患者を治せ
三日後、ノーザルの診療所に戻ってきた。帰った後、すぐにロスとマギ先生にセリーナさんのことを話した。二人とも研究者肌なのでその病状をかなり真剣に聞いていた。
「タイム・ア・ルーラに苦しむ女性か。伝説の能力があるなんてにわかには信じがたいけど」
事情を知ったロスが、唸った。
「過去の文献も、その能力が確定的に書かれている訳ではない。あくまで推測の上に書かれている。治療の参考にしかならんじゃろう。しかも、魔力をまったく持たぬ体質とは」
マギ先生も頭を抱えている。
魔力を持っていないと言うのは、すべての医療魔術を否定する。医療魔術の根底は魔力媒介だ。魔力の波長を合わせて、患者の身体に注ぎ込む。魔力がないということは、媒介する魔力がないということ。すなわち、俺には……いや、どの医療魔術師にも、かすり傷すら治せないということだ。
「魔力がない……症例はなかったでしょうか? タイム・ア・ルーラじゃなくて」
一般的に不能者と呼ばれる症例はちらほら聞かれている。それでも……史実でも数人ほどしかいなかったと言うが。まあ、それほど医学書を読むような性格ではないからここら辺はマギ先生に聞いた方が早い。
「うむ……すぐには思い浮かばんが、一度文献を当たって見ようかの? マンドラゴラも調達できたことだしの」
マギ先生はすでに目的のモノを手に入れたのでご満悦だ。
「言っときますけど、まだ使わないでくださいよ。これから、使うことになるかもしれないんですから。後、医療魔術師免許の件もよろしくお願いします」
「わかっとるわい! 師匠として出来る限りのことはしてやろう。久々に活き活きとした顔も見れたしな」
「えっ?」
マギ先生……実は俺のこと、気にかけて……
「楽しいのじゃろう? 難病がやって来て」
……超絶不謹慎なことを言い残して、先生は去って行った。
楽しい……訳あるか。やることは山ほどある。普段の治療をいつものようにこなしつつ、合間に治療法を考えるのだ。当分、少ない休みをすべて捧げても、果たして治療法など見つかるかどうか。
とにかく、時間が全然ない。
「という訳で! 俺、治療しないから」
「……なんで私にそんな宣言するんですか?」
オータムが冷ややかな表情でこちらを見る。
「いや、さっきの流れ聞いてたでしょ?」
「……聞きましたが、なにか?」
怖い……超怖いんですけどっ!
「その……だから、スケジュールをちょっと……その……」
実質勤務スケジュールを調整するオータムは診療所内において俺より実権を持っている。
「私たちがあなたの分を働いて、あなたのために時間をあけるという調整を私にしろと言う意味ですか?」
そうだけどー! もっとなんか言いようないか。言い方はないのか。
「病気で悩んでる患者さんは放っておけないよ」
「ここに来る患者さんはみんな悩んでます」
正論ー! 正論をぶつけてきたー。
「そ、そうだけど……俺は……」
「なんですか?」
ジト目でこちらを見つめるオータム。
自分が何が言いたいのか。なんで彼女のことを治療したいのだろうか。
「医療魔術師として……許せないんだ」
言いたいことが、断片的にだが頭の中に入ってきた。
「……」
「ここに来る患者は確かにみんな悩んでるよ。でも、俺は彼らに治療をしてやれる。彼らにとって、俺は医療魔術師でいられる。でも……セリーナさんに対しては違う。彼女が仮に患者としてきても、俺は彼女を治せない。俺は、ただ彼女が泣いているのを黙って見るしかできないんだ。俺は、それが許せない」
そう。彼女がどれほど悩んでいるか。どれだけ辛かったか。もちろん、人としての俺は助けてやりたいと思っている。そんなことは当たり前だ。
でも、医療魔術師としてはどうだっていい。
彼女が悩んで苦しんでいる。その事実があると言うのなら、それを治療できないのは医療魔術師ではない。
そして、俺は自分が医療魔術師だという自負がある。それを、守りたい。
「オータム……そんなに意地悪言わないであげなよ。どうせ、兄さんのために人一倍頑張っちゃうんだから」
ロスから、そんな横やりが入ると、オータムは顔を真っ赤にしながら下を向いた。
「……私はこんな人のために、頑張っちゃう自分が大嫌いです。みんな、こういう訳だから。可能な限り調整しますから覚悟しておいてね」
そう言って、みんなに宣言した。
完全に全員の笑顔はひきつっていた。オータムの言う調整とは、不眠不休、強制労働、ドーピングのことであるとみんな知っている。
「と、言うわけで! ジーク先生。ここまでさせておいて……もし、治せなかったら……わかってますよね」
オータムの満面な笑顔に、思わず引きつった笑顔を返す。
いったい、俺は何をされるのであろうか……
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