感謝とはなにか?


 武闘会の参加者が会場に集結した。やはり、アナン公国中の強者が集っているだけあって屈虚そうな戦士や優秀そうな魔術師が――


「なんであんたがいるんですか?」


 ツルツルとしたハゲ頭、その古びた黄土色のローブ、一二〇年前に大陸最強の魔術師と謳われ、現在では全く医療魔術が使えない医療魔術師、ジャシャーン=ガーバードが立っていた。


「ふぁ?」


 じ、じじい。


「な・ん・で・あ・ん・た・が・い・る!」


「おお、お主らか。マーサさんの勧めでの。ワシも若いもんにはまだまだ負けんぞい」


 そう言って快活に笑いだす。


「マズイな……このじじい、敵に回すと厄介だぞ」


 苦々しげにグリスがつぶやく。

 このじじいは確実にマーサさんから放たれた刺客なのだろう。『ジーク先生には感謝してもしきれません』――こんな風にのたまった彼女がなぜ俺に、なぜこんな仕打ちをするのか小一時間掛けて問いただしてやりたいところだ。

 他にも、いろいろ見渡したがジャシャーン以外に強敵は――


「……なんであんたが」


 アナン公国騎士団長であるゴードンさんが入念に準備体操をしていた。


「それはこっちのセリフだ。俺は毎年腕試しに出場している。が、今回は違う目的も果たせそうだ」


 そう言い捨てて、こっちを睨んでくる。

 なにを言っているのか。全く心当たりがない。


 一時間後、武闘会が開催された。次々と試合が始まってゆき、戦士、魔術師たちがタッグで戦闘を行っていく。見たところ、オータムより強そうなのはいない。


「次! ジーク、グリスコンビ!」


 そう審判から呼ばれて対戦相手の前に出ていった途端、嵐のようなブーイングを浴びた。

 先日、 大陸で最古の建築物、国民の誇り、『大陸で唯一神セーラスが降りる場所』と謳われるほどの神聖な場所であるアナン公国大聖堂を滅茶苦茶にしたと言うだけあって、傍観客席から放たれる殺意じみた怒号が痛い。


 相手はアナン公国騎士団の兵隊コンビだ。決して弱くはないとは思うが、正直俺とグリスには歯が立たないだろう。


 グリスの凶悪な拳に加えて、俺の圧倒的な医療魔術があるのだ。例えグリスが、どれだけ疲弊しても、怪我を負っても治療できるのだから。


「安心しろよ、グリス。どれだけ傷ついても治してやるからな」


「……」


 む、無視……この野郎。

 開始線で対戦相手の二人と向かい合う。


「それでは……始め」


 審判が開始の合図を告げ――


「それまで!」


 えっ!

 気がつけば、対戦相手の二人が倒れていた。


 瞬殺……だとっ。


 事もなげに、一礼し背を向け歩いていくグリス。

 ま、まあ奴らが弱すぎただけだ。俺は秘密兵器だ。そう、秘密兵器。


「グリス、疲れたらいつでも言えよな!」


「……」


 む、無視……酷い。


 二回戦は、民間での傭兵部隊『セルアル団』の戦士と魔術師。見るからに中々の使い手だ。


「はじ……まで!」


 ええええええええっ!


 地面には気絶して転がっている戦士と魔術師……もうちょっと頑張れよ。

 一礼し、背を向け歩き出すグリス。なにも、していない、俺。


 それからは、以下同文の展開だった。

 グリスはほぼ一人でアナン公国の強者を次々と蹂躙して行く。

 ほぼ……いや、まったくなにもしていない俺。

 武闘会……ちょっと楽しみにしてたのに。


                          ・・・


 そして、とうとう準決勝になった。

 対戦相手はジャシャーンとサシャ。はっきり言って、サシャは問題にならないくらい弱い。問題はジャシャーンだ。


「それでは……始め」


 開始して早々、グリスが全力でジャシャーンに殴りに掛かるが、巨大な魔法壁がそれを阻む。


「ほっほっほっ……相変わらずの馬鹿力じゃ。しかし、グリス。わしはお前の癖も戦い方も知っておる。そう来ることは御見通しじゃよ。そして……お前はわしの実力全てを見ておらん」


 そう言って、右手で巨大な炎の塊を発生させた。


「炎華烈風……フレイムノヴァ!」


 ジャシャーンの放った魔法はグリスを襲、たちまち灼熱に包まれる。


「ぐおおおおおおおおおおっ!」


 グリスが雄叫びをあげる。

 灼熱呪文メギドフレイム……それが、炎の呪文の最高峰とされているが、この呪文は更にその上の威力を誇っている。ジャシャーンの開発したオリジナル魔法だろう。


 そんな魔法……武闘会で、元仲間にぶっ放すなよ。


 グリスは業火に焼かれながらも、再びジャシャーンに突進して魔法壁を壊しに掛かる。


「ほっほっほっ、わしの魔法を浴びて怯まぬどころか攻撃してくるか。相変わらず恐ろしいほど屈強な肉体を持ってるな……だが、これはどうじゃ! 氷絶乱舞ブリザードグラウス!」


 そう唱えると、無数の氷刃の嵐がグリスを襲う。

 奴の屈強な肉体から無数の血が噴き出した。一瞬だがグリスがグラついた。

 よしっ、やっと出番だ。


「グリス、今助け――「来るな!」


 えええええええええっ!


「ちょ、なんだよ。俺はお前の治療を――」


「これは……タイマンだ。じじいと俺のな」


 そう不敵に笑うグリス。すごすごと引き下がる、俺。


「ほっほっ、ゴブリンの本能が騒ぎ始めたか。ワシもガーファー以来の強いゴブリンと対決できて久方ぶりに血が騒ぐ」


 そう笑って次々と強大な魔法を繰り出し攻撃するジャシャーン。

 ……本格的にやることがなくなった、俺。


「ジーク先生ぇ、こっち来てお茶しません?」


 ふと、隣を見るとサシャが地面にブランケットを敷いて座っていた。

 この子は、武闘会をピクニックかなんかと勘違いしてるのだろうか。

 しかし――


「……お言葉に甘えて」


 そう言って、サシャの横に座ってくつろぎ始める。グリスに『一対一でやる』と言われて、本格的にやることがなくなった俺には、その提案を受けるしか仕方なかった(暇過ぎて)。


「ジーク先生ぇ、クッキー食べます?」


 そう言ってニコやかにお弁当箱を広げるサシャ。少し禍々しい色をしているのは、気のせいだろうか。まあ、オータムの弁当よりはましだし一つ食べるか……なにもやることなくて暇だしね!

 あーあ! あーあ! 



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