第40話 なんでもなくない
「ど、どーしたんですか? ジーク先生」
俺の泣き声を聞いて、オータムとラーマさんが入って来た。
「なんでもなーい! なんでもなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「……なんでもない奴の泣き声じゃないでしょ」
オータムが冷静にツッコんでくる。
その時、突然目の前が暗くなった。まるで、スライムのような質感に挟まれフローラルの香りが顔中を包んだ。
「ジーク先生……よーし、よし。大丈夫……大丈夫ですからね」
気がつけば、ラーマさんが俺を胸に抱き寄せていた。
「な、なななななにやってんですかラーマさん!」
オータムの声が響く。
「ジーク先生は……いいんですよ泣いたって……いいじゃないですか、泣いたって」
そう俺の耳元で囁くラーマさん。そして、俺を包み込むこの柔らかなモノ。
聖母だ……まさしく聖母としか言いようがない。
「ラーマさん……一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん? なんですか?」
ラーマさんが子どもをあやすような声で囁く。
「例えばです。例えばですけど……愛する人が……その……ハゲたら、あなたはその人を愛せますか?」
多分、俺の声は震えていたと思う。
「えっ? そんなの当たり前じゃないですか。『どんな姿だって構わずあんたを愛してくれるいい男はいるはずさ。要は外面(がわ)じゃなく内面(なかみ)だ』そう言ってくれたのは、あなたじゃないですか。ジーク先生、私もおんなじこと考えています」
そう言いながら、優しく俺の頭を撫でるラーマさん。
もはや、怖くない……未来は輝いている。
「ラーマさん……」
「まあ、結婚はできませんけどね」
……ええええええええええええええっ!
「な、なんで! ハゲてたって構わないって……」
「戒律なんです。もともと、セーラス教徒の神父はみんな髪を剃っていたみたいで。神父は結婚できないって決まりから、この戒律ができたみたいで」
「そ、そんなの愛があれば――」
「駄目なんです。戒律ですからっ」
女神のような微笑みで答えるラーマさん。
セーラスよ……あんた神のくせに……髪の有無で差別すんのか!
「オ、オータム。お前は!」
振り向いて表情を確認すると、こちらも天使のような微笑みを浮かべていた。
「……私はハゲてても構わないですよ」
「ほ、ほんとうか!」
「ジーク先生以外ならミジンコでもいいです!」
ミジンコ――!
悪魔的な言葉を言い捨てて怒りながら去って行くオータム。
「あっ、オータムさんそんな言い方――、ジーク先生。ちょっと、彼女に言葉づかい注意して来ますね」
そう軽くお辞儀をして去って行くラーマさん。
もう、俺の心は決まっていた。
「どーにかならないですかー! なんとか、なんとかならないですかー!」
すがった……全力で人生懸けてセリーナさんにすがった。
「そ、そんなに必死にならないでも……あっ、確か『毛生え薬』ってあったかも」
な……なんですと!
「本当ですか! さっきみたいに『嘘』って言ったら一生恨みますよ!」
「ホントよぉ。もはや哀れ過ぎてからかう気も起きないわよぉ」
あんたのせいだろうが!
「どこ! どこにあるんですか!」
「ほらぁ、さっきのマンドラゴラがあった場所と同じよぉ。覚えてる?」
ないよ! その後の映像が衝撃的過ぎてまったく記憶にないよ!
そして、マンドラゴラなど心の底からどうでもいいですよ。
「どこなんですか! さっさと言ってください」
「アナン公国宝物庫よ」
セリーナさんがその台詞を吐いた瞬間、膝から崩れ落ちた。
アナン公国宝物庫。大陸に存在するものが全て収容されているとトワイライト皇家の宝物庫だ。毎年、テーゼ女王に献上される数々の珍品がここに集まってくる。当然、大陸警備も超厳重で侵入できる見込みなんてない。
「俺の毛根に……もはや……未来はっ……なんとかならないですかー!」
またしてもすがった。これ以上ないくらいセリーナさんにすがった。
セリーナさんは少し躊躇したようだったが、やがて重苦しそうに口を開く。
「……なら、二週間後開かれる生誕祭の武闘会があるじゃない」
生誕祭は文字通りテーゼ女王の誕生日に催されるアナン公国国民の一大イベントである。
国中のから多くの出店が集まり、盛大な祭りが催される。
そして、テーゼ女王は民衆の感謝に応えるために毎年『武闘大会』と『景品大会』を催す。この二つの大会の景品はアナン公国宝物庫から贈呈される。
武闘会は強者たちがタッグを組んで頂点を目指す戦い。景品会は庶民向けで、参加者がクジをひいて豪華景品を狙うと言う大会だ。
二等以下は、あらかじめ裁定者が決めた景品だが一等景品はアナン公国宝物庫の中から好きな宝を選べると言う。
「武闘会……その手があったかぁ!」
絶対に毛生え薬を獲得する……やってやるぜ。やってやるぜぇ!
「……そうね。また、来るのね」
セリーナさんがそうつぶやいた。
「どうかしましたか?」
先ほどの飄々とした顔とは違った暗い表情に思わず尋ねた。
「……んーん? なんでもなーい。でも、勝てるのぉ?」
当然、この武闘会の優勝景品は一生遊んで暮らしても余りあるほどの財宝がある。それこそ、国中の強者が集う。
「大丈夫。俺、最強の友達がいるから」
そう、俺には奴がいる……奴が。
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