わかってるくせに
すぐさま、グリスに応急処置を施した。ここまで重傷なのは、診療所でも珍しい――というか、どんだけ頑張んだよ、こいつは。
「ジーク先生! グリスさんの様子、どうですか?」
オータムが心配そうに、医務室へ駆け込んできた。
「まあ、命に別状はないが絶対安静だな」
「……そうですか。もう、無理するんだから! 誰かさんと違って」
おい、オータム。どーゆー意味だ。
「私はグリスさんを看護しますから、この後のテーゼ様との謁見はジーク先生行ってくださいよ」
オータムはグリスの額の汗を拭きとりながら言う。
「うん……あの……オータム?」
「なんですか?」
「グリスに……『ごめん』って伝えておいてくれ」
「……なにかやったんですか?」
いえ、これからです。
ごめん、グリス。わけてやるから。使えよ、毛生え薬。
・・・
すぐさまアナン公国の衛兵に案内され、主城であるレイトラステ城に招き入れられた。
鮮やかな赤の絨毯が一縷の皺も無く敷かれ、その優雅さを一層引き立たせている。装飾等は古来より使用されていたものだろうが、全ての手入れが一部の隙も無く行きとどっており、傷などは一つとしてない。
玉座の間に座しているのは、テーゼ=トワイライト。
このアナン公国の女王陛下であり大陸最強の魔法使いだ。 透き通るような白い肌。整った輪郭。不死鳥(フェニックス)の羽で織り込まれていると言われる伝説の法衣に全く見劣らぬ彼女の美貌。
四〇歳をとうに超えているはずなのに、一〇代と言われても、疑う人などいないだろう相変わらず若々しすぎて、美しすぎて逆に怖い。
「優勝おめでとうございます、ジーク先生」
女神のような微笑をみせるテーゼ女王。
「こ、光栄です」
すぐさまへりくだって、頭を下げる。
この人には、以前ボコボコにされて投獄された過去を持つ。
あまり関わり合いになりたくないほど、怖い。
「グリスの戦いはもちろん見事でしたが、まさかあのダークルーラの魔術契約を解くなんて。やはり素晴らしい医療魔術師なんですねあなたは」
いえ……それほどのことでも――ありますけど。
「その……それより賞品は?」
「ああ、そうでしたわね。まあ、あなたの欲しいものはすでにわかっていますけどね」
そうテーゼ女王がほほえんだ。
「ど、どうしてそれを?」
い、今でも薄毛の兆候が見られるということだろうか。
「あらっ。私は、大抵のことはわかるんですよ」
そう言ってテーゼ女王が微笑む。
相変わらず、おっそろしい女王だ。
「そ、そうなんです、『毛生え薬』が欲しいんですけど」
「そう、あなたが欲しいのはマンドラゴーーえっ? 毛生え……薬?」
「は、はい。いいですよね。二位の賞品でも」
「も、もちろんいいけど……マンドラゴラは? いいの? 医療魔術免許はいいの?」
「できれば……両方欲しいんですけど」
「だ、駄目に決まってるでしょう! 一組、一つです」
ですよね。
「じゃあ、本当にお恥ずかしい話ですが、毛生え薬ください」
「はぁ。本当にお恥ずかしい話だわ……可哀想なグリス。可哀想なオータムさん」
額を抑えながらため息をつくテーゼ女王。
グリスはともかく、なんでオータムが可哀想なんだろうか。
「しかし……なんで急に髪の毛を?」
「それは……いろいろとありまして」
言えない……『タイム・ア・ルーラ』の能力者に半ば強制的に未来予言されたなんて。
「セリーナに視てもらったのかしら?」
テーゼ女王はボソッとつぶやいた。
「し、知り合いなんですか?」
そう尋ねると、心なしかテーゼ女王の表情が曇った。
「外してもらえる?」
彼女は側近の衛兵たちを玉座の間の外へ追いやった。
「……ジーク先生。あの子は……セリーナを診たんでしょ。どうだった?」
テーゼ女王の表情に揺らぎが見えるのは気のせいではないだろう。テーゼ女王はセリーナさんを知っている。そして、彼女が『タイム・ア・ルーラ』であることも。
「……あんな人を初めて視ました。誰にでも、魔力は存在すると思っていましたが、彼女にはそれが一切感じられなかった。そして、彼女が司る能力……魔力でなければ、あれはいったいなんなのか……」
そう言葉を濁すと、テーゼ女王が突然立ち上がった。
「ねえ、ジーク先生。ちょっと外出なさらない? ついて来てほしい場所があるんですけど」
「い、いやいやいや。女王であるあなたが外出って結構大事で――」
「あらっ? こっそり抜け出せばいいじゃない」
そう言ってテーゼ女王は目を瞑って、静かに念じ始めた。
すると、突如としてテーゼ女王の姿が消えた。
「なるほど……っていくら姿を消してもあんたの魔力でバレるでしょうが!」
っとつい女王にも関わらずノリツッコミをかましてしまった。
姿を消す魔法には、欠陥がある。
たとえ姿を消したとしても、魔術師は他者の魔力を感じることができるからだ。姿を魔法は高度な魔術師でないとできないが、高度な魔法は魔力の高い魔術師でないとできない。
だから、強力な魔術師がゴロゴロといるアナン公国の城内で姿を消したとしても、すぐにバレてしまう。まして、大陸最強の魔術師であるテーゼ女王の魔力なんてなくなればすぐにわかってしまう。
「大丈夫大丈夫。さっ、行きましょうか?」
そう言って、扉を開けて外へ出るテーゼ女王の後を慌てて追いかける。隣にいるだけでビシビシと伝わってくる魔力。絶対にバレると思っていたが、信じられないことに、衛兵たちは誰も姿が消えたテーゼ女王に気づいた様子がない。
「……どうなってるんですか?」
「フフフ……昔は城の衛兵たちを全員気絶させて息抜きに行ったものだけど。私も大人になったって事かしら」
可愛らしく恐ろしいことを言ってのけるテーゼ女王。
要するに、体面らしい。彼女が無断で外に出ようとすれば、止める止められないに関わらず衛兵たちは引き止めなくてはいけない。でも、テーゼ女王を引き止められる衛兵など存在しない。
そんなやり取りを数十年繰り返しているうちに、姿を消して外へ出れば衛兵も見て見ぬフリをすると言う共通認識が生まれたと言う非常に予定調和的な話だった。
「テーゼ女王……あの、一つ聞いてもいいですか?」
城を出て、アナン公国市街を歩いているときに思いきって尋ねてみた。
「ええ、もちろん」
「……セリーナさんと知り合いなんですか?」
そう尋ねたが、テーゼ女王は俺の質問には答えなかった。
アナン公国の市街を少し離れた墓地に到着した。そこは、民間の墓じゃなく、アナン公国衛兵の墓場。その中の一つに立ち尽くす女性。それこそ、セリーナさんだった。
テーゼ女王は彼女の後ろに立って、「まだ……忘れられないのね」そう哀しそうに呟いた。
振り返ったセリーナさんは前に会った時の飄々とした様子とは別人のようだった。その長い髪をかきあげて、悲しそうな微笑む。
「わかってるくせに。だから姉さんも毎年この生誕祭を開くのでしょう? まるで、自分を責めて欲しいと言わんばかりに」
彼女は、そう言った。
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