決断

 翌日


 診療室はにわかに殺気立っていた……主に弟が。


「兄さん……なにを言っているんだい?」


 ロスがめちゃくちゃ怖い顔をしながら俺を睨む。


「だから、俺が考案した方法でセリーナさんの施術をするって言っている」


「……それは、レーン=ダイアールの治療記録を踏まえて言っているんだよね?」


「もちろん」


 考案したプランはタイム・ア・ルーラであるセリーナさんに魔力を持つ血液を輸血する方法。


「拒絶反応はどうすんのさ?」


「彼女の姉であるテーゼ女王の血を分けてもらう。近親者の血でできるだけ拒絶反応を起こさせないようにする」


「……世界一の権力者だよ? そう簡単に血を分けてくれるとでも?」


「違う。彼女はセリーナさんの姉さ。唯一のな」 


 どんな人でも、家族は家族だ。それは、変えることができない。


「たとえ、テーゼ女王が血を分けてくれたとしても拒絶反応は避けることはできないね。それは、兄さんだってわかっているだろう?」


 弟の噛みつくように言う。


「ああ……だから、拒絶反応が治療する」


 そう答えた途端、周囲がシンと静まり返る。ロスだけではなく、ザックス、サリー、アリエ……そして、オータムまでもがなにも言わない。


「……兄さん、正気かい?」


「ああ」


 もう、迷わない。ロスに否定されてから、ずっとこの方法を考えてきた。それでも、自信がなくて。弱音を吐いて。


 そしたら、白衣の天使に張り倒された。


「セリーナさんを……殺す気かい?」


「救ってみせるさ」


「どうやって!?」


 ロスが俺の胸倉を掴みかかる……こ、怖い。普段温厚な弟が怒るとこんな感じなのかと、正直かなりビクビクしている。


「レーン=ダイアールは同じ施術方法で患者に拒絶反応を起こして死なせた」


「そうだよ! だから、兄さんが同じ施術を行ったって――」


「でも、俺は彼のおかげで、患者が拒絶反応を起こすことをしっている。あらゆる拒絶反応を想定して治療に当たれる」


「……」


「ロス、俺に力を貸してくれないか?」


「……嫌だ」


 !? 反抗期……反抗期ロス。


「お願いだ! お前がいないと多分無理だ」


「勝手なこと言うなよ! 命をなんだと思ってるんだよ」


「……」


「セリーナさんもそうだし、兄さんもそうだ! 世の中に何人生きたくても死んでる人がいると思う!? どれだけ生きたくても、生きられない人たちが世の中には五万といるんだよ! 彼女は贅沢だ……」


「ロス……お前が患者の痛みを決めんなよ!」


「……」


「彼女は、苦しんでんだよ! 死にたくなるぐらい毎日苦しんで……苦しんで苦しんで苦しんで……なんとか治してやりたい……贅沢だって!? 贅沢だっていいじゃないか! 俺が彼女を治して、最高に贅沢な想いさせてやりたいんだよ!」


「……それで、死んだら?」


「そしたら……レーン=ダイアールのように……俺も書くよ。彼が残したかったのは敗北の軌跡じゃない! いつか……同じような患者の苦しみを取り除いてあげたいという希望だ! 俺が、彼の意志を叶えて見せる」


「……」


 ロスは、なにも言わずに去って行った。




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