哀しい勝利


 とうとう、決勝戦。相手は、アナン公国騎士団長のゴードン……しかし、奴は決勝までを全て一人で戦ってきた。


 友達が……いないのだろうか。


 しかし、ゴードンには勝ってもらわないと困る。一位で毛生え薬を貰うのと二位で毛生え薬をもらうのは、全然違う。全然違うのだから。


「おい、ジーク。治療してくれ」


 控室でグリスが傷口を抑えながら言った。


「嫌だ」


 断った。


「……ちょっと言ってる意味がわからないが」


「ゴードンも途中で治癒魔法をかけていない。この大会、出場者は医務室に行くことは禁じられているからな。しかも、相手は一人……これで、正々堂々と言えるのか?」


 負けてこい。傷だらけでゴードンと戦って、負けてこい。


「……うーむ、確かにな」


 そう言ってグリスは忌々しげに唸る。そう、こんなクソ真面目な奴なのだ。そんな素直なグリスに対し、思わず心が痛くなるが俺のデリケートゾーンのために我慢してくれ。


 やがて、互いに開始線の前で向き合った。


「……なんで、傷を治さないんだ?」


 これまで無傷で勝ち上がってきたゴードンが先の激闘でボロボロになったグリスに尋ねてきた。


「……気にするな。それより、一人でやるのか?」


「いや……最強のゴブリンと天才医療魔術師を相手に一人で相手するほど馬鹿じゃないさ」


 そう言ってゴードンは地面に向かって巨大な魔法陣を描き出す。


「……この時を、待っていたぞ。ジーク=フリード、殺ぉぉす」


 そう叫びながら魔法陣から召喚されたのは、悪竜ダークルーラだった。

 かつて、ダークルーラと共に大陸最強の魔術師テーゼ女王に挑みボコボコにされた過去がある。


「でも……なんでそんなに怒ってんだ?」


「貴様なんかと関わったせいで……テーゼとほぼ奴隷のような魔術契約を強制的に結ばされたんだ。それから事あるごとにどうしようもないことで奴に呼び出されて……毎日がどうしようもなく、辛い!」


 な、なんなんだそりゃぁ。それってほぼ逆恨みじゃねぇか。


「審判! いいんですか、モンスターですよ? 竜とペアってどういう――」


「許可する! 始め」


 ひええええっ!


 こうして武闘会の決勝戦が開始された。


 アナン公国騎士団長であるゴードンとグリスは、開始の合図と共に壮絶な肉弾戦を繰り広げている。ダークルーラは、すでに勝利を確信したのか余裕の笑みを浮かべて俺を観察している。


 ちなみに、俺の戦闘力は高くない。魔力はあるので、一般的には決して弱くはない。しかし、攻撃呪文と医療魔術は全然性質が違う。本物の強者に対しては、俺の魔法など効き目はないだろう。


 すぐに魔法壁を詠唱し張り巡らせる。


 対オータム用に修行していた魔法壁がこんなところで役に立つとは……

 約一〇層魔法壁を張り巡らした時、とうとうダークルーラは動き始めた。灼熱ブレス。瞬時に五つの魔法壁が破られ、俺の周囲にたちまち炎が囲う。


 ほ、本気で殺しに来てやがる。


「ぐ、グリス! グリスさーん助けてー!」


 すぐさま叫んだ。叫んだのだが、あっちはあっちで死闘を繰り広げており、その声は、虚しく、鳴り響いた。


 ダークルーラはすぐさま残りの魔法壁を破壊しに掛かる。

 六……七……八……い、いかん! 魔法壁の修復速度よりかなり早い。


「話し合いましょう! は、話せばわかる」


「いまさら話すことなどあるか! 殺す!」


 はわわわっ……


「頼むから落ち着いてくくれよ。ええっと……ええっと……そ、そうだ! ペットいいじゃん! 飢え死の心配ないし、王宮で絶世の美女のテーゼ様に飼われて。あーうらやま――」


「殺す殺す殺す殺す!」


 ――でしょうね!


「ええっと……ええっと……そうだ、魔法契約って強制的だろ? 解くよ。強制的な契約は呪いの部類……黒魔術だから。俺なら解呪できるから!」


 そう言ったら、ダークルーラの動きがピタリと止まった。


「……本当か?」


「本当! 本当! 色んな患者いて、呪いで困ってる人もたまにいるんだ。合意の上での契約だったら難しいんだけど、強制的な契約はどこか無理矢理な部分があるからほころびがあるんだよ。俺だったら絶対に解ける。約束する」


 そう必死に説得すると、ダークルーラがその鋭い眼を俺に向けた。


「……解けなかったら、殺す」


 ひえええええっ!


 すぐさま、ダークルーラの身体を触る。


 黒々と硬い鱗。やはり、人間とは違い体温が冷たい。しかし、それと対称で今にも噴き出して来そうな巨大な魔力。これが……竜族の魔力か。しかし、強制的な魔術契約は相当な魔力差がないとできないものだ。それだけ、テーゼ女王の魔力が異常だと言うことだ。


 少し、意識を集中させる。


 契約は身体に魔力の術式が刻まれている。契約によってそれは異なるが、身体の自由を奪う類の契約であれば……あった、頭部に発見。

 魔力が強ければ強いほどその契約も強固になる。幾重にも魔力の鎖が繋がれている。その鎖を力任せに砕くことは難しいが、ほころびや亀裂を見つけてそこから解除することなら比較的に容易に可能だ。


 ……あった。少しだが、魔力のほころびを発見した。これを一つずつ丁寧に……


               ・・・


 できた……どうだ。

 ふと、顔をあげるとダークルーラが神妙な面持ちをして佇んでいた。


「ええっと……できた――ましたけど」


 敬語敬語。あくまで機嫌を損ねないように。


「……そうか」


 そうつぶやき、ダークルーラは身体の魔力を入念に確認し始めた。


「あの……どうでしょう?」


「……医療魔術とは、凄いな。どんなに抵抗してもあらがえないテーゼの魔力を全然感じない。それに――」


 えっ! どっかまずった?


「すいませんでし――」


「貴様が治療していた時の様子……凄まじかったぞ。一瞬ではあるが……テーゼの魔力に匹敵するものを感じた」


 そう言い残して、ダークルーラは魔法陣を発生させて、そこに飛び込んで消えて行った。

 すぐさま身体の魔力を確認すると確かにかなりの量が使用されている……自分では気がつかなかったが、相当な消耗だったのだろう。


 ふと、隣を見ると未だグリスとゴードンは激闘を繰り広げていた。先の戦いで満身創痍だっただけあってグリスが押されていた。


 ……グリス、なんとか負けてくれないかな。


 二等の賞品は『毛生え薬』。もちろん、一等はなんでも選べるのだから、そこで『毛生え薬』を選んでももちろんいいのだが、オータムあたりに撲殺される危険がある。


「グリス―、無理すんなよー。負けていいよー」


 そんな風にギブアップを促すが、もはや疲労でこちらに反応する元気もないようだ。


                ・・・


 それから、一時間が経過しただろうか。繰り広げられる攻防。傷ついてボロボロになっていくグリス。それでもグリスは立ち上がる。何度も……何度も。


 俺のために……俺は全然負けて欲しいのに、俺のために勝とうとしてる。心から次々と沸き起こってくる罪悪感。


 そんな中、グリスがゴードンの風魔法で吹き飛ばされてきた。

 一目見てわかった……常人ならとっくに絶命しているであろう超重傷。


「もう……もう無理すんなよ! なんでここまでお前は戦うんだよ!」


 堪らず叫んだ。叫ばないと、罪悪感でゲロ吐きそうだったから。


「約束……したからなっ」


 グリスはニヤッと振り返って笑う。


 すいませーん! 超絶すいませーん! 


 心の中で土下座するも、俺にできることはただただ、苦笑いしか返すことだった。。


「……尊敬に値するよ。ゴブリン最強の戦士グリス。ならば、我がアナン公国騎士団最強の秘技をお見せしよう」


 そう言ってゴードンが、剣を鞘に収めて構えた。


「一刀必殺。アナン公国騎士団の持ち味はそこにある。全てを一刀に集約し、全てを斬る」


 尋常じゃない殺気がゴードンから放たれる。


「はぁ……はぁ……望むところだ」


 グリスは息を整えて、防御の構えを取った。


「ドラゴンすらも斬り殺すこの一刀に……真っ向勝負か。ますます、尊敬するよ……いくぞっ」


 ゴードンはそう叫んで尋常じゃない速度でグリスの元へ駆け、一撃を脳天へ振り下ろした。


 ガッキン


 その音は、グリスの脳天が割れる音ではなく振り下ろしたゴードンの剣が折れる音だった。一撃を防いだその腕は、次にゴードンの脇腹に突き刺さった。


「……見事……だっ」


 そう言って、崩れ落ちるゴードン。


「それまで! 勝者、グリス、ジークコンビ」


 そう審判が声をあげると、同時にグリスも倒れ込んだ。

 哀しい勝利だった。


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