決まっている

【ジーク=フリード】


「忘れたい……何度も思ってもね……この想いは……消えちゃくれないのよ」


 セリーナさんの頬には涙がつたっていた。テーゼ女王はうつむいたまま、なにも答えなかった。


 「ねぇ姉さん、あの人は……なんで私を命を懸けて守ったのかしら……彼は……こんな私の人生のために……彼はまだ『生きていけ』と言うのかしら?」


「セリーナ……」


「姉さん、私はね……私をもう終わりにしようと思うの」


「……」


 セリーナさんは、下を向いて黙っているテーゼ女王の横を通り過ぎて去っていく。


 そばから見ていて、わかったこと。彼女が『タイム・ア・ルーラ』の能力に苦しんでいること。彼女がその能力に絶望し、死を選ぼうとしていること。


 そして――


「決まっている。命を懸けて守ったのはその男があんたを愛したからだ。あんたに笑って生きていて欲しいから。俺には……あんたの未来が見える。あんたが右往左往して取り乱す姿が。泣いて笑って悲しんで苦しんで、そうして人生を人らしく終えていくあんたの姿が。俺が絶対に治してやるから……だから、あんたは上を向いて笑って待っていろ」


 その報われない男のために叫んだ。

 なんで命を懸けて守ったのかって? そんな当然の答え、悩む余地すらないだろう。そんな簡単な答えにすら辿り着けないほど苦しいと言うなら、その報われない男の代わりに、俺が治してやる。 


「……」


 セリーナさんはこちらを振り返って、しばらく黙っていたが再び背を向けて去って行った。


「テーゼ女王……やっぱり、賞品はマンドラゴラが欲しいです」


 マンドラゴラほど稀少な魔草はまず手に入らない。彼女の能力を治すことはできないにしても、治療過程において少しでも役に立てばいい。


「それは……構いませんが、毛生え薬はいいんですか?」


「できれば両方欲しいんですけど」


「だ、駄目に決まってるでしょう! 一組、一つです」


 ですよね。


「じゃあ、マンドラゴラください」


 すぐに診療所に戻らないと。考えることは山ほどある。マギ先生にもロスにも意見を求めて、絶対に治してやる。


「あなたの言葉で、あの子が治療を受けると思いますか? そんなに深い関係でもないあなたの言葉を」


 テーゼ女王が凄く冷めた表情で尋ねてきた。

 ……俺の恰好いいセリフは全然この人には響いていなかったようだ。


「名医の言葉は聞くもんですよ」


「あなた、名医なところ彼女に見せたんですか?」


 そう問われて、セリーナさんと出会ってからのことを思い浮かべてみた。


 診察したが、魔力がなくて全然わからなかった

 身体中触られて、俺のがエライことになった

 禿げると言われて取り乱して、泣き叫んで懇願した


 ……考えてみればろくな中身を見せていない。


「ま、まあそれは……見せてないかもですが」


「そんなことで彼女が説得できると?」


 さすがに身内のことだから、テーゼ女王の追及も厳しい。


「それは……そうだっ! あなたが説得すればいいでしょう?」


「わ、私が? アナン公国女王である私に言ってるのですか!? なんて無礼な」


「無礼なのはあんたです。セリーナさんが俺の患者でいる以上、あなたは患者の家族です。テーゼ女王……いや、ここは敢えてテーゼさんと呼ばせて頂きます。家族であるあなたが説得しないで誰が彼女の治療をすると言うんですか!?」


 だんだん、言いたいことのしっぽを掴んできた。

 つまり、あんた、俺にばっかりやらせて何をやってるんだよってことだ。


「……」


「だいたいですよ!? 俺なんかの言葉でどうこうなるわけないじゃないですか! それなのにあんた、なんにもしないで黙って俯いて。あんたとセリーナさんに何があったかはわからんですけど、ここはあなたが必死に止めるべきでしょう!」


「……」


「俺は患者の病気を治すのが仕事です。だから、やりますよ。必死に治療法探して治します。でも、治療を受けるかどうかを説得するのは家族の仕事なんです。治療を拒否する者に、治療はできないんです」


 ビシッと言ってやった。


「……わかりました。アナン公国女王として、今の発言を聞きましたら刑としては砂漠での強制労働、そこでの拷問、そして、一番苦しむ刑で五〇〇回の処刑です」


 ひ、ひええええええええええっ。


「しかし……ここは、患者としての家族として聞きましょう。家族としては、本当に申し訳なく思っています。おっしゃられる通り、私はあの子から逃げていました。あの子が一番悲しい時に、私は……ジーク先生が先ほど仰った発言は……本当は私が言ってやらなければいけない言葉だった」


 深々と頭を下げるテーゼ女王。


「……一緒に助けましょう。セリーナさんを一緒に」


「はい、よろしくお願いしますジーク先生」


 その、何万回も聞いた言葉で炎が灯る。

 絶対に、助けてやる。



 


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