第1章 逃れられぬ現実

第1話 仲良し三人組


 …多くの人々が虐殺された日から八年、世界は変わらず戦乱の中にあった。それでも良い意味で変わらないものもあった。子供達の学び舎、スクールである。


 そこはいつの時代も笑いが絶えず、活気と若気に満ちた者達が世に新風を吹かせる。学ぶ内容の違いこそあれども、それだけは変わらず不変の真理として保たれていた。


 青空の下には人工芝生が広がり、道らしき煉瓦色な敷石が大小様々なガラス張りをした半球状の建物へと伸びている。そして道に沿って長椅子が設置され、建物の周辺には色取り取りのパラソルにテーブルが置かれているのが見える。


 周辺には雑木林が広がり、それらを囲うように近代的な街並みが広がっている。その中心であるスクールに通う学生達は皆、隆とした立派な出で立ちをしており、引き締まった肉体が服を通しても判るほど凛々しく、そして美しかった。


 彼らは学生服らしき白い半袖姿に青いネクタイを巻いて、男女共に下には黒いズボンを穿いている。…寒い日には上着を着用する事もあるが、上着もズボンと同じく黒で、上下を揃えて着るとその印象は学生服というよりも、むしろ軍服と云った印象の方が濃い。


 現在は暖かい気候が続いている為、上着は着用せず誰もが白い半袖姿に青いネクタイを巻いて半球状の建物を出入りしている。…そんな彼らに向けられる人々の羨望の眼差し。


 それは優秀な者に対する嫉妬などではなく、自分達を守ってくれる守護者に対する絶対の信頼と尊敬の眼差しであった。


 彼らが居るから生きていける。そんな不動の信頼がそこにあった。そんな学生達には様々な人種や宗教の者達が入り混じっており、そこには国家と云う枠すら存在しない事が無言で伝わってくる。…だが、それも仕方の無い事であった。


 このアルヴァリエ・スクールは世界に三校しか存在しない。…まず原因の一つは維持費が余りにも巨額過ぎる為だ。各国から予算を支出して貰ってはいるが、それでも世界に三校が限界だった。何よりもアルヴァリエと成り得る人材は決して多いとは言えない。


 だからこそ三校以上建設される事は絶対に無く、人類共通の敵を倒すという名目の下で各国が互いを監視し合うという形で経営されているのだ。


 そして大海原に囲まれた絶海の孤島であるここは学園都市セグヴァ。セグヴァ・アルヴァリエ・スクールである。どの国にも属さず、スクールに統制された独立都市だ。


 元々は人が住めないほど小さい孤島だったここを埋め立てて、どの国の干渉も受けないよう世界初で建造されたのがこの学園都市セグヴァである。


 長々と語りはしたものの、所詮ここはスクール。どれだけ立派でも守護者と呼ばれようと救世主と呼ばれようとも、通っているのは所詮ただの学生。普通の子供なのである。


 それを証明するかの様に、スクールの大部分を占める一際大きな半球状の建造物―第一セクターの周りにあるカラフルなパラソルの下にあるテーブルでは、三人の学生が堂々と腰掛けており、自らが一年生であるという事も構わずのんびり寛いでいた。しかもそのうちの一人は永遠と特大チョコパフェを頬張り続けて、である。


 因みに只管と食べ続けている学生は大人と云うにはまだ幼さが残り、学生らしく整えられた短髪は白く、初めから色など存在しないかのような白さだ。…そして黄金に輝く双眸。まぁ黙っていれば格好良いと言えなくもない男である。ただし黙っていれば、だが。


「だ・か・ら・さ~! おかしくないか? だってさ、どうして俺だけ特別授業への参加を命じられるんだよ。お前らは受けなくて良いのに不公平じゃん。横暴だ~っ!」


 そうチョコやらクリームやらを飛ばしながら我鳴る姿はまさに馬鹿な学生そのもので、それに左脇に座っている柔らかい表情をした男は困り顔を浮かべて、白髪金目の男の正面に座っている立体ディスプレイを展開している男は僅かに怒り眼を浮かべた後、手元からハンカチを取り出して顔を吹き始める。…どうやら顔に被害を受けたようだ。


 そして一通り顔を拭った後で「…汚い奴め」とぼやきながら、正面で特大チョコパフェを食べている男へと恨み節を口にしていく。


「まったく努力もせず特別授業を受けられるくせに、それに対して文句を言うとは何事だ。普通は泣いて喜ぶものだぞ。所謂スキップで最上級生が受ける授業に参加できるんだ。もう卒業は目前と言っても良いじゃないか。むしろ喜べ。自分の才能に感謝しろ。そしてさっさと卒業して世の人々の役に立て。それこそ俺達の存在意義だろうが」


 そう呆れ顔で言うのは短く整えた金髪に碧い瞳をした男で、手元に立体ディスプレイを展開した様はまさに優等生と云った感じだ。


 だがとても馬が合いそうにない男からそう言われても、白髪金目の方はスプーンで相手を指し示して不満げに言い返すだけだ。


「そんな意義は要りません! 俺はダラダラ日々を生きたいの。のんびり食って寝て、偶に学校に行って授業を受ける! これこそ学生の本分だろうが!」


「何を胸張って言うかと思えば。…授業は偶にじゃなくて毎日受けんか、この大馬鹿者が」


 呆れるような言葉を堂々と言われて、ついに金髪碧眼の男から嘆息が漏れる。因みに二人の隣に座っている男は、そんな遣り取りを苦笑しながら黙って聴いている。


 ここで自己紹介をしておこう。立体ディスプレイを展開して笑顔が苦手そうな男の方はヴェイン・K・ルジリア。そして見るからに頭が悪そうな白髪に黄金の瞳をした方はアキラ・ジルバード。そんな二人の間を取り持つのが――。


「う~ん、でも真面目なアキラってのは想像できないなぁ。もしそんな事になったら気持ち悪いってヴェインは思わない? 僕はちょっと嫌だな。調子も狂うし」


「…む」


 それまで黙っていた男から柔らかく言われて、ヴェインは困ったように黙り込んでいた。何故かそこで黙られてしまい、思わずアキラは不満丸出しで突っ込んでいく。


「そこで返事に困るなよ。…カイス~、お前軽やかに棘のある事を言うなよ。小心者の俺は傷付いたぞ。…物凄く、海よりも深く。俺の心はマシュマロより柔らかいのだ!」


「…うん。訳が分からないから。それに絶対そんな事ないから」


 心底呆れたと云ったように、男は肩よりやや長めの栗色の巻き毛を小さく揺らしながら、栗色の双眸をアキラへと向けてカイス・リズニードはそう返していた。


 そして何かを思い出す様に天を仰ぎ、嘆かわしいと言わんばかりに言葉を続けていく。


「何よりもね、アキラ。心がマシュマロより柔らかい人間は授業中居眠りなんてしないの。さっきまで教官とマンツーマンだったくせに、それで小心者とか言われてもさ。…ホント、アキラって心臓に毛が生えてるんじゃない? それでスキップで特別授業を受けられるんだからさ。世の中って理不尽だな~って我ながら思うよ。努力って言葉は何処に行ったのさ」


 そんな妬みとも思えるカイスの言葉に、流石のアキラも顔に怒気を浮かべていく。これは流石に怒ったかとカイスは思ったのだが――。


「おい、俺の心臓に毛なんて生えてないぞ。俺の心臓は普通だ!」


「…………」


 違った。怒気を浮かべて何を言うかと思えば、カイスの想像した言葉とは懸け離れたものだった。…いや、何となく想像はしていたが。まぁそれがアキラの良い所であろう。


 細かい事は気にしまいと黙ったカイスだったが、視界の端に映ったアキラの左腕を見て、そこにあるメタル系の腕カバーが捲れているのに気付いて声を上げていた。


「あれ? …アキラ、左腕に着けてるカバーが――」


「触んなっ!」


 だがアキラは叫んでしまった後で我に返り、カイスへと「…わ、悪い。サンキューな」と小さく礼を言っていく。…そんなアキラの様子を見て、二人は密かに苦い顔を浮かべていた。


 アキラのあれがファッションではないと二人が知ったのは、果たしていつの頃であっただろうか。尤も二人がアキラの左腕について知ったのは、それほど昔の話では無い。


 三人はスクールに入学して知り合った仲であり、何も旧友の間柄と云う訳ではないのだ。当初こそ不真面目なアキラと馬鹿真面目なヴェインが毎日のように衝突していたのだが、その度にカイスが仲介に入り、気付けばこうして連むようになっていたのだ。


 だが入学して早々に頭角を現したアキラは、当然ながら上級生に妬まれて衝突する事が多くなった。何といってもアルヴァリエとして最も重要な科目の成績が良いのだからそれも当然ではあるが。…しかも本人に自覚が無い所為で状況を更に悪化させてしまったのだ。


 そして一年坊主であるアキラは上級生の挑発に乗り、五人もの四年生を相手に乱闘騒ぎを起こしたのである。…その際二人がアキラを介抱した時、左腕の事を知ったのだ。


 だが見てしまった事はアキラに話していない。隠しているようだったから、敢えて告げずにおいたのだ。その方が良いと思ったからだ。


 でもスクールに頼めば、どんな身体異常があっても治療してもらえるのに。…何故それをしないのかと二人は当初思ったが、何か事情があるのだろうと探らない事にした。


 このアルヴァリエ・スクールに入学するには、十五歳の誕生日に受けさせられる身体検査でスクール側が提示する条件をクリアする必要がある。…だが、ここに身体異常は含まれていない。どんな異常があっても治療は可能だからだ。


 治療費を払わなくても治してくれる上に、ここは入学金どころか授業料さえ払う必要は無いのだ。でも、ここを目指して学業に励む者は非常に少ない。何故ならば――。


 それを証明するかのように、三人が寛ぐパラソルの傍を最上級生らしき男女が四・五人程慌ただしく駆け抜けていく。…その全員が額にコントロール・サークレットを巻いており、額に巻かれた金冠が太陽に反射して光り、紫色のラグマと呼ばれる宝石が光を乱反射して不気味に光り、それを見た者に畏怖の念を与えさせている。


「深緑の大海に三羽だ。急げ!」


「…ちっ、正規の連中は何してんだ!」


「戦争に大忙しだとさ。俺達はまだ学生だってのに」


 そう漏らしつつ駆けて行く上級生達の様子に、三人だけではなく周囲に居た学生達も皆、苦々しい顔をして密やかに周りの者達と喋り始める。


 そして誰かの囁くような「また出現したのか」という言葉を聞いて、思わずと云った風にカイスは漏らしていた。


「また出撃命令があったんだ。…最近多いね」


 するとヴェインが目線だけを動かしてきて、そんなカイスへと苦々しく言ってくる。


「仕方ないだろう。スクールを卒業した連中は何故か軍に派遣されて、そこで大盤振る舞いと言わんばかりにミサイルを撃ち捲っているんだ。…向ける相手を間違えているだろうと、俺は心底そう言いたいがな」


「……」


 アキラは呆れるようなヴェインの言葉を聞きながら、何も言わずに特大チョコパフェを永遠とスプーンで突いている。…最早食べる気が無いのは明らかだ。


 このカルドニア暦と呼ばれる新時代。まだ人類は二足歩行を可能とするロボット兵器の開発に成功していなかった。昔に流行ったアニメや漫画に未だ追い付いていないのである。


 しかしこのスクールだけではなく、もう世界中に二足歩行を可能としたラグマ・アルタと呼ばれるロボット兵器が既に存在している。…それは何故なのか。


 空想上の生き物だと思われていた生物が発見されて、その生物を元にして開発されたのがラグマ・アルタだ。だがその生物が、異次元より現れた存在だという事を誰が想像できただろうか。想像すら叶わぬ超常的な存在が居たなどと、一体誰が想像できただろうか。


 それは一体何なのか。…人間にとって神にも等しい存在なのか。もしくは地上そのものがその超常的な存在が生み出した箱庭に過ぎなかったのか。


 未だに何一つ解明できていない。ただ出来る事は、降り注ぐ火の粉から身を守る事だけ。だが、本当に火の粉は降り注いでいるのか。誰も火の粉を被った者など居ないと云うのに。


 そんな風に三人が苦い表情をしていると、アキラはその不快な雰囲気を振り払うように立ち上がり、食べていたパフェの容器を手にしながら二人へと言っていった。


「もう行こうぜ。俺達ペーペーの一年生が考えても無駄な事だし。…って言うかさ、ここに入学させられてる時点で考えても意味ないし。だったら深刻に考えるだけ無駄じゃん?」


「「……」」


 確かに尤もな意見である。幾ら考えても無意味な事。このアルヴァリエ・スクール最大の特徴は、入学許可書が強制的に送られてくるという点だ。十五歳以上の者が定期的に受ける身体検査の結果はスクールの方へと送られ、基準を満たした者の元には入学許可書が突然送られてくる。しかもこの入学許可書、辞退する事は許されていない。


 その為に、世間ではスクールの入学許可書の事を「強制召集」と呼んでいる。…もし拒否すれば強制的に連れて行かれる。突然スクールの人間が現れるのである。


 そして人攫いの如く連れて行かれて、そのままスクールで勉強する事になる。だから何を言っても無駄な事。何を気にしても意味が無いのだ。


 冷めた笑みを残して屋内の学食へと歩いて行くアキラを見つめながら、思わずヴェインは顔を悲痛に歪めて小さく漏らすのだった。


「馬鹿が。…お前がスキップで受けさせられる特別授業、もう内容を忘れたのか? お前が最上級生に交じって受けさせられるカリキュラム、それは――」


 悲しげにヴェインが漏らすと、カイスはそれに頭を振って言っていた。


「いいや、アキラはちゃんと判ってるよ。だからこそ、アキラはああ言ったんだ。…自分達が考えても無意味だって。アキラはちゃんと判っているんだよ。でも、僕らはまだ――」


 まだ入学したばかりの一年生なのに。そうカイスから悲しげに言われて、ヴェインは何も言えず押し黙っていた。明日からアキラが受ける事になっている特別授業。…それは他でもない。訓練機のラグマ・アルタを使用した最上級生だけが受けられる実戦訓練の事だった。


 実戦訓練と称した実戦部隊。…それが最上級生に課せられたカリキュラムであった。


 だからこそ、アキラはああ言ったのだ。ダラダラ日々を生きたい。のんびり食って寝て、偶に学校に出て授業を受けるくらいが丁度良いのだと。


 まさにあれはアキラの本心であった。そしておそらく、ここに居る学生の誰もが――。

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