忌まわしい能力

【セリーナ=トワイライト】


 タイム・ア・ルーラ……物心がつく前には、私はその忌まわしい能力を手にしていた。最初に覚えているのは四歳くらい残ろうだろうか。夜中に、私は怖くなって泣いてしまった。


「あらあら、どうしたの?」


 夜泣きだと勘違いしたのだろう……母が私を抱きかかえてあやした。


「えっ……えっ……お母さん……わたしを……捨てないで……」


 そう泣きじゃくりながら言ったことを今でも覚えている。母は、私が嫌な夢を見たと思ったのだろう。


「バカなことを言わないで。私がセリーナを捨てるわけないでしょう?」


 そう私を抱きしめてくれた。

 しかしその三年後に、母は私を捨てた。もしかすると、母の言い分は違うのかもしれないが少なくとも母が死ぬまで、母と私が再び出会うことはなかった。


 『タイム・ア・ルーラ』の能力は使い方次第では最強の能力だ。自分の未来を見ることは出来ないが、他人の未来はどれだけでも見ることができる。

 つまり、私は他人の行動を先見した上で自分の行動を起こすことができる。


 母はアナン公国女王として、私を隔離することを選んだ。バカラ帝国、バーネストロ共和国、そしてアナン公国、三国間軍事バランスを崩す可能性を秘めた私の能力を保守派の女王はよしとはしなかった。母は私の能力を他人に知られぬまま、私を病死と公表してバカラ帝国の西の地へ移住させた。


 当時は酷く恨みもした。私は母が望むことなら、なんだってやることができたのに。母は私ではなく、姉を選んだのだと怒りと寂しさで包まれた。

 その反動からか、私は他人の未来をなりふり構わず予見した。


 最初にこの能力の犠牲となったのは、私の側で世話をしてくれたメイドだった。

幼い私は頼まれるがまま彼女に見えること全てを話した。些細な出来事から結婚、出産、離婚、そしてやがて死に至るまでを全て。

 全てを知った彼女は、次々と私が予知した通りの事が起こっていく中で、やがて絶望して死んだ。未来を知った者はみんなそれを変えるためにもがいて、苦しんで、やがて不幸な結末を遂げていく。


 それでも、私に罪悪感や同情心は湧いてこなかった。いや、むしろ私は彼らを滑稽だと嘲笑っていた。『知りたい』と言ったから教えただけだ。未来を知ることは、『希望』を失わせ、自らの可能性が奪われることだと気がつかなかった彼らが悪い。そんな愚かな者たちは当然のように愚かな結末しか待っていないのだと。


 そんな風に好き勝手しながら他人の運命を弄んで日々を過ごしていた時、私は一人の男性に恋をした。


 ローエン=セルーガ。私より二つ年上のバカラ帝国の衛兵。なにも特別なことがあった訳じゃない。出会いだってそんなに大層なものじゃなかった。でも……不器用だけど純朴で優しい、そんな彼を私は愛してしまった。

 そして、そんな私を彼もまた愛してくれた。


 しばらく、幸せな日々が続いた。思えば、それが最初で最後だったかもしれない幸せな日々。

 そして、私もまた愚か者だった。そんな今の幸せがずっと続くことを望んでしまった。一○年後も……二○年後も彼の側に私がいれればいい。そんな彼との未来を知りたいと言う気持ちを抑えることができなかった。


 望む未来なんて来ない……そんな事はわかっていたはずなのに。


 知りたいと願う人の気持ちを容赦なく踏み躙ってきた私に対する報い……彼の死が見えてしまった時、そんな風に思った。

 その光景は一瞬だった。真紅の花に囲まれてローエンが絶命し、女性がうずくまっている光景だった。髪の色は私と同じ金髪。すぐに心を閉ざし情報を遮断したので、見えた光景はそれだけだった……それ以上は、怖くてどうしても見ることができなかった。


 私は、すぐにローエンと一方的に別れを告げて、彼から逃げた。自分と一緒にいなければ、彼が死ぬことはありえない。酷い言葉も浴びせた。彼が自分の事を嫌いになるように。


 私さえいなければ、もしかしたら未来を変えられるかもしれない。能力者である私が予見した未来と違う行動をとれば、もしかしたら。そう自分に言い聞かせて……でも、いま思えば本当は違っていたのだろう。私は、彼が死ぬ光景を見たくなかった。金髪の女性など他にたくさんいる。そこにいるのは、私じゃなくていいはずだ。何度も何度も心の中で否定していたこの気持ちこそが、私の偽らざる本音だったのだろう。


 ローエンと別れて、五年の月日が経とうとしていた。私はバカラ帝国を離れ、とあるアナン公国の田舎でひっそりと暮らしていた。母が死んで、姉のテーゼが即位した後、私は姉から再び城へ戻るよう説得されていた。


 長年会えていない姉に対して……王女として全てを欲しいままにしてきた姉に嫉妬がなかったと言えば嘘になる。でも、私はどれだけ人から恵まれて見えても、それが必ずしも幸せなこととは限らないことを知っていた。

 なにより、もう一人でい続けることに疲れてしまった。最早、一人しかいない肉親に私のことを知ってほしい。ずっと一人で寂しかった、なんでもっと早く迎えに来てくれなかったんだと叫びたい。そして……また昔のように私の頭を撫ででほしい。


 そんな想いが日々募って行く中で、姉から生誕祭の誘いが来た。


「久しぶりに一緒に屋台を巡ろう」と。


 一〇年以上の月日を経て訪れた王都レッセルバルムはかつてないほどの賑わいを見せていた。保守派である母親が女王の頃にはなかった活気があった。きっと姉は良い女王なのだろう。つい、出店を歩きながら巡る。昔、姉のテーゼとこの街道を歩いたのを思い出しながら。


 その時ふと、一つの屋台に目が留まる。それは数多くある出店の花屋だった。かつて、ローエンが初めて私に贈った純白の花束。それが店頭に飾られていた。

 あまりの懐かしさにフラッとその花の側に立ち寄った。


 そして、それは突然だった。


 笑顔だった花屋が剣を私に向かって振りかざす。

 その瞬間、全ての速度が遅く見えた。そして、不思議と全てを受け入れてしまった。ああ、私に似合いの末路だと。


 しかし、私はその斬撃を浴びなかった。


 目の前にはかつて愛した恋人の……ローエンの背中があった。そして、私の代わりに斬撃を浴びて崩れ落ちた。

 突然の行動で何が起きたのか理解できなかった。

 こんな所に彼がいる訳が無い。彼はバカラ帝国出身だと言った。彼はバカラ帝国兵だった。彼に私は酷い言葉を浴びせた。そんな彼が私を庇って……

 しかし……わかってた。私が見ている光景は以前見た光景だった。真っ赤に染まった花に囲まれて横たわる恋人。泣き叫ぶ己の姿。


 それからは断片的な記憶しか残っていない。

 泣きじゃくる私を抱きしめながら何度も何度も謝る姉。

 ローエンは、トワイライト王家直下の近衛兵だった。彼が身分を偽ったのも、私を刺客から守るためだった。笑死に別れを告げられた後も、彼はずっと私を影から守っていた。その事実を姉から告げられた。


 不思議と姉に対して恨みは感じなかった。ただ耐えようもない悲しみと、予知した未来を決して変えることができないこの『タイム ア ルーラ』に絶望を感じながら生きていくことになる。決して人とは深い関係になる事は無く、自らの心が傷つかぬように。

 


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