第36話 タイム ア ルーラ
リアルイン修道院の中に入ると、本来いるはずの神父や修道女が誰一人いなかった。いるのは、屈強そうな衛兵が一人しかいなかった。
頑強な肉体から、かなりの実力が想像されるが無口でいかにもな感じだ。
「紹介します。トーマス=ビーダです。この修道院を守ってくれる衛兵さんです」
満面の笑みで横に立って紹介するラーマさん。
名前、職業なんか事よりラーマさんとの関係が気になる。
「どぉもぉ! 医療魔術師のジークでーっす! 大陸若手ナンバーワンの実力派。医療魔術師のジークでーっす!」
その衛兵に対抗して胸を張って対抗しながら、握手を求める。
「……よろしく」
握り返された手は、明らかに力を強く握られた。
こっちも、負けじと本気で握り潰しぐらいに強くに握っ―――痛痛痛痛痛っ――――!
「まあ、お互いに気が合いそうでよかったぁ」
無邪気に喜ぶラーマさんに、すでにヒビが入りそうな俺の掌。
「それにしても、トーマス君の他に誰もいないの?」
『そろそろ握手解いてぇー』と心の中で叫びながらもそう尋ねた。
「もう一人いらっしゃるんですけど、昼夜の交代なんです」
「修道院に……衛兵ですか」
サリーが怪訝そうに尋ねる。
確かにこの修道院には奇妙な点がいくつもある。
通常、修道院に衛兵などつかない。野党などが出る可能性はもちろんあるが、神父や修道女がある程度魔法を使える場合であることが多く、衛兵などは基本的にはいない。
そもそも、ここには神父も修道女もいなくてラーマさんが一人いるだけだ。
ラーマさんはバーネストロ共和国貴族の超令嬢だから、専属の衛兵だと考えても不思議ではないが、以前の修道院では少なくとも見たことが無い。
「彼らは……今から紹介させて頂くお方の専属の衛兵です。ここに働いている修道女は、私だけなんです」
そうラーマさんが説明する。
「……どういうことですか?」
サリーの問いに、ラーマさんは一瞬答えるのに躊躇したがやがて意を決したように呟いた。
「名前は……セリーナ=ラングレー様と言います。彼女は……『タイム ア ルーラ』です」
彼女の言葉を聞いた途端、一瞬思考が停止した。
『タイム ア ルーラ』とは未来の出来事を予知できる魔法使いの事を言う。
大陸史上、『タイム ア ルーラ』と噂されている能力者は一人。バカラ帝国建国者のシルヴァ=ローザリオンのみだ。
当時小国の王子だった彼は、その類まれな察知能力で次々と大国に勝利し、やがて大陸一の領土を誇る帝王となった。
彼がそう公言したことはないが、人智を超えたその能力でそうでは無いかと後世様々な学者が議論している。
少なくとも、帝王シルヴァは探査系の魔法者であったことは本人も公言している。様々な魔鉱脈を見つけだし国家を強靭にしていき、富国強兵を進めて行った。
そのため、『タイム ア ルーラ』が探査系の魔法者をより進化した形だと考えられているのは帝王シルヴァによるもので間違いはない。
「ラーマさん……それはいくらなんでも、ないんじゃないですか?」
可能性は低い……いや、史上でも実在するのか定かではない能力なのだ。可能性は限りなくゼロに近い。
「ジーナ様は……今日のために私を呼んだと仰いました」
そう言われて、全身から震えが湧きだしてきた。
……そもそもラーマさんはなぜここにいるのか。
彼女がいなければ、ここに辿り着くことはできなかった。いや、ゴードンさんと知り合いにならなければ。マギ先生がマンドラゴラが欲しいと言いださなければ。
まるで、得体のしれぬ何かに導かれたかのように俺たちはこの場所に辿り着いた。
もし、ここに『タイム ア ルーラ』の能力者がいるのなら、これを偶然と呼ぶにはあまりにも不自然だ。
「……とにかく、行こう」
なんとかそれだけ吐いた。
本当に能力者が実在するのなら、なぜここに導いたのか。それを確かめなければいけない。
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