第37話 初めての人


 ラーマさんが俺たちを先導し、奥に地下へ続く螺旋階段を歩いていく。

 こんな寂れた修道院に似合わないほど階段は深く続いて行く。

 やがて、重厚な扉の前に到着した。


 恐る恐るドアを開けると、一際目を惹く美女が必死に祈りながらソファに寝転んでいた。憂いを帯び、潤んだ瞳。悠然と張った胸に引き締まったくびれは大人の女性の魅力を艶美に漂わせている。そのむっちりとした肉体は柔らかい感じの魔性の雰囲気をより一層際立たせていた。黒く優雅に流れる髪は少し湿っており、淫靡な佇まいは、見ていて思わず吸い込まれそうな匂いを放っていた。


「ラーマ、連れて来たのね」


 彼女はゆっくりと起き上がって、こちらに向かって歩いてくる。

 その優美に歩いてくる姿が非常に艶めかしい。


「はい、セリーナ様。こちらが、ジーク=フリードさんです」


 ラーマさんが跪きながらお辞儀する。


「……そう、よろしくね。ジーク先生」


 セリーナさんはそう俺にウインクする。


「あんたが……『タイム ア ルーラ』の能力者か?」


「ええ。意外?」


「と言うより、感じないね。そんな大層な能力としては魔力が低すぎないか?」


 思う所を吐いた。

 最強の魔術師であるテーゼ=トワイライトは対峙するだけでその圧倒的な魔力を感じた。しかし、彼女にはそんな強大な魔力を感じない……


「あらぁ、結構正直にモノを言うのね」


 それでも、笑顔が崩れない彼女に少々違和感を感じる。

 魔力を……感じない……と言うより。

 自分から彼女の元へ近づく。


「ちょっとジーク先生! 何を……」


 サリーがそう言いかけた時、オータムがそれを制止する。


「セリーナさん、ちょっと失礼します」


 そう言って、彼女の後頭部を撫でる。


「あらぁ、どうしたの、私が好きになっちゃった?」


 愉快気に笑うセリーナさん。


「……ははっ、綺麗だからすぐ虜になっちゃうかもしれませんね」


 そう軽口を叩きながら、胸に手を移動させる。


「ちょっと失礼します」


 そう言って、心臓部を特定した方に手を移動させる。


「えー、いやらしい気持ちはないのかしらぁ?」


「……」


 ちょっと、神経を集中させる。


            ・・・


 もしも、『タイム ア ルーラ』が彼女に存在するとしたら、どこかに魔力が存在するはずだ……いや、万物には少なからず魔力が存在する。人間のみならず、木や石にも。

 しかし、彼女にはいっさいの魔力を感じない……人間の生命の源である心臓にすら、魔力を……いっさい。

 三十分ほど胸に手を当てていたが、少なくとも俺にはそれを感じることができなかった。


「ふぅ……ありがとうございました」


「胸を触れて?」


 妖艶にセリーナさんは微笑む。


「……」


 軽口を返す余裕もない。


 初めて出会った……魔力ゼロの人間に。


 

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