早い話が、各国の思惑が絡み合った非常に醜い権力闘争が原因なのである。本来であれば中立の立場を貫かなければならない理事会がいつの間にか国家権力の温床と化し、ラグマ・アルタとそれを使用する事が出来るアルヴァリエの取り合いの場となっているのは周知の事実だ。


 表向きではラグマ・アルタの所有権はスクールにあるが、卒業生が出る度に裏では巨額の軍資金が動いていると聞く。…だから各国に配置されたアルヴァリエは黙って軍の命令に従うしかない。自分達が軍へ買収された事を知っているからである。


 しかしアルヴァリエ達がそれを知るのは、スクールを卒業した後の事だ。買収された先の部隊に配属された後、大抵のアルヴァリエがその先の部隊長などに知らされるのである。


 だからここにいる上級生達の誰一人、それを知る者は未だに居ない。その理由はスクールの存在理由に在る。現在のスクールはガルーダを討伐する為に在る。そして最前線で討伐に当たっている学生に知られる訳にはいかないのだ。…学生にも利用価値があるからである。


 学生にはガルーダを討伐して貰って、貴重な資源の回収に当たる。そうして卒業した後は軍へとラグマ・アルタごと買収され、一人の軍人として戦場の空を飛ぶようになる。それらは全て、学生にアルヴァリエは世界を守る為に在るのだと教える事によって成立している。


 そうでなければ、一体誰が自らアルヴァリエになど成ろうか。たとえ選択の余地が無いとしても、将来自分が街を焼く事になると知っていれば疾うにスクールなど逃げ出している。


 そんな背景もあって、スクールの学生達は一般的には「スクール所属のアルヴァリエ」と呼ばれる事が多い。つまり学生ではなく、一人前のアルヴァリエとして扱われるのである。


 当初こそそんなやり方を禁じる声の方が大きかったが、強力で魅力的な武器を前にしてその姿勢を貫ける国家は存在しなかった。いつの間にか済し崩しに使用されるようになり、気付けば現在の有様だ。所詮綺麗事など在りはしないのだ。余りにも馬鹿馬鹿しく、そして反吐が出る話である。…学生はただ資源回収の道具として使われているだけなのだ。


 各国の権力者達で構成された理事会の権力は、世界でもトップクラスを誇ると言っても過言ではなく、そんな理事会に命じられればアルヴァリエは従うしかないのが現状だった。何故ならば、彼らアルヴァリエは所詮一般人に過ぎないからだ。…アルヴァリエと成り得る条件を満たしただけの一般人。それが彼らの正体だからだ。


 無理やりスクールに入学させられてガルーダと戦わせられて、しかも行く先は軍の狗だ。冗談抜きでふざけるなと言いたい話である。…だがしかしと、彼らは誰ともなく思っていた。


 卒業生の誰一人逆らえず、黙って軍の狗と成り下がっているのだ。それが示しているのは、他に道は無いという事ではないのか。…逆らえる筈が無いのだ。


 やはり権力に平伏する以外に道は残されていないのか。そんな風に誰もが思っていると、右肩にナンバー・Ⅴと書かれた機体が何かに気付いた様に鋭い声を上げてくる。


『おっと、お客さんの反応をキャッチ! …標的三羽、次元の向こうから来るぞ!』


『『…っ』』


 即座に全員がモニターで確認して、組んでいた陣形を崩して作戦行動へと移行していく。散開しつつ見上げる上空一千メートル先では、不可思議な現象が始まろうとしていた。


 まるで雷のような轟音が鳴り響き出し、眼前の有り得ない光景に誰ともなく呟いていく。


『始まった。「女神の手」だ』


 それは巨大な手であった。青い空にはナイフで斜めに切り裂かれたような切れ目があり、左右へと大きく割り開かれて一組の腕が捻じ込まれてくる。


 腕は華奢でしなやかな肉付きをしており、左腕には月桂樹で作られた腕輪がされていた。その手は掌を合わせて何かを包んでおり、それを大切そうに持ったまま伸ばされていく。


 そして掌が緩やかに開かれていくと、そこから三羽の鳥が勢いよく飛び出していった。


『来たぞ!』


 一人の猛り声と共に、三機の訓練機が機関銃を構えて火を噴いていた。まるで嵐のような銃撃音が青々とした空と深緑の大海の間で響き、学生達の獣のような咆哮が轟き出す。


『落ちろ、落ちろ、落ちろーーっ!』


『うおぉぉぉっ!』


『…帰れ、自分の世界に帰れっ! この化け物がっ!』


 そんな弾幕の中を縫う様に、後方待機していた二機の訓練機が勢いよく飛び出していく。訓練機の手には青白い光を帯びた長剣が握られており、弾幕に晒されて身動きが取れない相手を目指して真っ直ぐに斬り込んで行く。そして唱えるように叫ぶのだった。


『聞けっ! 我らが持つ翼のはためきを! …我らはアルヴァリエ。この地上を守護せし救世主成りっ!』


『我らが持つは心の翼。闇を照らす光の翼なのだっ!』


 そう自らを奮い立たせる様に叫び、二機の訓練機は次元の向こうから現れた黄金の大鳥ガルーダの懐へと飛び込んでいきながら、眼にも止まらぬ速さで三羽全てを斬り捨てる。


 ガルーダの動きが止まったのを見て、今度は弾幕を張っていた三機が相手を銃撃で牽制しつつ接近していき、一気に距離を縮めてガルーダの懐に飛び込んで胸元に手を突っ込む。


 直後に響き渡るガルーダの絶叫。だが三機はそれを意に介さず、メリメリと肉を引き破りながらガルーダの体内から何かを取り出していく。


 そして目的の物を手にすると、三機は素早くガルーダから離れて行った。


 体内からそれを奪われた事により、ガルーダの体は見る間に灰と化していき、美しかった黄金の体が灰となり風に乗ってやがて消えてゆく。


 意外にも早く訪れた静寂に、誰ともなく安堵の息を漏らしていく。そして額に滲んでいた冷や汗を手の甲で拭いながら、それぞれ胸を撫で下ろしていくのだった。


『…ふぃ~。完了っと』


『大した事ない奴で良かったよ。本当に』


『…だな』


 そう漏らしている三機の手には、紫色に輝く宝玉が握られていた。…その紫に光る宝玉は彼らアルヴァリエの額にあるコントロール・サークレット。そして卵型をしたコックピットの中、彼らアルヴァリエの頭上に浮かぶ菱形をした紫の宝石。


 それこそが三機が手に持つ宝玉の正体であり、それを知る彼らにとっては微妙な光景でしかなかった。…そしてこれこそ、世界中が欲しがっている貴重な資源の正体でもあるのだ。


 このラグマ・アルタの心臓部であり、機械の塊をまるで生物のように変えているラグマ。確かに機体そのものは人間が作る。最終工程でラグマをコックピット内に入れて完了する。その瞬間、ラグマ・アルタは独立した生物と化すのだ。これが己の肉体だとインプットし、操縦者であるアルヴァリエが脳の役割を果たす事によって一つの生物となる。


 機体が損傷すれば、痛みはそのままアルヴァリエに伝わる。事実、機体の手足を捥がれて死んだアルヴァリエが過去に居る程だ。だが逆に言えば、ラグマ・アルタは生物でもある為、幾ら損傷しても自らの治癒能力で治してしまう。修理の必要が無いのである。


 そんな正体不明の機体に自分達は乗っているのだ。…そう思うと恐ろしく、ラグマ本来の持ち主であるガルーダに畏怖の念を抱かずにはいられない。


 しかし、どれだけ不安を抱いても無意味な事だと頭を振っていき、ナンバー・Ⅰは何とも言えない想いを胸に抱えたまま皆に言うのだった。


『戻るぞ。任務完了だ』


『『了解』』


 それに彼らは短く答えていって、それぞれ元来た道を戻って行く。そしてその内の一機が後ろを振り向いていき、疾うに姿を消した女神の手を思い出しながら顔を顰めていた。


 …人類はあれに踊らされているのだ。だって、人類は一度として――。


 そう心中で苦々しく思いつつ、彼らはスクールへと戻って行くのだった。

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