らしくない


 ロスに指摘を受けてから、日夜レーン=ダイアールの治療記録を穴が開くほど読んだ。己の選択を間違っていたと認められずに。しかし、読めば読むほどにその偉大さばかりが際立つ。


 その時、


「……ジーク先生、入りますよ」


 オータムがそう言って部屋に入ってくる。


「……」


「また、読んでるんですか?」


「……ふーっ。彼は天才だな」


 そう言いながらベッドに寝転んで大の字になった。


「私は、今までそれに気づかなったと言う方がびっくりですけど」


 いつもの皮肉も、今日は少し優しい。俺が落ち込んでいるだろうと察しての機微なのだろうとわかって、また少し落ち込む。


「それは、普通の天才のことだろう? 俺が言っているのは、違う……違うんだ」


 オータムが慰めてくれようとしているのはわかっている。しかし、自分の無力さに辟易する。彼の治療記録を見て、その凄さがわかるのはこの診療所の中でも俺とロスだけだろう。だからこそ、ロスは穴が開くほどこの治療記録を読んだんだ。


「ジーク先生……」


「化け物だよ。何回も彼と同じ治療のデモンストレーションを行った。でも、ことごとく俺やロスの速さ、繊細さ、魔法力を上回るんだ」


「……」


「初めてだよ。負けたって思ったのは。史上最高の医療魔術師だって、正直なんだって思ってた。少なくとも臨床では絶対に負けてないってたかを括ってた。でも……この人は違う」


 読んだだけで、この人のすさまじさがわかる。紛れもなく、現場系出身ですべてにおいて実力を超えられている。


「それで……ジーク先生はどうするんですか?」


 オータムはベッドの横に座って尋ねる。


「……わからん。でも……もしかしたら……ダメ……なのかもなぁ」


 それは、なにも考えていない状態で発した自然な言葉だった。もう、自分の本能から弱音。


「……ジーク先生」


 そう言ってオータムの両手が、優しく俺を起こす。


「な、な、なんだ?」


 そ、そう言えばここは俺の部屋。2人きりのシチュエーション。急に胸の鼓動が高鳴る。もしかしたら……こんな時は優しく――









 パシ――――――――――――ン!








                 ・・・


 壮絶なビンタ……だとっ。


「ってーなぁ! なにすんだよ!?」


「なにするんだじゃないでしょう! 気合入れてくれてありがとうございますでしょうが!」


 こ……この女頭おかしい。


「ふざけんな! 落ち込んでるんだから優しく慰めてくれたっていいだろうが! 白衣の天使はどこ行ったんだよ! たまには天使してくれてもいいんじゃないか!?」


「なにを甘えたことを言ってるんですか! さっきから聞いてればウジウジウジ……このウジ虫!」


 ひ……酷い……酷すぎる。


「悪魔! 悪魔悪魔! お前なんて白衣の悪魔だ!」


「えー、なんだっていいですよ。白衣の悪魔だろうがなんだって。ただ、私はあきらめるなんて絶対にしませんから」


「……」


「あなたが患者さんをあきらめて、なにが残るんですか! 死ぬだけでしょう!? 私たちにはあきらめるなんて……そんな言葉はない。そう教えてくれたのは……あなただったでしょう?」


「……」


「だいたい、医療魔術しかとりえないんですから。それぐらい恰好つけなさいよ! レーン=ダイアール? 黙って白旗あげてるんじゃないわよ! あなたは、患者をあきらめずに、治して、なおかつ史上最高の魔法使いに勝ちなさい! 以上」


「……い、以上ってお前」


 バタ――ン!


 ドアが不機嫌そうに閉まり、しばらくその場に呆然としていた。






 そうか……俺の白衣の天使は……ぶん殴るんだ……


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る